デート?
アデルさんに押し切られ、夜にエトさんと食事に行くことが決まった。
バイトを定時で上がる。いつもは仕事が終わってからも、お店に飾る小物を作ったり、新しい企画を練ったりと自主的に残業していた。
「たまには仕事を忘れて、息抜きせんとね。デート中はお店の話は禁止やからね。エトにもそう言うとってな」
私のためを思っての言葉だと分かるが、所在ない気持ちになった。
バイトに没頭することで忘れようとしていた。遠い故郷、アルディアのことを思い出すと、恋しくて泣きそうな夜がある。
あの楽園の薔薇はどうなっただろう。エリオスのお城の薔薇園に対抗して、ヨゼフィンとアンフィーサが造園した植物園は。
庭で季節の果実を収穫し、ケーキを焼いたりジュースやジャムを作った。その様子を配信し、ダグラスに褒めそやされた。
いつでも嬉しそうに切なそうに、通信鏡越しに私を見つめていたラベンダー色の瞳を思い出す。
あの瞳は今は何を映しているだろう。
『手放して、今より幸せになるとは限らないし』
大魔法使いシーラの言葉をまるで呪いのように思い出しては、自問自答した。
今は幸せ?
YESと答える。自由に人と会って話せて、魅了で他人をおかしくしてしまうことに怯えず、楽しく働いてそのお金で食べている。
アルバイトに精を出しすぎてしまっていたが、アデルさんの言う通り、これからはプライベートも充実させればいい。
友達を作って、一緒に観劇したり、そこで好きな役者を見つけて推し活したりするのも憧れだ。全国民を平等に愛さなくてはならなかった聖母ではない今、世界でたった一人を応援しても良いのだから。
「あー、えっと……タウン情報誌に載ってたっていうレストランでいいかな。多国籍料理の、歩いて二十分くらいかかるらしいけど」
アパートで着替え、ベーカリー前で落ち合ったエトさんは開口一番にそう尋ねた。
「ああ、先月号で特集されたお店ですね。行ってみたいです。今度その情報誌に『ローズペタルベーカリー』が取材されるんで、アピールポイントとか参考にしたいと思ってて……」
ハッとした。お店の話は禁止だと、アデルさんに言われたばかりだ。
「ん、どうかした?」
「今日はお店の話は抜きにして楽しむよう、アデルさんに言われたばかりでした」
てへっと笑って、エトさんの隣に並んだ。
「純粋にお料理とデートを楽しみますね」
「デートっていうか、まあ飯食うだけだけど」
エトさんが、チラッと私の足下を見た。
「そんな靴で二十分も歩ける?」
ヒールの高さが気になるようだ。
「大丈夫です」
伯爵家の養女となり貴族令嬢だった頃や、ダグラスと結婚して王妃だった頃には、これよりも高いヒールを履いてダンスパーティーに出ていた。歩くくらい余裕だ。
「でももしご心配でしたら、腕をお貸しいただけたら掴まりますけど」
男女ペアで歩くのに、男性がエスコートをしないというのは傍目に見ても野暮だろうし。
エトさんは驚いたように私を見た。
「冗談でしょう。腕を組んで歩くとか、恋人のすることじゃないですか。いきなりそんな、大胆な」
私もビックリした。そこまで認識が異なるとは思わなかった。大胆もなにも、それが常識的なマナーだと思っていた。
「そうなんですね、私の認識ではそうじゃなかったんで。お国が違うからですかね。失礼しました」
またてへっと笑って、並んで歩き出した。
歩く速度が早いし、無言が辛い。共通項である『ローズペタルベーカリー』の話ができないとなると、エトさんの大学の話を聞くのが無難だろうか。




