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第13話 “なんとなく”は他人に伝わらない



「当面、人員を増やす必要がある」


クラウスは紙の上に視線を落としたまま、当然のように言った。


「問題は、どこまで作業を分担できるかだ。人を入れれば生産量が増える、という単純な話ではない。むしろ、教える手間が増えて一時的に落ちる可能性もある」


「そこなんですよね」


俺は薬師会で言われたことを思い出した。


記録。再現性。工程の言語化。


どれも、聞いただけで背中がむずむずする言葉だった。俺は今まで釜の前で匂いを嗅ぎ、泡の立ち方を見て、粘液の揺れを眺めながらなんとなく火を弱めたり、薬草を足したり寝かせる時間を変えたりしてきた。村の中で売るぶんには、それで十分だったからだ。


「俺、感覚で作っている部分が多いんです」


「それは聞いている」


「鍋の匂いとか、泡の細かさとか、粘液の揺れ方とか、魔力が落ち着く時の色の沈み方とか。あと、スライム核を割る時の手応えで、なんとなく残っている魔力の濃さが分かるというか」


「職人型だな」


「よく言えば」


「悪く言えば、完全に属人化している」


「厳しい」


「現実だ」


クラウスは新しい紙を引き寄せ、俺の作業工程を一つずつ書き出し始めた。


採取。洗浄。核分離。粘液処理。薬草調合。加熱。魔力安定。瓶詰め。保管。


こうして紙の上に並べられると、どこかの学院で習う調合手順のようだった。


「このうち、他人へ任せられる工程はどこだ」


クラウスが尋ねた。


「瓶洗い、薬草刻み、ラベル貼り、在庫整理はできます。あと、洗浄も水を替えるところまでは教えられると思います。ただ、粘液の濁りを見て何回洗うか判断するのは、少し慣れが要りますね」


「薬草調合は」


「決まった配合なら任せられるかもしれません。ただ、薬草の乾き具合で少し量を変えているので、そこを数字にしろと言われると困ります」


「乾き具合とは、具体的に何を見ている」


「葉の反り方とか、香りの立ち方とか、指で揉んだ時の崩れ方とかです」


「……なるほど」


クラウスはこめかみに指を当てた。


たぶん、また胃にきている。


「加熱は」


「釜の温度を見るだけならできます。でも、泡が大きくなりすぎたら火を落とすとか、青みが沈んできたら少し待つとか、そのへんは見て覚えるしかない気がします」


「魔力安定は」


「一番説明しづらいです」


「どのように判断している」


「瓶に移す前に、液面の揺れ方を見るんです。魔力が荒いと、こう、内側から細かく震える感じがあって、落ち着くとすうっと静かになるというか」


「言語化が難しいな」


「だからそう言ってるんです」


俺としても、別に意地悪で説明を渋っているわけではない。見たり触ったり匂ったりすれば大体のことは分かる。しかしそれを紙に書けと言われると急に困る。ぷるんとしている時と、ぷるぷるしている時と、ぷる……としている時は違うのだが、文字にした瞬間、真面目な調合書ではなく子どもの絵日記みたいになるんだ。


クラウスは紙の上の「核分離」という項目を指で叩いた。


「では、核分離はどうだ」


「そこは俺しか無理だと思います」


「根拠は」


「他人のスライム素材を見たことがありますけど、だいたい傷だらけなので。核が欠けていたり、粘液に土が混じっていたり、魔力が抜けて水っぽくなっていたりします。あれを後から整えるのはかなり面倒ですし、たぶん品質も落ちます」


クラウスが無言になった。


その沈黙は、分からないから黙っているというより、分かりたくないことを理解してしまった人間の沈黙だった。俺は何かまずいことを言っただろうか。いや、言ったのだろう。最近、俺が「普通です」と言うたびに、周囲の人間が静かに頭を抱えている気がする。


「確認するが」


クラウスは慎重な声で言った。


「君は、スライムを倒した時点で、核を傷つけず、粘液に不純物を混ぜず、魔力の抜けを最小限に抑えて素材化している、という認識でいいのか」


「たぶん、そうですね」


「たぶん」


「自分ではそれが普通だったので」


「普通ではない」


「言われると思いました」


「言わざるを得ない」


クラウスは深く息を吐いた。


「ここは当面、ロイド君が担当。助手に任せるとしても、見習い期間を長く取る必要があるな。採取後の状態判定も同様だ」


「俺の仕事、減ってますか?」


「今は減らすための分類をしている」


「分類している間に、俺の担当欄が太くなっているんですが」


「重要工程だからだ」


「嫌な太さですね」


クラウスは無視して、次の項目へ進んだ。


「粘液処理はどうだ。洗浄や濾過なら、ある程度は任せられるか」


「水洗いと粗い濾過ならいけます。ただ、最後の濃度調整は俺が見たいです。粘りが軽すぎると効きが薄くなるし、重すぎると薬草と馴染みにくいので」


「基準は」


「指に一滴乗せて、傾けた時に落ちる速さですね」


「数字で言えるか」


「……ぷる、くらいです」


「それは数字ではない」


「じゃあ、ぷるん、より少し手前です」


「悪化している」


リタが横で口元を押さえた。笑うな。いや、笑われても仕方ないが、こちらは真面目に説明している。粘液には本当に、ぷる、とぷるん、の間があるのだ。ぷるぷるまで行くと濃すぎるし、たらりだと薄すぎる。だが、これを紙に書けと言われると、急に自分がふざけているように見える。


クラウスは無表情のまま筆を走らせた。


「濃度調整、要数値化。感覚表現は後日検証」


「今、俺のぷるが書類に負けましたね」


「書類に乗せるためだ」


「ぷるを?」


「君がそう呼ぶなら、そうだ」


真面目に返されると、こっちが困る。


薬草調合は、まだ人に教えやすい。薬草の種類、乾燥具合、刻む大きさ、投入する順番。このあたりは村の爺さん薬師から教わった部分も多いし、古い調合メモにも似たようなことが書いてある。火加減になるとまた怪しくなるが、それでも核分離や粘液の調整に比べれば、まだ言葉にできる。


特に回復系の基礎調合は、まだ「経験」で説明できる範囲に収まっている。薬草を乾燥させすぎれば香りが飛ぶし、逆に水気が残れば雑味が出る。刻み方が粗いと成分が抜けきらず、細かすぎると煮た時にえぐみが出る。そういう失敗は、何度も鍋を焦がしていれば自然と覚えるものだ。


問題は、その先だった。


スライム素材を混ぜた瞬間から、急に「なんとなく」の比率が増えるんだ。


いや、増えるというより、言葉にしにくくなるといったほうがいいか。


粘液は温度によって妙に機嫌が変わるし、核粉末は混ぜる速度がずれると急に沈む。魔力の流れが噛み合った時だけ、液体全体がするりと一体化する瞬間があるのだが、それをどう説明すればいいのか自分でもよく分からない。


俺は今まで、それを「今日はいい感じだな」で済ませてきた。


だが、薬師会や商業組合は「いい感じ」で書類を書かせてはくれないらしい。


「簡単な火加減なら誰かに任せられるか」


クラウスが尋ねた。


俺は少し考えてから、首をひねった。


「単純な加熱だけならできます。でも、最終段階はやはり難しいですね」


「どの工程だ」


「粘液と薬草成分を馴染ませるところです。あそこだけは、釜の音と匂いを見ないと分からない」


「音と匂い」


「はい。うまく混ざる時は、煮立つ音が少し柔らかくなるんですよ」


「柔らかい」


「ぼこぼこ、じゃなくて、とろ……とろ……みたいな」


「擬音で管理する気か」


「今までそれで成功してたんですが」


クラウスは額を押さえた。


リタは完全に笑いをこらえている。


だが、こちらとしては本当に真面目な話なのだ。釜には調子のいい日と悪い日があるし、素材にも機嫌がある。長く鍋を見ていると、その微妙な違いがなんとなく分かるようになる。


問題は、その“なんとなく”が他人に伝わらないことである。


職人という生き物は、だいたいそこで苦労するのだろうな、と少し思った。


「火は強すぎると粘液が分離しますし、弱すぎると薬草の成分が出きらない。魔力安定は、釜を下ろしたあとに液面の揺れが落ち着くまで見るんですが……」


「ですが?」


「たまに、揺れていないのに落ち着いていない時があります」


「どういう意味だ」


「見た目は静かなんですけど、瓶に入れると底で魔力がざらつくというか」


「ざらつく」


「はい。ざらっと」


「……リタ君」


「はい」


「今の表現を、薬師会に通じる言葉へ翻訳できるか」


リタは少し考えてから、困ったように笑った。


「たぶん、魔力粒子の均一化不足、でしょうか。ただ、ロイドさんの言う“ざらつき”がどの程度の反応を指すのか、実物を見ないと分かりません」


「実物を見ても、普通の人間に分かるのか」


「そこが問題ですね」


問題が増えた。


俺はただ、できあがった液体の様子を見ていただけなのに、それがいつの間にか「魔力粒子の均一化不足」という立派な言葉になっている。ずいぶんと格好いいな。格好いいが、自分の作業にそんな名前がつくとどうにも落ち着かない。台所で味噌汁の味を見る行為に、急に王都料理学院式風味均衡確認法などと名付けられたような気分だ。


クラウスは工程表を眺め、しばらく黙った。


「結論として、すぐに他人へ任せられるのは、瓶洗い、薬草の下処理、ラベル貼り、在庫整理、販売記録。訓練次第で任せられるのが、洗浄、粗濾過、薬草調合の一部。ロイド君が当面抱えるべきなのは、素材判定、核分離、粘液濃度調整、加熱、魔力安定だ」


「半分以上、俺ですね」


「今の段階ではそうなる」


「人員を増やす話だったのに、俺の仕事が改めて確定しただけでは?」


「見えない仕事が見えた。これは前進だ」


「前進って、たまに疲れますね」


「後退よりはいい」


正論だった。


俺は工程表を見下ろした。採取から保管まで、いくつもの作業が線で分けられ、その横に誰が担当するかが書かれている。確かに全部を一人で抱えているよりはましなのだろう。瓶洗いやラベル貼りを誰かに任せるだけでも、俺は釜を見る時間を増やせる。薬草刻みを任せられれば、朝の仕込みも少し楽になる。


ただ、肝心なところは結局、俺がやるしかない。


スライム核を綺麗に分けること。粘液の具合を見ること。釜の火を調整すること。魔力が落ち着く瞬間を見極めること。どれも、今まで俺が当たり前のようにやってきた作業だ。その当たり前が他人に渡しにくいものだったのだと、こうして紙にされて初めて分かる。


「ロイドさん」


リタが少し身を乗り出した。


「まずは、一度作業を見せてもらうのがいいと思います。薬師会の記録係を立ち会わせて、各工程を観察して、言葉にできる部分から書き起こします。全部を一度に標準化するのは無理でも、瓶詰めや洗浄からなら始められます」


「俺の作業、見られるんですか」


「はい」


「鍋を洗ってるところも?」


「必要なら」


「スライム粘液を指で見ているところも?」


「そこが大事です」


「変な目で見ません?」


リタはにこりと笑った。


「少しは見るかもしれません」


「正直ですね」


「でも、仕事として見ます」


それならまだいい。


いや、よくはないが、遊び半分で見られるよりはましだ。俺にも一応、商売人としての矜持はある。釜を洗うのも、粘液を見るのも、薬草を刻むのも、全部商品につながる仕事だ。笑われるだけなら嫌だが、記録して役に立てるというなら、我慢できないこともない。


クラウスはそこで初めて、わずかに興味を示すような顔をした。


「つまり君は、“感覚でやっている”と思っていた作業の中で、実際には品質管理をしていたわけだ」


「そんな大層な話じゃありませんよ。ただ、変な状態の粘液を混ぜると、あとで釜の中が荒れるんです」


「荒れる?」


「泡が変に膨らんだり、熱が均一に入らなかったり、匂いが刺さる感じになったりします。あと、完成した時に液体の舌触りが少しざらつきます。うまく表現はできませんが」


「舌触り?」


「飲むと分かります。喉に引っかかる感じというか、奥に残る感じというか。うまくできた時は、もっとこう、すっと入るんです」


説明している自分でも、だいぶ感覚的だと思う。


だが実際、俺はそうやって見分けてきた。色、匂い、熱、泡立ち、揺らした時の粘り方。細かい理屈は知らないし、誰が見てもわかるようなはっきりとしたレシピを持っているわけでもない。ただ失敗した時と成功した時では、釜の空気がそもそも違う。


長年やっているうちに、それを身体で覚えてしまっただけだ。


リタは真面目な顔でメモを取り、クラウスは腕を組んだまま黙って聞いていた。商業組合の部屋だというのに、気分は少し薬師会の追加尋問である。


「普通、スライム素材って、採取したあとに選別して、洗って、魔力を戻して、それでも半分くらいは使えないんです」


「そうなのか」


「そうです。ギルドの素材倉庫でも、状態のいいスライム核は別箱扱いです。新人冒険者が持ってくるものは、だいたい潰れてます」


「潰すなよ。核なのに」


「倒す時に力を入れすぎるんです。あと、袋にまとめて入れるので、運ぶ途中でぶつかります」


「雑だな」


「雑というか、それが普通です」


また普通が違った。


俺の普通と世間の普通は、どうにも噛み合わない。俺にとっては、スライムを一匹ずつ綺麗に処理して、核を割らずに取り出し、粘液を分けて瓶に入れるのが当たり前だった。素材が傷むともったいないし、あとで精製する時に手間が増えるからだ。ところが世間では、それだけで別箱扱いらしい。


別箱。


嫌な響きだ。


特別扱いの匂いがする。


「ロイド君」


クラウスが言った。


「採取工程は、当面君が担当するしかない。少なくとも、品質基準が固まるまでは他人に任せられん」


「ですよね」


「だが、それでは君の負担が減らない。採取以外の工程を、できる限り分ける必要がある」


「瓶洗いとラベル貼りだけで、どれくらい楽になりますかね」


「意外と大きい。君が調合と採取に集中できるなら、全体の安定性は上がる。問題は、君が何でも自分でやろうとすることだ」


「自分でやったほうが早いので」


「その考え方は、店を潰すことにもなるぞ」


…やけに重いな。


しかも正しい。


俺は今まで、そうやって回してきた。自分で狩ったほうが素材が綺麗だし、自分で洗ったほうが早い。自分で煮たほうがはるかに失敗が少なく、自分で瓶に詰めたほうがあらゆることを確認しやすい。だがそれは結局、俺一人の身体と時間を削っていただけだったのだろう。


朝は森へ行き、昼は店を開き、客対応をしながら釜を見て、閉店後に帳簿をつけ、夜中に翌日の仕込みをする。忙しい日は飯を食う時間すら惜しくなって、冷めたパンを片手でかじりながら粘液を濾していた。村の連中には「働き者だな」と言われていたが、今思えば単に人を増やす発想がなかっただけかもしれない。


そもそも、増やせると思っていなかった。


うちみたいな辺境の小店に、人を雇う余裕などないと思っていたし、誰かに任せるほど立派な仕事をしている感覚もなかったのだ。


しかし現実には、もうミーナがいる。


店番を任せ、整理券を配り、帳簿をつけ、客を捌き、最近では俺より店主らしい顔をしている時すらある。俺が「今日は暇だろ」と言った翌日に行列ができた時など、完全にあの子のほうが状況を読めていた。


つまり俺の「自分でやったほうが早い」は、半分くらい昔の感覚のままだったのだろう。


「職人にはよくある話だ」


クラウスは淡々と言った。


「自分で抱え込んだほうが品質は安定する。だが、規模が大きくなると、今度は本人が壊れる」


「壊れるほど大げさじゃ」


「寝不足で森へ入り、採取中に集中を切らしたことは?」


「……あります」


「釜の火加減を見ながら帳簿をつけて、加熱時間をずらしたことは?」


「……あります」


「客対応の途中で調合を止め、戻った時に濃度が変わっていたことは?」


「…………あります」


全部あった。


思い返せば、最近はそういう綱渡りが増えていた。たまたま大きな失敗になっていないだけで、一歩間違えれば鍋を駄目にしていたこともある。疲れている時ほど「これくらい大丈夫だろ」が増える。そして、そういう時に限って事故は起きる。


クラウスは俺を見た。


「君は“器用に回している”つもりだったのだろう。だが実際には、“限界に慣れていただけ”だ」


ぐうの音も出なかった。


「では、段階を決める」


クラウスは紙に線を引き、工程を三つに分けた。


「第一段階。瓶洗い、ラベル貼り、在庫整理、販売記録。これはミーナ嬢に任せる。第二段階。薬草の下処理、瓶の煮沸、粘液洗浄の補助。これは手順書を作って、覚えられる者を増やす。第三段階。核分離、精製、加熱、魔力安定。これは当面、君が担当する」


「手順書ですか」


「そうだ」


「ぷるぷるとか書いてもいいですか」


「駄目だ」


「じゃあ難しいですね」


「難しくても書け」


この人は本当に容赦がない。


「泡の大きさ、色、匂い、時間、温度、使った素材の量。数値にできるものは数値にする。できないものは、せめて比較できる言葉にする。『昨日より薄い』『水面が震える』『青みが濃い』でもいい。何も残さないよりはましだ」


「思ったより現実的ですね」


「君の感覚を完全に言葉へ変えるのは無理だ。ならば、近づけるしかない」


クラウスにしては、少しだけ優しい言い方だった。


いや、優しいというより、諦めの入った現実的な言い方かもしれない。すべてを綺麗に書類化できるとは思っていない。ただ、何も残さなければ、俺が倒れた瞬間に店も止まる。そこを避けたいのだろう。ありがたい話だが、俺が倒れる前提で話が進んでいる気がして少し怖い。


リタが、もう一度小さく手を挙げた。


「私、簡単な記録なら手伝えます。ギルドの素材台帳をつけたことがありますし、スライム素材の等級表も見たことがあります」


「助かるが、いいのか」


俺が聞くと、リタは少し胸を張った。


「青ぷよ薬房のポーションが安定して出回るなら、冒険者側も助かります。それに、ロイドさんが倒れたら、困る人が多いですから」


「俺はそんな重要人物じゃないんだが」


「店の前の行列を見てから言ってください」


正論が増えた。


クラウスだけでも手いっぱいなのに、リタまで正論側に回るのはやめてほしい。俺はスライム相手なら強いが、正論を二方向から撃たれると普通に弱いのだ。


「では、リタ君には素材記録と外部冒険者の購入記録の補助を頼む方向で調整しよう。もちろん、正式には組合を通す」


「はい」


「ロイド君は、今日から作業ごとに簡単な記録を残すこと」


「今日からですか」


「今日からだ」


「せめて明日から」


「今日からだ」


「クラウスさん、そういうところですよ」


「仕事とはそういうものだ」


仕事というものは、どうしてこうも人の休憩を奪うのか。


俺は机の上の工程表を見下ろした。採取、洗浄、核分離、粘液処理、薬草調合、加熱、魔力安定、瓶詰め、保管。そのうち、いくつかは他人に任せられる。いくつかは教えられる。いくつかは、まだ俺がやるしかない。そう考えると、少しだけ形が見えてきた気もする。


少しだけだ。


面倒なことに変わりはない。


しかしこのまま何も分けずに続ければ、たぶん俺はいつか釜の前で寝てしまうことになるだろう。いや、すでに何度か寝かけているか…。スライム素材の品質以前に、店主の品質が落ちては意味がない。


「分かりました。まずは瓶洗いとラベル貼りから分けます。薬草の下処理も、ミーナと相談します。記録は……できる範囲で」


「できる範囲ではなく、必要な範囲でだ」


「言い方」


「必要な範囲で」


「もう少し柔らかく」


「必要な範囲で、できるだけ無理なく」


「最初からそれでお願いします」


クラウスは小さく咳払いした。


俺はため息をつきながら、工程表の端を指で押さえた。スライムを狩るより、ポーションを作るより、その作り方を人に伝えるほうが難しい。そんなことを考える日が来るとは思わなかった。


まったく、無能スキルで静かに食っていくはずだったのに。


気づけば俺は、スライムだけでなく、書類と人員配置と工程管理まで相手にすることになっていた。

どれも、核も粘液も落とさない。

本当に割に合わない相手である。


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