第30話 クルシュの願い(別視点)
「あ、あの……恩知らずめがっ!!」
エルタナ伯爵家当主――ミーティアの父ダリオンは怒鳴り声を上げた。
手の中にある手紙を握りしめると、クズ入れに投げ捨てる。が、強く投げつけたせいで、くずかごが倒れ、中に入っていたゴミが飛び出した。
夫の叫び声を聞きつけた妻メラニアが、ノックもそこそこに部屋に入ってきた。
「どうなさったのですか、あなた!」
「くっ……どうもこうも……あの、痣持ちの役立たずが……」
痣・役立たずという単語を聞き、メラニアは明らかに眉をひそめた。そして、床の上に散らばっているくずかごの中から、丸くなった紙を、汚物を触るようにつまみ上げると、中を開き、右手で鼻を押さえながら読み始めた。
眉間の皺がさらに深くなったかと思うと、ビリビリに手紙を破き、床にまき散らすと、一緒にやってきた侍女にゴミを片付けるように言いつけた。
清めの魔法により、一瞬にして部屋が綺麗になる。
それを満足そうに見届けると、メラニアは侍女に退室を命じた。
部屋には伯爵夫妻が残った。メラニアの手がダリオンの背中を撫でた。媚びるようなねっとりした声が、部屋に響く。
「ほんっと、何て恩知らずなのでしょうね? 私たちが育ててあげたというのに……城仕えになったから、いい気になっているんでしょう」
「ああ、全くだ! 何が、私はあの日に死にました、だ! 初めからお前の存在など、娘だとは思っておらん!!」
自分が思っていても、いざ本人の口から言われると、腹立つことこの上ない。
テーブルに拳を叩きつけた音が響き、メラニアの肩が大きく震えた。だがすぐさま夫の腕に自分の腕を絡めると、彼の機嫌をとるように猫なで声を出す。
「あなたの仰るとおりです! それに元々何故私たちが、あんな思ってもいないことを書き綴った手紙をミーティアに送ったのか、お忘れになってはいけませんわ」
「そ、そうだったな。クルシュからの頼みでなければ、あんな手紙、死んでも書くものか!」
「そうです! 私たちの可愛いクルシュの願いを叶えただけ。あれであの子の神殿での立場が上がれば、安いものです」
「ああ、お前の言うとおりだ。ミーティアの返信など、虫の羽音にも劣る。怒りを感じる価値すらない」
そう呟きながらも、ダリオンの奥歯がぎりっと鳴った。
クルシュからの知らせが、全ての始まりだった。
彼女の手紙には、現在神殿見習いとして厳しい環境にいること、しかしそれも神殿のため、エルタナ家のために頑張っていることが書かれていた。
クルシュの健気さと頑張りを見て、二人の涙腺が崩壊したのは言うまでもない。
鼻をすすりながら読み進めると、神子不在によって結界が安定せず、神殿が混乱を鎮めるために奔走していることが書かれていた。
確かに、とダリオンは思う。
ここ最近、結界が不安定で、エルタナ家内でも魔法が途切れることが多発していた。
当初は、魔法を担当した使用人のレベルが低いからかと思い、その都度クビにしてきたのだが、そういうわけでもなさそうだ。
エルタナ家自慢の噴水も、最後にいつ水が流れたか分からないほど、砂や枯れ葉で汚れている。
『私は、神官長補佐であるヴェルド様から直々に、神子様のお世話係として、保護という名目で城に監禁されている神子様を救い出す任を受けました』
予想だにしない頼み事に、二人は目を丸くした。
さらに読み進め、次第に顔から血の気が引いていく。
『お姉様……いいえ、ミーティア・エルタナは、偉大なる神殿に反抗し、現在、冷酷王とともに神子様の監禁に関わっています。神殿はそれを問題視しております』
問題視――つまり神殿がエルタナ家の信仰心に対し、不信感をもっているということ。神殿の手にかかれば、エルタナ伯爵家を社会的に葬り去るなど、簡単だろう。
『しかし慈悲深き神殿は、私にエルタナ家を清める機会をくださいました。ですからお父様、お母様も協力して頂きたいのです。どうかお姉様に手紙を出し、呼び出して頂けないでしょうか? 神子様をあるべき場所へお返しするため、そして……エルタナ家の汚点を排除するために』
「呼び出す? どうして……」
メラニアの疑問は、文章を読み進めていくにつれて、クルシュへの賞賛へと変わる。
全てを読み終えると、ダリオンはすぐに承諾の手紙を出した。
そして出来る限りミーティアが乗ってきそうな甘い言葉を手紙に書き連ね、書簡を送付する魔法で、ミーティアに手紙を送ったのだ。
ダリオンとメラニアは、ソファーに座った。
「あの恩知らずとの書簡魔法の繋がりを切らなかったこと、後悔していたが、まさかここで生きてくるとは思わなかったな」
「きっと賢いクルシュのことですもの。後に必要になると分かっていたのですよ、きっと……」
「私の送った手紙の反応がまだある。ミーティアの性格を考えれば、手紙はすぐには処分しないだろうというクルシュの予想通りになったな」
「本当にすごい子ですわ。流石、神殿仕えに選ばれただけはあります」
メラニアが夫の肩に寄りかかりながら囁きかけると、大きな腕が彼女の肩を抱き寄せた。
結局、面会は叶わなかった。
だが――それも計算の内。
「私たちを出し抜けたと満足か? ミーティア」
ほの暗い笑みを浮かべながら、ダリオンは粉々になったミーティアからの手紙が入ったくず入れを見つめ、呟いた。




