第31話 神殿の来訪
神官長マリス様とアステリオ様の謁見の日がやってきた。
私とセラスは、いつもの通り部屋にいる。しかし部屋の外に出ることは許されず、アステリオ様の寝室前には近衛兵が立ち、私たちの部屋をこっそり見張っているという厳重さ。
部屋の中にいても、城全体がピリピリとした緊張感に包まれているのが分かる。
セラスは状況が分かっていない様子で、外に遊びに行こうと私を誘うが、
「ごめんね、セラス。今日はとっても大切なお客様がいらっしゃるから、私たちはお部屋の中で遊びましょうね」
と言って、何度も宥めている。でも何度言い聞かせても、部屋から出たいという希望を態度で示してくる。
きっと、彼女もこの物々しい雰囲気に気づいているのだろう。だから落ち着かないのだ。
絵を描いていても、絵本を読んでいても、いつものような落ち着きがない。次から次へと室内遊びを変えているけれど、すぐに飽きてしまうようで、結局はどこか不服そうに、ベッドの上のクマのぬいぐるみを抱きしめ、転がってしまった。
ふて寝してしまったようだ。
それを見て、私は小さくため息をついた。
ちなみに、今この部屋にいるのは、私のセラスのみ。
ニーナさんもいらっしゃったけれど、用事があると呼び出され、今はいない。
セラスを自由にしてあげたい気持ちはあるけど、今日は神殿の使者――それも神官長マリス様がお見えになるのだ。
神殿は、セラスを欲しがっている。
だから絶対に、セラスを部屋の外に出してはいけないのだ。
後から知ったのだが、私たちが陛下の寝室の隣にいることを知っているのは、ごく一部の人間だけならしい。
城は広く、入り組んでいる。簡単に居場所がばれることはまずない。
だからこそ、この部屋の前に近衛兵を置かず、わざわざ陛下の寝室に立って貰っているわけで。
万が一、このフロアに辿り着いたとしても、屈強な近衛兵二人がいれば、そこが神子の部屋だと勘違いしてくれるだろうという目論見もあった。
一番良いのは、神殿がさっさと用事を済ませて帰ってくれることなのだけれど。
神殿が何故アステリオ様に謁見を求めたのか、少しだけ噂が回ってきた。
陛下にゆかりのある人物の品を、届けに来たのだという。
でも神官長様御自ら、品物とを届けに?
そこが一番不可解だ。
そしてゆかりのある人物の品とはいえ、敵対している神殿を簡単に迎え入れたアステリオ様のお考えも……
この一件が落ち着けば、詳しい話をアステリオ様からお聞きすることができるだろうか?
陛下の真の目的を共有して頂けたのなら……信頼して頂いていると自負してもいいのだろうか。
……考えるなんて、性に合わない。
結局、堂々巡りになるだけ。
私が今やるべきを、やろう。
セラスを守り、神殿と陛下の謁見が何事もなく終わることを、ただ祈るだけだ。
私はベッドの上でふてくされているセラスの隣に座ると、彼女が抱きしめているクマのぬいぐるみを見た。
このクマのぬいぐるみは元々、エルタナ家の離れに保管されていたものだ。くまの首に付けられた首輪には、祖父の名前が刻まれたネームプレートが付いている。
これは想像だけれど、元々このぬいぐるみは、ペアで送られた物ではないかと睨んでいる。
祖母の名前が刻まれたくまのぬいぐるみは、どこにいったのだろう。出来れば一緒に連れてきてあげたかったけれど……
かなりの年代物ではあるが、大切に手入れをしていたのが窺える。だろう。今でも充分子どもの遊び相手として活躍出来る品質だ。
そのとき、ドアがノックされ、
「ミーティア様、戻りました。開けて頂いてよろしいでしょうか?」
ニーナさんの声が響き渡った。
くまのぬいぐるみに対して思いを馳せていた気持ちが、一瞬にして今に引き戻される。
私がドアに駆け寄ると、背後でセラスが一人でベッドから降りる気配がした。
セラスがこちらにきそうになるのを、視線と首を横に振る動作で制止する。念のために、私の部屋を指さし、セラスをそちらに待避させた。
部屋のドアには、施錠の魔法が掛かっている。
私が許可を出し、決まった人物の声で合言葉を言わなければ、鍵が開かない仕組みになっているのだ。
「合言葉をお願いいたします」
私が許可を出す。
ニーナさんなら、合言葉を言って――
「幼き命に安らかなる母の調べを」
だが聞こえてきたのは、ニーナさんの声ではなかった。
この声は……陛下の寝室前を守っている近衛兵の方だ。少し歳がいった男性だった記憶がある。
私やセラスが前を通るたびに、律儀に頭を下げてくださったのを思い出す。
陛下の寝室前の守りを任されるほど、信頼されている人物。緊急事態があったときのために、彼も合い言葉を知っていた。
だけど、ニーナさんではなく、何故彼の声が?
施錠魔法が解除された。
考える間もなく、私はドアノブを押さえるが、僅差で相手が乗り込んでくる方が早かった。
もの凄い力でドアが開け放たれ、一人の人物が私の首元に抱きついてきた。
まさか抱きつかれるとは思わず、思いのほか強い力で押されたせいで私の体勢が崩れ、その人物ごと尻餅をついてしまった。
視界の端に、何か四角い物が転がったのが見えた気がした。
小さく呻き声を上げながら、上半身を起こす。
強い衝撃が下半身に響いて痛いし、上に乗られたままでとても苦しい。
だが、
「お姉様、会いたかったです!」
その声が、体の痛みをことごとく吹き飛ばした。
心の傷が疼く。
傷跡からじわりと何かが滲み出てくる感覚――
全身が強ばり、緊張状態へと変わる。
床に落ちた焼き菓子が脳裏を過り、甘い香りが鼻先をくすぐった。
全て過去のことなのに、今この瞬間に起こったことのように、鮮明に思い出すことが出来る。
侵入者が、顔を上げた。
私と同じ、金色の髪。
私と同じ、青い瞳。
そして私と同じ、血――
「く、クルシュ……?」
優れた魔法の才をもち、それを理由に両親の寵愛を一身にうけ、皆とともに私を虐げ、見下してきた妹クルシュが、瞳を潤ませながら私を見上げていた。




