第27話 不信感と違和感
結界の消滅が、アステリオ様の真の目的。
セラスのお絵描きを見守りながら、私は先ほどのやりとりを思い出していた。
もちろん、セラスの命は絶対に守る。
しかしセラスの命を守ることは、結界の消滅――つまり魔法が失われることと同義。
他に方法はないのだろうか。
セラスの命が奪われず、結界が消失しない方法が。
そう思い、すぐに首を横に振る。
あるならとっくにアステリオ様が実行に移しているはず。それに神殿だって、あんなに小さな命を犠牲にすることを、良しとしているわけがない。
代替案があれば、それに変えているはず――と考え、ふと思考が止まった。
果たして神殿は、仕方なく神子の命を犠牲にし、結界を守って来たのだろうか?
幼い命を犠牲にすることに、罪悪感は無かったのだろうか?
セラスを迎えに来たときのヴェルド様たちの態度を思い出す。
小さな体をまるで道具のように扱い、無理矢理連れて行こうとした。
あれが……命を懸けて結界を維持する神子様に対する態度だろうか?
普通は逆じゃないだろうか。
命を懸けてさせるからこそ、大切にされるはず。
幼い命が散ってしまうその瞬間まで、感謝をし、大切に、大切にしないだろうか。
神殿は、結界を作り出した創造神様と結界そのものを、崇めている。
ならば――それを維持する神子こそ、最も敬い、大切にするものでは……
「あー……考えがまとまらない」
私は頭を抱えてしまった。
さっきからずっと、思考が堂々巡り。同じことを考えては、結局行き詰まってしまう。
まるで花垣迷路にいるみたい。
気がつけば、セラスがお絵かきの手を止め、私の顔を心配そうに覗き込んでいた。
……駄目だな、私。
またやるべきことに集中できていない。
不安そうな少女の頭を撫で、淡く微笑みながら、セラスの頭を撫でた。
「ごめんなさい、考えごとしてたの。元気だから安心して?」
セラスの表情が、一瞬だけ安堵したように緩んだ。だけど私の服の裾をくいくい引っ張ると、小首を傾げてこちらを見上げる。
考えごとの内容を、話せといいたいのだろうか。
私は少し悩んだ末、思い切って聞いてみることにした。
「セラス……お父さんとお母さんに……会いたい?」
この質問をした瞬間、不安で胸がいっぱいになった。
もしセラスがご両親のことを思い出して恋しくなり、泣き出したらという不安。
もう一つは――本当のご両親が見つかったとき、セラスと離ればなれになることに対する、底知れぬ不安、だ。
後者なんて、完全に身勝手な私の考えで、嫌気がさす。
セラスを親元に帰すことが一番良いに決まっているのに――
自己嫌悪に苛まれていると、急に横からギュッと強く抱きしめられた。柔らかな温もりと、先ほど食べた菓子の甘い匂いが、私をふわっと包み込む。
セラスが満面の笑みを浮かべながら、私を抱きしめていたのだ。
予想だにしない行動に、私は大きく目を見開いた。
今、私はセラスにご両親に会いたいかを聞いたはず。なのに、どうしてこの子は私を抱きしめているのだろう。
何故この子は、こんなにも笑顔なのだろう……
私を、慰めてくれてる?
まだ四歳児なのに、そんな気遣いを?
罪悪感が胸を締め付け、言葉となってこぼれ落ちる。
「ありがとう、セラス。私を慰めてくれて……でもいいのよ、お父さんとお母さんに会いたいって思っても……泣いたって……」
だがセラスの反応は意外だった。
ムッと唇を尖らせると、テーブルの上に置いていたおえかきを手に取り、私の前に突き出してきたのだ。
そこに描かれていたのは、髪の長い黄色の髪の女性と少女、そして白髪の男性が手を繋いでいる絵だった。
三人とも、にっこりと笑顔を浮かべている。
もしかして……
「私とセラスと……アステリオ、様?」
私の呟きを聞いたセラスの表情がパッと明るくなり、嬉しそうに何度も頷いた。
どうやら、当たりみたい。
セラスが描いた絵、それを私に見せてきたいきさつを考え、一つの結論を導き出す。
「私とアステリオ様がいるから……平気ってこと?」
次の瞬間、セラスにまた横から抱きしめられた。だけど、私はセラスを膝の上に乗せると、小さな体を抱きしめ返した。
触れあった胸から、子ども特有の、早い鼓動が伝わってくる。
……愛おしい。
本当に、本当に、愛おしい子。
そして……健気で、優しい、子。
目頭が熱くなったけれど、涙として流れないよう、何度も瞬きを繰り返した。
「セラスは……凄いね」
少し体を離してそう褒めると、セラスは小さな胸を張って得意げな顔をした。
それにしても……と、セラスの絵に視線を向ける。
毎日一緒にいる私ならともかく、何故アステリオ様も描かれているのだろう。
セラスを中心として三人が手を繋ぐ様子は、アステリオ様に助けられたあの日、セラスが私とアステリオ様を繋いだときの光景と重なった。
この子は、初対面のときから、アステリオ様に懐いていたし、私の体調不良について、真っ先に相談しに言った相手も、アステリオ様だ。
触れ合う時間だけなら、ニーナさんや他の城仕えの人たちのほうが圧倒的に多いのに。
でも陛下は厳しい態度をとりつつも、セラスを気に懸け、守り続けている。幼いながらにも、思うことがあるのかもしれない。
絵の中のアステリオ様も、笑顔で描かれているし。
――あれ?
ふと思考に引っかかりを感じた。
アステリオ様は国王だ。
ならば、何故セラスの命を守るため、結界の破壊という極端な結論を出したのだろう。
結界がなくなれば、御自身だって魔法が使えなくなる。
陛下のお立場であれば、神子の命を必要な犠牲だと考えても不思議はないのに。
アステリオ様へのイメージと、実際の行動に大きな乖離がある。
神子様の命を守らなければならない何かがあるの?
それとも……神子様の命とは別に、結界を破壊しなければならない理由が――
そのとき、急に私の目の前に、四角い光が現れた。
これは、書簡を送付する魔法。
相手と特別な繋がりを作り、合い言葉を設定することで、手紙や書類のやりとりが出来る魔法だ。
だけど問題は、そんなやりとりをする相手が私にいないこと。
城では極力、相手の顔を見て物事を伝えることがルールとなっているからだ。
一体誰が――
そう思った瞬間、全身が雷に打たれたような衝撃が走った。
体が震え出し、手から温度が失われる。
私の考えが正しいなら、この手紙を開く合い言葉は……
「……偉大なるエルタナ家に……栄光、を……」
唇が戦慄き、声がうわずる。
違っていて欲しいと祈る中、四角い光は、私の言葉によって実体化し、私の手の上にふわりと落ちた。
真っ先に目に入ったのは、エルタナ家の家紋が押された封蝋。
差出人は――私の、両親だった。




