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第1話 ポーション屋というのは、もっと静かな商売のはずなんだ



そもそも、ポーションとは何か。


そこから話を始めなければならないだろう。


世間一般でポーションと言えば、怪我を治す回復薬を思い浮かべる者が多い。切り傷にかければ血が止まり、飲めば内側から体力が戻り、冒険者が腰の革袋に何本か差している、あの赤や青の小瓶だ。酒場で若い冒険者が「昨日はポーション三本も使っちまったぜ」なんて得意げに語っている時のポーションも、大抵はその類である。


けれど、実際のポーションというものはもっと広い。


傷を癒やす回復剤もあれば、毒を打ち消す解毒剤もある。眠気を吹き飛ばすもの、痛みを和らげるもの、熱を下げるもの、魔力の流れを整えるもの、筋力を一時的に上げるもの、足を速くするもの、暗闇でも目が利くようになるもの、寒さに強くなるもの、逆に暑さに強くなるもの、飲むと妙に前向きな気分になる怪しい代物まである。


素材もまた、気が遠くなるほど多い。


薬草、魔草、魔獣の角、毒蛇の牙、妖精花の蜜、鉱石粉、竜の鱗の削り粉、精霊水、夜露、獣骨、きのこ、虫、魚の胆、鳥の羽、魔核の粉末、そしてスライムの粘液。


知られているものだけでも数万、研究者によっては十万を超えるとも言う。組み合わせまで含めれば、もはや数えるだけで人生が終わる。王都の薬師学院では、そういう素材の性質や反応、温度、魔力の通し方、保存方法、禁忌の配合なんかを何年もかけて学ぶらしい。


立派な話だ。


心から尊敬する。


…しかし、俺には無理だ。


正直に言うと、俺は今までろくにポーション作りの勉強などしてこなかった。学院に通ったこともなければ、有名な薬師の弟子になったこともない。分厚い専門書を読み込んだ記憶もないし、素材学の試験で優秀な成績を取った覚えもない。そもそも俺は、細かい字がびっしり詰まった本を開くと、三ページ目あたりでまぶたが重くなる体質だ。


俺のポーション作りは、ほとんど見様見真似だった。


村の薬師だった爺さんが鍋をかき混ぜているところを横から眺め、旅の行商人が置いていった古い調合メモを読み、失敗して鍋を焦がし、失敗して薬草を無駄にし、失敗して変な匂いの液体を作り、たまにうまくいって村の人に渡したら喜ばれた。


最初は本当に、それだけだった。


村の婆さんの腰が少し楽になればいい。猟師の擦り傷が早く塞がればいい。畑仕事で疲れた連中が、寝る前に一本飲んで朝に少し元気ならいい。そういう、ご近所付き合いの延長みたいなものだった。


店を開いた理由も、立派な商売人として成功したかったからではない。


自作のポーションが思いのほか効いた時、俺は我ながら少し感動してしまったのだ。


「おお、俺でも人の役に立つ物が作れるんだな」


そんな単純な気持ちで空き家を直し、棚を置き、釜を据え、ふざけた名前の看板を出した。


それが〈青ぷよ薬房〉である。


……名付け親が言うのもなんだが、正気を疑う店名だ。


王都に行けば、もっと立派なポーション屋がいくらでもあるだろう。〈白銀薬堂〉とか、〈王都中央魔法薬房〉とか、〈聖樹の雫〉とか、いかにも効きそうで、金貨を払っても納得できそうな名前の店が並んでいるに違いない。


それに比べて、うちは〈青ぷよ薬房〉だ。


青ぷよ。


真面目な顔で言う名前ではない。


俺が客の立場なら、そんなふざけた魔法薬屋に立ち寄りたいとは思わないし、扉の前で「ほんとに大丈夫か、ここ」と目を疑うのは間違いない。看板には青いスライムを模した丸い絵まで描いてある。大工のゲン爺が気を利かせてつけてくれたものだ。あの爺さん、腕はいいのに絵心だけは子どもの落書きみたいで、看板のスライムは笑っているのか溶けているのか判別しにくい。


そんな店に、朝っぱらから人が並ぶ理由が分からない。


いや、ほんとに分からない。


俺はただ、細々としたポーション作りと平和な暮らしを満喫できればそれで十分で、それ以上のことは望んでいない。朝はスライムを狩り、昼は店を開き、夕方は帳簿をつけ、夜は温かいスープと安酒で一日を終える。たまに村人と世間話をして、たまに常連の冒険者に愚痴を聞かされ、たまにミーナに棚卸しを手伝ってもらう。


それくらいでいい。


それくらいがいい。


なのに。


「店主ー! まだ開かねえのかー!」


「整理券はありますかー!」


「昨日は買えなかったんです! 今日は絶対一本ください!」


「後ろ押すな! 瓶が割れたらどうする!」


「割れる瓶もまだ買えてねえよ!」


俺は店の内側から扉を押さえながら、深々と息を吐いた。


聞いてないぞ。


こんな朝っぱらから、店の前が人だかりになるなんて。


外はまだ朝の冷気が残っている時間だ。鶏も二度寝したそうな顔で鳴いている。村の煙突からは朝食の煙が細く上がり、森のほうでは霧が白く漂っている。普通なら、俺が釜に火を入れ、昨日の仕込みを棚に並べ、看板を拭いて、「さて今日も地味にやるか」とつぶやく程度の静かな朝のはずだった。


現実は、店の前に冒険者、商人、村人、見知らぬ旅人まで混ざった列ができている。


列というより、もはや小さな市だ。


誰かが勝手に屋台まで出している。


「焼き串いかがですかー! 青ぷよ薬房待ちの方に朝の一本!」


「待ち客を商売相手にするな!」


俺が窓から怒鳴ると、焼き串屋の親父が親指を立てた。


「ロイドさん、あんたのおかげでこっちも繁盛だ!」


「感謝する方向が違う!」


「あとで疲労回復のやつ一本くれ!」


「並べ!」


世の中、油断するとすぐ商売になる。


俺は一応、商売人だ。売れることそのものを悪とは言わない。むしろ売れないよりはいい。屋根は修理したいし、棚も増やしたいし、冬場に備えて薪も買いたい。ミーナへの給金もきちんと払いたい。金は大事だ。人は霞を食って生きていけないし、夢だけで釜の火は燃えない。


それでも限度というものがある。


とにかく、俺の店はこんなたくさんの訪問者を迎え入れるだけの容量がない。入口は一つ、売り場は狭い、棚も小さい、待合室なんて洒落たものはない。客が五人入れば肩がぶつかり、八人入れば身動きが取りにくくなり、十人入れば誰かが薬草の束に肘をぶつける。


まして先日の騎士団との仮契約がある。


月八十五本。


言葉にすると小さく聞こえるかもしれない。王都の大きな薬房なら、八十五本程度は一日の出荷数にも満たないのだろう。うちにとっては、きちんと瓶を揃え、素材を採り、精製し、品質を見て、納品用に分けて保管しなければならない、かなり重い数字である。


常連客を無碍にするわけにもいかない。


村の連中は昔から買ってくれている。猟師のバルド、腰痛持ちの婆さん、羊飼いの兄弟、畑仕事で手を切るたびに来る不器用な青年、最近よく来る若い冒険者のパーティ。あいつらに「騎士団と契約したからもう売れません」なんて言ったら、俺は商売人として以前に人として少し寂しい。


新規客を全員追い返すのも違う。


遠くから来た者の中には、本当に困っている者もいる。怪我人を抱えている者、毒に苦しむ仲間のために買いに来た者、危険な依頼に出る前に一本だけでも備えたい者。行列の中には転売目的らしき怪しい顔も混じっているものの、すべてを疑ってかかるほど俺は器用ではない。


「ロイドさん、開けますか?」


背後からミーナの声がした。


振り返ると、彼女はすでに帳簿と小さな木札を用意していた。朝から髪をきちんとまとめ、エプロンの紐を結び、店主より店主らしい顔をしている。十八の娘にここまで段取りで負ける四十手前のおっさんがいるらしい(ここにいる)。


「木札は何だ」


「整理券です」


「いつ作った」


「昨日の夜です」


「俺、聞いてないぞ」


「言ったら店主さん、明日そこまで来ないだろって言いますから」


「実際そこまで来ると思ってなかった」


「来てます」


「来てるな」


「はい」


ミーナはにっこり笑った。


この子は最近、俺の現実逃避を笑顔で封じる術を覚えた。恐ろしい成長速度である。きっとスライムだったら今ごろ進化個体になっているだろうな…


「今日は販売制限をかけます。一人三本まで。通常回復は二本まで。解毒と疲労回復は一本ずつ。試作品は売りません」


「試作品を狙ってるやつがいたら?」


「売りません」


「金貨を積まれたら?」


「売りません」


「王都の貴族が来たら?」


「売りません」


「王女が来たら?」


「店主さんが対応してください」


「急に投げるな」


俺は眉間を揉んだ。


王女なんて来るわけがない。来るわけがないと信じたい。辺境のふざけた名前の薬房に王族が来るなど、物語でも少し都合が良すぎる。もし来たら看板を外して臨時休業にする。看板を外しても人は並びそうな気がするので、最終的には俺が森に逃げるしかない。


「とりあえず、開けるぞ」


「はい。私が整理券を配ります。店主さんは商品説明を短くしてくださいね」


「いつも短いだろ」


「お客さんに『普通の回復薬だ』って言って余計に混乱させるのは短い説明ではありません」


「普通なんだから仕方ない」


「普通じゃないからこうなってるんです」


「そこがまず納得いかない」


「納得はあとでお願いします」


商売における正論は時に刃物より鋭い。


俺は観念して扉の錠を外した。


ぎぃ、と年寄りの膝みたいな音が鳴る。


扉が開くと同時に、外の視線が一斉にこちらへ向いた。やめろ。俺は見世物ではない。青ぷよ薬房の店主であり、スライム専門の素材採取人であり、見様見真似のポーション作りを続けているだけのおっさんである。


「おはようございます。本日は混雑が予想されるため、整理券順での販売となります。一人三本まで、転売目的の購入は禁止、店内では押さない、騒がない、店主に無茶な注文をしない」


ミーナが淀みなく言った。


最後の一文、必要か?


「おお、整理券あるのか!」


「助かる!」


「昨日は揉めたからな!」


「店主、試作品はあるか!」


「売らん!」


俺が即答すると、数人が露骨に落胆した。


試作品という言葉に人は弱い。限定品、非売品、特別調合、そういう響きには妙な魔力がある。中身が何か分からなくても欲しがる者がいる。人間という生き物は、未知を恐れるくせに、値札がつくと手を伸ばす。


最初の客は、常連の若い冒険者だった。


名前はエド。まだ二十歳そこそこ。最初に俺のポーションを買い占めていった張本人であり、ある意味この騒動の火種でもある。本人に悪気はない。悪気はないから余計に面倒なことがある。


「おっちゃん、通常回復二本と疲労回復一本!」


「また深いところへ行くのか」


「いや、今日は休み」


「休みなのに疲労回復いるか?」


「昨日飲んだら朝がすごかった」


「言い方を考えろ」


「体が軽くて、頭もすっきりして、朝飯が三倍うまかった」


「それならまあいい」


「あと、これ飲んでからギルドの訓練で剣がいつもより振れた気がするんだけど」


「気のせいだ」


「おっちゃん、全部気のせいで済ませようとするよな」


「世の中、気のせいで済むならそのほうが平和だ」


エドは笑いながら代金を置いていった。


次の客は村の婆さんだった。例の腰が軽くなって畑を広げた婆さんである。今では村の誰より元気に鍬を振るっている。


「ロイド、腰のやつを二本おくれ」


「婆さん、あんた最近元気すぎるから一本にしとけ」


「何を言う。畑をもう一枚増やすんだよ」


「増やすな。家族が泣くぞ」


「息子が手伝えばいい」


「息子さん、この前うちに来て『母が止まらない』って相談してきたぞ」


「若い者は情けないねえ」


八十近い婆さんが若い者を叱る村は、たぶんまだ滅びない。


俺は通常より薄めた疲労回復を一本だけ渡した。婆さんは不満そうにしつつも、銅貨を置いて帰っていった。あれでも午後には畑にいるだろう。ポーションのせいなのか本人の生命力なのか、最近本当に分からない。


客は途切れない。


冒険者、村人、行商人、旅人、なぜか吟遊詩人。


「この店を題材に一曲作りたいのですが」


「やめろ」


「タイトルは『青き奇跡の小瓶』で」


「やめろと言っている」


「では『ぷよぷよ薬師の伝説』」


「もっとやめろ」


吟遊詩人は残念そうに去っていった。ポーションは買っていった。…どうにも嫌な予感がするな。数週間後どこかの酒場で俺が変な歌にされていたら、きっとあいつの仕業だ。


昼前になる頃には、棚の半分以上が空になっていた。


ミーナの整理券制度のおかげで混乱は少なかった。少なかったというだけで、平和ではない。外では「三本までなら家族を連れてくればよかった」と言う者がいて、別の者が「それはずるい」と言い、さらに別の者が「家族ってどこまで家族ですか」と聞いていた。商売は人間性を試すというが、当事者の俺は非常に疲れる。


「店主さん、通常回復は残り十二本です」


「早いな」


「早いです」


「騎士団納品分には手をつけてないな」


「奥の箱に分けてあります。鍵もかけました」


「鍵?」


「念のためです」


「誰が盗むんだ」


ミーナは無言で外の行列を見た。


俺も見た。


なるほど。


信頼と防犯は別物である。


その時、列の後ろのほうが少しざわついた。


喧嘩かと思って目を向けると、人の波が左右に割れていく。現れたのは、昨日見た騎士とは違う、仕立てのよい服を着た男だった。年は三十前後。髪をきっちり撫でつけ、腰には上等な短剣、指には商人が好みそうな宝石の指輪。背後に荷物持ちらしき若者を二人連れている。


ああいう身なりの人間は、金を持っている。


そして大抵、面倒も持ってくる。


男は店内へ入ると、まず棚を見て、次に客の列を見て、最後に俺を見た。品定めする目だ。スライム粘液よりぬるっとしている。


「こちらが噂の青ぷよ薬房ですか」


「噂の中身による」


「王都まで名が届き始めておりますよ」


「届かなくていい」


「ご謙遜を」


「本音だ」


男はにこやかに笑った。


商人の笑顔だ。俺も一応商売人なので分かる。あれは相手を安心させるための笑顔であり、自分が損をしないための笑顔でもある。悪いものではない。商売には必要だ。必要なのは分かるが、分かるからどうしても警戒してしまう。


「私は王都で薬品流通を扱っております、マルセル商会のマルセルと申します」


「ロイドだ」


「ぜひ、こちらのポーションを当商会で取り扱わせていただきたい」


「卸しはやってない」


「今後の規模拡大を考えれば、流通網は必要になります」


「規模拡大を考えてない」


「これほどの商品を、辺境の小店だけで売るのは惜しい」


「俺の体力を惜しんでくれ」


「もちろん、利益は十分に保証いたします」


「利益より睡眠がほしい」


マルセルは一瞬だけ言葉に詰まった。


最近、金で押してくる相手に睡眠を返すと、だいたい少し止まる。だからこういうやり取りをする場合におすすめだ。商談の本にはまず載っていないと思う。


「ロイド様、失礼ながら、あなたはご自分の商品価値を理解しておられない」


「よく言われる」


「こちらの回復ポーション、王都なら銀貨三枚でも売れます」


「高いな」


「現在のお値段は?」


「銅貨八枚」


「安すぎます」


「スライム素材だからな」


「素材費の話ではありません」


「みんなそれ言うな」


マルセルは棚の一本を手に取り、光に透かした。青みがかった液体が、朝日を受けて揺れる。俺からすれば見慣れた色だ。少し澄んでいて泡立ちが少なく、魔力の沈みもいい。…うん、今日の出来は悪くない。


「透明度、魔力保持率、沈殿の少なさ、香りの安定、どれを取っても高級薬房の上位品に匹敵します。これをスライム素材で作っていると聞いて、正直、冗談だと思っていました」


「俺もその評価が冗談だと思ってる」


「冗談で商会の者を二人連れて、王都から馬車で十日もかけません」


「暇なのか?」


「本気なのです」


「俺は暇なほうが好きだ」


マルセルは困ったように笑った。嫌な笑顔ではない。押しは強いものの、横柄ではない。金だけを見ている男なら、俺もすぐ追い返せた。こういうちゃんと商売を分かっていそうな相手は、逆に困る。


「ロイド様、ひとまず本日ある分をすべて買い取らせていただけませんか。もちろん、並んでいる皆様の分とは別に、奥の在庫があれば」


店内の空気が凍った。


外の客たちの目が一斉に鋭くなる。


ミーナが笑顔のまま、木札を握る手に力を込めた。


俺はゆっくり首を横に振った。


「うちは先着順と販売制限を守る。常連にも新規にも同じだ。奥の在庫は契約分と緊急用。金を積まれても出さない」


マルセルは俺を見た。


しばらく黙っていた。


やがて、ふっと表情を緩めた。


「なるほど。評判どおりの方だ」


「どんな評判だ」


「腕は確か、欲は薄い、少々頑固」


「少々じゃないだろ」


ミーナが小声で言った。


聞こえてるぞ。


マルセルは棚から規定の三本を選び、きちんと代金を払った。


「本日は客として購入いたします。後日、改めて商談に伺っても?」


「来るなと言っても来そうだな」


「はい」


「正直でよろしい」


「商人ですので」


「商人なら少し遠慮を覚えろ」


「利益の匂いがする場所で遠慮しすぎる商人は、冬を越せません」


それは少し分かる。


俺も商売人の端くれだ。腹を空かせたことがある人間にとって、稼げる時に稼ぐという感覚は理解できる。理解できるからこそ、俺は自分の暮らしが飲み込まれないよう線を引かなければならない。


マルセルが帰ると、店内に少しだけ安堵の空気が戻った。


外の客が拍手した。


なぜ拍手する。


「店主、よく言った!」


「買い占められたら困るからな!」


「青ぷよ薬房は俺たちの味方だ!」


「勝手に旗印にするな!」


俺は疲れた。


まだ昼前だというのに、一日分の人間と会話した気がする。


それからも販売は続き、正午の鐘が村の小さな礼拝堂から聞こえる頃、棚はほとんど空になった。残ったのは、瓶の形が少し歪んでいて売り物にしにくいものと、ラベルを貼り忘れたものと、俺が自分用に取っておいた薄い疲労回復くらいだ。


「完売ですね」


ミーナが帳簿を閉じた。


「完売だな」


「開店から三時間です」


「早いな」


「昨日より早いです」


「嫌な成長だ」


「売り上げは過去最高です」


「嬉しいような怖いような」


「両方でいいと思います」


俺は椅子に沈み込んだ。


店の外では、買えなかった客たちが名残惜しそうに看板を見ている。何人かは明日の予定を話し合っていた。中には宿を取る相談をしている者までいる。やめろ。この村をポーション待ちの宿場町にするつもりか。


「ロイドさん、午後はどうします?」


「仕込みだな」


「騎士団分ですか?」


「それもあるし、明日の店頭分もある」


「スライム素材、足ります?」


「朝採った分だけじゃ足りない。森に行く」


「一人で大丈夫ですか?」


「スライム相手に心配されるほど落ちぶれてない」


「店主さん、スライム相手だけは本当に強いですもんね」


「だけって言うな。事実だから傷つく」


俺は立ち上がり、作業用の革手袋を取った。


ポーション作りには素材がいる。


うちの主力素材はスライムだ。


この辺りの森には、スライムがやたら多い。畑の水路にも出るし、木陰にもいるし、雨上がりには道端でぷるぷるしている。村人にとっては害獣未満の厄介者、子どもにとっては棒でつつく遊び相手、俺にとっては生活の柱。


〈スライムキラー〉。


十五の時に授かった、世間では無能扱いのスキル。


スライムしか狩れない。


本当にそれだけ。


少なくとも、俺はずっとそう思っていた。


「じゃあ、少し採ってくる。店は閉めておいてくれ」


「はい。あ、店主さん」


「なんだ」


「看板、午後も出しておきます?」


「閉店札にしとけ」


「分かりました」


「あと、完売って大きく書くなよ。明日の客が増える」


「もう増えてますよ」


「言うな」


俺は裏口から出た。


正面から出ると、買えなかった客に囲まれる気がしたからだ。商売人が客から逃げるなと言われればそれまでだが、俺にも心の体力というものがある。朝から騎士団の契約、商人の卸交渉、行列整理、客の妙な噂を浴び続ければ、スライムのぷるぷるした姿すら癒やしに見えてくる。


森へ向かう道は静かだった。


店の騒ぎが嘘のように、鳥が鳴き、草が揺れ、小川がきらきら光っている。俺は腰の採取ナイフを確認し、空の素材瓶を揺らした。


「まったく、なんでこうなったんだかな」


誰に聞かせるでもなくつぶやく。


ポーションとは何か。


魔法薬であり、商品であり、冒険者の命綱であり、薬師たちの研究対象であり、商人にとっては利益の種であり、騎士団にとっては戦力を支える補給物資である。


俺にとっては、村の役に立てればと思って始めた趣味の延長で、今では飯を食うための商売道具。


それ以上でも、それ以下でもない。


そのはずなのに、店の前には行列ができ、王都の商人がやって来て、騎士団は契約書を置いていった。


俺は空を見上げた。


よく晴れている。


こういう日は、スライムがよく出る。


「……頼むから、お前らだけは普通でいてくれよ」


森の入り口で、青いスライムが一匹、ぷよんと跳ねた。


俺を見るなり、そのスライムはぴたりと動きを止めた。


そして、ぷるぷる震え始めた。


「おい、そんな目で見るな。俺だって好きで忙しくしてるわけじゃないんだ」


返事の代わりに、スライムはさらに震えた。


俺はため息をつき、ナイフを抜いた。


静かに暮らしたい。


細々と商売したい。


無能スキルでも、身の丈に合った幸せを掴めればそれでいい。


そう思っている俺の手元で、今日もスライム素材は妙に綺麗に採れて、瓶の中で青く澄んだ光を放っていた。


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