城壁都市と冒険者の始まり
「……すごい城壁ですね。延々と続いていますよ」
歩きながら、ユイが思わず見上げる。
視界の端から端まで、巨大な壁が続いていた。高く、厚く、圧倒的だった。
近づけば近づくほど、その巨大さは現実味を増していくのに、同時に現実離れもしていく。
地球の建造物とは、明らかに違う。石でできているはずなのに、ただ積み上げられたものには見えない。
そこには人の手だけではない、別の力が染み込んでいるようだった。
オルハも足を緩め、壁を見上げる。
二人は並んで歩きながら、そのあまりの規模に、しばらく言葉を失っていた。
ユイが感嘆を滲ませた声で言う。
「これは日本では見れない光景ですよね。世界でも見れないかも」
オルハは小さく頷いた。
「そうですね。魔法がすごいからできるのでしょうね。この中に街があるのでしょうね」
そのまま目を細め、記憶を探るように続ける。
「千年前の知識では、ここには何も無いはずです。私の知人がこの辺を根城にしていたので、人とか居なかったはずです」
一度言葉を区切り、城壁の向こうを思うように視線を向けた。
「知人が居なくなったので、街ができたのでしょう」
ユイはその言葉を聞きながらも、別の不安が頭をもたげてきたらしい。城壁を見上げていた顔が、少しだけ曇る。
「オルハさん、宝は大丈夫でしょうか」
声音が少しだけ真剣になる。
「こんなに大きな街があるなら、人も多そうです。宝とか、もう見つけられていませんか?」
オルハはすぐには答えず、少し考えるように口元を引き締めた。
「知人は結界を張って置いたと、誰も入れないようにしたとは言っていました」
だが、そのまま楽観はしなかった。
「ただ、宝がまだ残っていたらやると言われたので、結界を壊されて無くなっている可能性もありますね。千年経っていますし」
その言葉に、ユイは露骨に肩を落とした。
「うわ……無いのはショックですよ」
両手を少し開いて、恨めしそうに城壁を見る。
「もう宝の山に飛び込んで、泳いでいるところまで想像していたのに」
オルハは思わず笑った。
「ははは。まだ有るといいですね」
その落ち着いた返しに、ユイはじっと横目でオルハを見る。
「オルハさん、余裕ですね」
そして、ふと別のことに気づいたように視線を下へ滑らせた。
「てか、オルハさんって金持ちですか?」
オルハが少しだけ首を傾げる。
ユイは指を向けるように言った。
「その時計とか、王冠の時計ですよね。お高いでしょ。着ている服も国内で有名なアウトドアメーカーですよね。靴も高そうな登山靴ですか?」
改めて見れば、たしかにオルハの持ち物はどれも妙にしっかりしていた。こんな状況なのに身なりに余裕がある。そこに気づけば、突っ込まずにはいられない。
オルハは少しだけ気まずそうにしながらも、隠すことなく言った。
「まあ……予知能力でロト7を十二億当てましたので」
ユイの動きが止まる。
「うは、またチートですか」
顔を上げたと思ったら、呆れと羨望がないまぜになった表情になる。
「まじですか。うらやましいですよ」
そして、すぐに想像が飛ぶ。
「この世界でも宝くじがあればいいですね。ウハウハですよ」
自分で言って、自分で少し笑う。
「はははっ」
オルハもつられるように苦笑した。
「有ったらいいですね」
そして、気持ちを切り替えるように前を見る。
「街に入ったら、魔物の素材を売れそうなギルドを探しましょうか。宿代と食事代ぐらいになってほしいですね」
ユイも真面目な顔に戻った。
「そうですよね。野宿は嫌ですね」
少しだけ腕を抱くようにする。
「まあ、結界張れば安全ですが、最悪野宿でもしかたありません」
そこまで言ってから、考えるように顎に指を当てた。
「野宿するなら、出発地点に戻ってから野宿でもいいかも。あそこなら魔物以外は誰もいませんよ」
オルハは頷く。
「そうですね。そうならないように素材を売りましょう」
話しているうちに、さらに街へと近づいていく。
遠くからでも圧倒的だった城壁は、近づくほどに威圧感を増した。
見上げる角度がきつくなり、壁というより崖のように感じられる。
しかもただ高いだけではない。
空気が違った。
肌に触れる空気の密度そのものが、うっすらと変わっている。
ユイが目を細める。
「すごく高い城壁ですね。地球なら世界遺産ですよ」
そこでふと、何かに気づいたように表情を引き締めた。
「それに、結界も張っていますね」
オルハも周囲を見回した。
「本当にすごいですね。この都市全体に結界ですか?」
ユイはその場で立ち止まり、感覚を確かめるように目を閉じたあと、深く息を吐いた。
「多分そうでしょう。すごいですよ」
次に目を開いたとき、その声音には本物の感嘆があった。
「結界のプロの私が褒めるぐらいすごいです。これだけの大きさをどうやって維持してるのでしょうね」
オルハもまた、門の方へと視線をやった。
「そうですね。すごいエネルギーが必要でしょうね」
城門は近くで見ると、さらに巨大だった。人も荷車も、小さく見えるほどだ。その前には列ができている。
「城門もでかいですね。列ができているので、通行税とかですかね」
少し考えたあと、森の方に視線を動かす。
「物納ができればいいのですが……あっちの森に入り、そこから空間移動しましょう」
ユイはすぐに頷いた。
「了解」
二人は街道から少し外れ、森の中へと入る。人目がないことを確認し、オルハがユイに合図を送る。次の瞬間、景色が揺らぎ、足元の感覚がずれる。
一瞬のあと、二人は都市の中に立っていた。
石畳が整然と敷かれ、通りは思った以上に清潔だった。鼻をつく悪臭もない。空気は流れ、道の脇も整えられている。
オルハが辺りを見回しながら言った。
「中も綺麗ですね。下水とかもちゃんとしてるのでしょうね」
そして、少し苦笑する。
「中世ヨーロッパみたいに糞尿がその辺にあったら最悪でしたよ」
ユイは即座に顔をしかめた。
「うは、そうですよね」
嫌そうに首を振る。
「そんな場所、私は無理です。森の中で暮らしますよ」
オルハは小さく笑ってから、通りを見渡す。
「誰か話しやすい人を探して、ギルドの場所を聞きましょう」
ユイは不思議そうに首を傾げた。
「そうですね。でも何で話しやすい人なんですか。その辺のおじさんでいいじゃないですか」
オルハは少しだけ視線を逸らす。
「いやー……私、最近までヒキニートでして」
言いにくそうに、しかし誤魔化さずに続ける。
「対人恐怖までではないのですが、苦手です」
それを聞いて、ユイの表情が少し和らいだ。
「そうなのですね」
そして、自分のことのように自然に言う。
「私も小五から学校に行かず、引き篭もりでしたよ」
軽く笑うが、それは無理に明るくしているような笑いではなかった。
事実をそのまま置いたような、そんな言い方だった。
「私が話せれば良かったのですが……」
そう言ってから、何かを思いついた顔になる。
「では、私の占いで探してあげます。結構当たるのですよ」
そう言って、持っていた棒をぽとりと倒す。転がった棒の向きを見て、すっと指をさした。
「あの人です」
指先の先には、いかつい顔をした中年の男がいた。
オルハはじっとその男を見てから、ユイの横顔を見る。
「えーーーと……それ、適当ですよね」
疑いが顔に出ていた。
「占いではないですよね?」
ユイは胸を張った。
「そう見えるかも知れませんが、今までこれで上手いこといっています」
自信だけは妙にある。
「大丈夫ですよ。ちょっといかついおっさんですが、きっと優しい親切な人ですよ」
そして、背中を押すように手を振った。
「早く行ってきてください」
オルハはまだ半信半疑のままだったが、結局はうなずいた。
「ホントですか。じゃー聞いてきます」
そうして恐る恐る声をかけてみれば、男は見た目に反して親切だった。
ギルドの場所も、今の時間ならまだ買取が間に合うことも、丁寧に教えてくれた。
教えてもらった場所へ向かいながら、オルハがぼそりと言う。
「その占い、本当なのですか。たまたまいい人だったのではないのですか」
ユイはすぐに返す。
「いやいや、信じてください。本当にいい人だったでしょ」
オルハは少しだけ笑った。
「そうですね」
やがて目当ての建物が見えてくる。
「あー、着きました。ここですね。入りますか」
ユイは素直に頷いた。
「はい」
二人で中へ入る。
ギルドの中は活気があり、冒険者らしき者たちの気配があちこちにあった。
だが、今はそんな空気を眺めている余裕はない。
オルハがカウンターの男性に声をかけ、買取をしてほしいと伝える。
魔物の爪と牙だけだと説明し、現物を見せる。
するとギルドカードの提示を求められた。
まだ入っていないと伝えると、登録の説明を受ける。
登録料が必要だと言われたが、買取金額から差し引いていいかと尋ねると、問題ないと言われた。
そこで二人はそのまま登録することになった。
手続きを終え、ようやく金が手に入る。
決して大金ではない。だが、今の二人には十分すぎるほど心強かった。
さらに、安めで安全な宿まで教えてもらい、そのままそこへ向かう。
宿に入って、ようやくひと息ついたところで、オルハが静かに言った。
「良かったですね。そこそこの金額になって、宿で寝れます」
ユイは嬉しそうにギルドカードを掲げた。
「そうですね」
目をきらきらさせる。
「これで憧れの冒険者になれました」
その顔には、さっきまでの疲れを押しのけるほどの喜びがあった。
そのまま宿で食事をして、二人は部屋で休むことにした。
別れる前、ユイが確認するように言う。
「明日の朝八時に下で会いましょう」
オルハも頷く。
二人とも時計とスマホを持っていたので、その点は助かった。
異世界の最初の夜が、ようやく落ち着いて始まろうとしていた。




