封印の奥と遺されたもの
朝から、オルハとユイはドラゴンの根城を観光に来ていた。
まだ空気の冷たい時間帯。街の喧騒も遠く、人気の少ない時間を選んでの移動だった。
空間移動で一気に移動してきたため、道中の苦労は一切ない。ただ、視界が切り替わった瞬間――二人は思わず足を止めた。
足元に伝わる感触、風の向き、光の強さ――すべてが一瞬で変わる。
そして、その変化以上に――目の前の光景が、あまりにも異質だった。
「……これは」
言葉が自然と漏れる。
そこには、言葉で表すにはあまりにも規模が大きすぎる光景が広がっていた。
広大なクレーター。周囲はぐるりと円を描き、その中央だけがぽつりと盛り上がっている。
まるで、巨大なドーナツのような地形だった。
風が吹き抜けるたびに、乾いた土の匂いが鼻をかすめる。
視界の端から端まで、同じような荒れた地形が続いている。
人の気配はほとんどない。静かすぎるほどの空間に、かつてここで起きたであろう激戦の残滓だけが、薄く残っているようだった。
「なんか……すごいですね」
ユイは目を細めながら、中央の盛り上がった山を見つめる。
その視線の奥には、ただの感嘆ではない、警戒の色がわずかに混じっていた。
「広大なクレーターがあって、その中央だけ山になっている……全体がドーナツみたいですね」
少し言葉を探すようにしながらも、その異様さを言い表す。
「多分、中央は結界が張ってあって無事だったのでしょうね」
オルハも同じ方向を見ながら、静かに言う。
「どれだけの攻撃をしたら、こうなるのでしょうか……」
その言葉に、ユイは小さく息を呑んだ。
「これは……メテオですかね」
ぽつりと、しかし確信に近い響きで呟く。
「こんな魔法攻撃をできる人が、この世界にいるのですね。……怖いですね」
視線は景色に向いたままだが、その声にはわずかな震えがあった。
想像してしまったのだろう。この光景を生み出した存在の力を。
「そうですね」
オルハは短く返すが、その目は冷静だった。
「なるべく争わない方向でいきたいですね」
言葉は穏やかだが、そこには確かな現実認識があった。
少しの沈黙の後、ユイが視線を巡らせる。
「オルハさん。ここを歩いて外周を一周するのに、何日かかりますか?」
軽い疑問のようでいて、その実、距離と規模を測ろうとしている。
「いや……どうなのでしょうか」
オルハは顎に手を当て、少し考える。
「数日はかかるのではないですか。道は整備されていますが……私は回りたくないですね」
その言い方に、ユイは思わず苦笑する。
「私も嫌です。でも……ここから中央なんて、ただの山にしか見えませんよ」
少し身を乗り出すようにして、目を凝らす。
「近くまで行かないと、よく分からないですね」
「ですね」
オルハも同意する。
「ここから内側は立入禁止ですからね。でも……これはこれで絶景ですよ」
言いながらも、その視線は中央から外さない。
「まー、そうですけど……」
ユイは少し唇を尖らせる。
「根城なら近くで見たいですよね。私の宝があったのだから……これならクレーター観光ですよ」
その言い方に、オルハは軽く笑う。
「ハハハ、そうですね」
周囲を見渡しながら続ける。
「観光名所になっていますが、人も少ないですね。警備もほぼいないですね」
「城壁都市からここまで距離ありますし」
ユイは肩をすくめる。
「山の頂上まで来るの、大変ですよ」
その言葉に、オルハは一度頷いたあと、ふと表情を変えた。
「では、いきますか」
声の調子がわずかに変わる。
「少し探したい所があります」
ユイはその変化を感じ取り、首を傾げる。
「何かあるのですか?」
「宝探しです」
あっさりと返ってきた答えに、ユイの目が一瞬で輝いた。
「まじですか? 宝はここにあったのでは?」
「あれはドラゴンの宝ですね」
オルハは首を横に振る。
「違う宝を探しにいきます」
「うわ……いいですね、宝探しですか」
一歩前に出て、期待を隠さない声で続ける。
「で? 場所は分かるのですか?」
「だいたいの方角は分かります」
その言葉に、ユイは小さく拳を握った。
――そこからは、断続的な空間移動の連続だった。
風景が切り替わる。
岩場、斜面、崩れた地形。
そのすべてを飛び越えるように移動しながら、オルハは感覚を研ぎ澄ませていく。
何かを探るように、何度も視線を巡らせる。
数時間後。
「……たぶん、ここですね」
ようやく足を止める。
ユイも周囲を見回すが、見えるのはわずかに窪んだ地形だけだ。
目立った構造物は何もない。
「誰の宝があるのですか?」
その問いに、オルハは静かに口を開く。
「宝……というより、装備ですね」
少し間を置いてから続ける。
「二千年前くらいに、当時の勇者と聖女たちがここでドラゴンと戦ったのですよ」
風が止まり、空気がわずかに重くなる。
「そしてドラゴンが勝ち……その勇者たちの亡骸を洞窟に入れて、入口を塞ぎ、結界で封印したみたいです」
ユイは思わず声を上げた。
「おぉ……だからここも少しクレーターみたいに窪んでいるのですか」
納得したように足元を見る。
「さて、ユイさん」
オルハが振り返る。
「占いをお願いします」
「お任せください」
ユイは胸を張る。
「プロの占いをお見せします」
地面に棒を立て、軽く倒す。
転がった先を見て、迷いなく指を差した。
「こっちです」
「ありがとう。いきましょうか……ここですかね」
オルハはその方向へ進み、土魔法で斜面に手をかざす。
岩と土が静かに崩れ、押しのけられていく。
やがて、黒い口を開けた洞窟が姿を現した。
オルハは一歩前に出る。
わずかに目を細め、洞窟の入口に残る見えない層を見極める。
空気の歪み――わずかな違和感。
「……残ってますね」
小さく呟くと、手をかざす。
「解除」
その一言と同時に、空間に張り付いていた結界と封印が、静かにほどけていく。
音もなく、しかし確かに――何かが消えた感覚があった。
「これで入れます」
振り返って言う。
「中に入りましょう」
「はい」
オルハは手のひらに火を灯す。
狐火――黄色の揺らめく炎が、周囲を淡く照らした。
その光に導かれるように、二人は洞窟へ足を踏み入れる。
中はひんやりとしていた。
湿った空気と、長い年月を感じさせる静寂。
「……骨が残っていますね」
ユイが足元を見て言う。
「そのままな感じですね」
崩れずに残った白い骨。装備の一部。
時間が止まったような空間だった。
「そうですね」
オルハも静かに答える。
「二千年経っているとは思えないですね。条件が良かったから残っていたのかも」
ユイは少しだけ表情を引き締める。
「ここ……鎮魂と浄化、しておきますよ?」
「お願いします」
その言葉を受け、ユイは静かに目を閉じた。
空気がわずかに震える。
見えない何かが、ほどけていくような感覚。
やがて、重く沈んでいた空気が、わずかに軽くなった。
「……終わりました」
ユイが目を開ける。
そして、近くの遺体の装備に視線を落とした。
「オルハさん。この人の装備、魔法職の装備ですよね?」
手に取るように確認しながら言う。
「これ……貰っていいですか?」
「杖があるので、魔法職なのでしょう」
オルハは頷く。
「それ、ユイさんの装備にしてください」
その言葉に、ユイは静かに息をついた。
「……ありがとうございます」
その声は、少しだけ落ち着いていた。
他の遺体からも、装備を回収していく。
勇者に聖女。
タンク装備、槍装備――それぞれ役割の違う装備が残されていた。
袋の中には、金貨も少し見つかった。
すべてを回収し終えた後、二人は再び空間移動でその場を離れた。
次の瞬間には、見慣れた宿の一室に戻っている。
静かな部屋の中で、さきほどの洞窟の空気だけが、まだどこかに残っているような気がした。
それは、過去の戦いの余韻か、それとも――これから先に繋がる何かの気配か。
二人は言葉を交わさず、しばらくそのまま立ち尽くしていた。
本日、新しく短編を投稿いたしました。
タイトル:『古の大賢者の弟子』
お時間のある際に、ぜひご一読いただけますと幸いです。




