第28話 両親からの手紙
夜、セラスが眠った後。
私は、薄黄色の光が照らす机の上――両親からの手紙を見つめたまま動けずにいた。
だけど……私に私書を送らなければならない何かがあったのかもしれない。
例えば、両親どちらかの、死……とか。
想像すると、先ほどまでの迷いは消え失せた。急いで手紙を手に取ると、持参したペーパーナイフで封を切る。
中から出てきたのは、二枚の手紙と一枚の白紙。
手紙はそれぞれ、父と母の自筆で書かれたものだ。
内容は、二人の訃報や体調不良を伝えるものではなかった。
私への謝罪が、ただひたすら書き綴られていた。
幼い頃から光魔法しか使えないからと、辛く当たってしまったこと。
つい、自由自在に魔法が使えるクルシュと比べ、クルシュから姉への尊厳を奪ってしまったこと。
ヴェルド様への発言は、エルタナ家存続のために仕方なかったこと。
だが聡しいお前なら、すぐさま発言を撤回し、状況を治めることが出来るだろうと信じていたこと。
『お前が城仕えとして立派にお務めを果たしていることは、風の噂で聞いている。お前の父親として誇らしく思う。私の体調も思わしくない。きっとお前をないがしろにした罰だろう。だがこうしてお前に手紙を出す切っ掛けを与えてくださった創造神様に感謝している』
母の手紙の内容も、似たり寄ったりだった。
首の後ろの痣をもって生んでしまったことを後悔していること。
私の痣が母のせいだと父に責められたせいで、痣を理由に何度も突き放してしまったこと。
神殿が怖くて、何もできなかったこと。
本当は、アステリオ様に連れて行かれる私を引き留めたかったけれど、ヴェルド様から私を守れなかった自分にはそんな資格はなく、私の気持ちを優先したこと。
『あなたが灯す光が懐かしくて堪らないの。あれだけ長く保つ光を灯せたのは後にも先にもあなただけ。私たちも使用人たちも、随分とあなたに助けられたわ。きっと光の色も、あなたが特別な証拠よ。お父様の体調も思わしくないの。最近は、あなたの話ばかりしているわ』
そして両親は同じことを最後に書き綴っていた。
『クルシュではなく、ミーティアこそ、エルタナ家の次期伯爵として相応しい。だから直接、話す機会を与えて欲しい』
と――
しばらく私は自失呆然となっていた。
今更……何を言っているのだろう。
「勝手……すぎるよ……」
気づけば、便せんに顔を付けて俯いていた。
エルタナ家で使用人として働かされ続けた日々が思い出される。
ヴェルド様に刃向かった私に向かって、両親が吐いた言葉が、耳の奥に蘇る。
『昔から悍ましい子で……』
『どうか、この愚か者に罰をお与えください!』
私の向かってヴェルド様の剣が振り下ろされるのを、止めることなく見守っていただけだった両親。
手紙の通りであれば、お父様にもお母様にも思うところがあった。
なら何故、ヴェルド様の背中を押すようなことを言ったのだろう。
「何故私と一緒に、罰を受けてくれなかった、の……?」
私がセラスにしたように、身を挺して守って欲しかった。
そうすれば……過去の仕打ちだって、全て水に流せた。
困惑と怒りが入り交じり、心がぐちゃぐちゃになる。
だけど……それらの激しい感情の中に、全く別の感情があることに気づく――気づいてしまった。
両親から謝罪され、認められ、喜んでいる自分に。
これらの言葉こそ、私がずっとずっと欲しかった言葉なのだと、歓喜している自分に。
私がようやくエルタナ家の一員として認められたという高揚感を、必死で押し留めている自分に――
私は……両親から愛されたかった。
彼らの愛を一身に受けているクルシュが、羨ましくて堪らなかった。
だけど、その気持ちに蓋をし、見ないようにしてきた。
心の中で封じ込めていた想いが、この手紙によって一気に溢れ出したのだ。
「苦しい……苦しい、よ……」
涙が溢れ出す。
手紙の上に、ポツポツと涙が落ち、シミを作っていく。
父の体調も思わしくないらしい。
生きている父と話す、最後の機会かもしれない。
ふと脳裏に、幼い頃のうっすらとした記憶――私に魔法の才能がないとまだ分からず、両親に愛されていた頃の記憶が蘇った。
父の力強い腕に抱き上げられた私を、母が微笑みながら見つめている。
『ミーティア、大きくなったらお前が、エルタナ家を導いていくんだぞ』
そう誇らしく告げる父の声が思い出された。
吐き出される息が、まるで犬のような激しく、絶え間ない呼吸へと変わっていく。
頭がぼーっとしていく。
私は慌ててベッドに横になった。
明らかに私の体調が変だと感じたからだ。
こういうときは、寝るに限ると、今までの城仕え生活で学んだ。
部屋の明かりを消し、瞳を閉じる。
しかし両親の顔や、今までの記憶がグルグルと回って中々寝付けない。
ニーナさんに相談すべきだろうか?
それとも……
脳裏で、銀色の髪がさらりと揺れた。眉目秀麗でありながら、感情を感じさせない無表情が、こちらを見つめる。
アステリオ様の顔が思い浮かんだ瞬間、私の心が軽くなった。
そうだ。
アステリオ様にご相談しよう。
彼ならきっと、忌憚なきアドバイスをしてくださるはず。
安心したからか、眠気が襲ってきた。
次第に薄れていく意識の中、セラスが何故身近な城仕えではなく、アステリオ様に直接相談しに行ったのか、理由が分かった気がした。
私もあの方を頼っている。
恐ろしい暴君で、心が凍った冷酷王だと噂されている陛下を、信頼して、い、る……
自然と口元に笑みが浮かび――私の意識は眠りと沈んでいった。
次の日、私は陛下との謁見を求めた。
私から陛下に会いたいと求めるのは、初めてかもしれない。
しかし、護衛騎士からの返答は、
「陛下はしばらく、誰にもお会いにならないとのことです」
という、思いもよらないものだった。
そしてほどなくして、神官長マリス様が陛下への謁見を求めていること、敵対している神殿からの使者との謁見を、陛下が許可したことが発表された。




