第25話 セラスのこれから
一週間の謹慎が終わったり、日常が戻ってきた。
だけど一つ変わったことと言えば、今度は無理をしていないこと。
セラスのお世話に全力を尽くし、それでもまだ体力や心の余裕があれば、勉強に費やす。
そして、ちゃんと寝る。
焦燥感がなくなり、今までよりもスッと勉強の内容が頭に入ってくる気がする。
本当に必要なことがあれば、ニーナさんがその都度教えてくれるため、私がしなければならないことが以前よりもはっきりした気がする。
陛下とは、私が目覚めてからお会いしてはいない。
また城を空けているためだ。
なので、元気になった報告も、厳しさの中にあった優しさに対するお礼も、何一つできずにいた。
そんな中、生活が余裕が出たためか、ふと気づいたことがあった。
セラスの今後についてだ。
そもそも神子として、結界を維持する重要なお役目もあるのだ。
アステリオ様が何を理由に、神子召喚を禁じ、セラスを城で保護し続けているのか、未だに分からない。
あと、セラスには両親がいる。
それを思った瞬間、私が両親に愛されていた昔が、脳裏を過った。
胸の奥が切なくなったが、笑顔だった両親の顔が、ヴェルド様の前で私を切り捨てたときの表情へと変わると、切なさは胸の痛みへと変わった。
いや、とにかくだ。
今後城に保護をするにしても、ご両親にセラスの安否を報告する義務はあるのではないだろうか。
初めて出会ったときのセラスの身なりからして、かなり大切にされていたと窺える。今頃、血眼になって娘を探しているはず。
アステリオ様が何か手を打っているのかと思っていたけれど、動きは全く見られないと気づいてから、気になりだした。
あと――
鼻腔の奥で、嗅ぎ慣れたお茶の香りが蘇った。
私がエルタナ家で作っていたお茶と、陛下が考案されたお茶の香りと味が一緒だった件も気になった。
私のお茶を、陛下にお出ししたことは一度もない。いや、自分でお茶を作っていることすらお話していなかったはずなのに。
偶然の一致と片付けて良いことなのだろうか。
いやでも、私だってちゃんと勉強して作ったわけじゃない。庭に生えていた薬草から気になったものを摘み取って、適当に混ぜて作っただけ。
それがたまたま、陛下が目的とした味や香りに近かっただけ?
謎が深まる。
一度、陛下が考えたお茶のレシピを知りたい。
セラスのこれからやお茶の件もあり、私は陛下のご帰還を心待ちにしながら、セラスと一緒に整えられた芝生の上で寝転んでいた。
空に浮かぶ雲の形や、私たちの上を横切っていく鳥の名前を教えながら、今この瞬間に想いを馳せる。
そのとき、私の視界が遮られ、大きな影が落ちた。
逆光になっているが、この美麗なご尊顔が誰か、分からない訳がない。
「あ、アステリオ様!?」
「呑気なものだな。神子と昼寝か?」
謹慎が明けて初めて、アステリオ様と会った。
私は慌てて立ち上がり深く頭を下げると、誤解を解こうと必死になって言葉を紡いだ。
「ち、違います! これは、空模様によって天気を知る大切な勉強で……」
「当の本人は眠っているようだが?」
「えっ、そんなことは……」
と言ってセラスに視線を向けると――小さな寝息を立てながら眠っていた。
確かに、私の発言に対して、段々反応が薄くなってきたなとは思っていたけれど、寝てしまうなんて。
これ以上陛下に言い訳など、出来るわけがない。
「し、失礼いたしました! セラスをすぐに寝室へ連れて行きますので!」
昼寝にしては早すぎるけれど仕方がない。
だが、
「風邪を引く気温でもない。今は眠らせておけ」
「は、はぁ……」
陛下の意外すぎる反応に、気が抜けた声が出てしまった。だが陛下は意に介した様子なく、こともあろうか、セラスの隣――つまり芝生の上に直接座ったのだ。
一国の主が、だ。
「アステリオ様! お召し物が汚れます! すぐに敷物をお持ちしま――」
「必要ない」
きっぱりと言い切られ、私は残りの言葉を飲み込んだ。どうしたものかと立ちすくむ私に向かって、陛下が軽く睨み付ける。
「いつまで俺を見下ろしているつもりだ?」
「し、失礼いたしました!!」
私は、セラスを挟んで反対側に腰を下ろす――いや、落とした。陛下を見下ろさないように、両膝を抱え小さくなる。
沈黙が流れた。
遠くから、城仕えたちの声や、騎士たちが訓練に励む声が聞こえてくる。
陛下の横顔をこっそり盗み見る。
聞くなら、今しかない。
「陛下。二つほどご質問、よろしいでしょうか?」
「許す」
いつものやりとりをすると、私はずっと抱えていた疑問を口にした。
「あのっ、陛下が愛飲されているお茶を頂きました。謹慎中という身分でありながら、本当にありがとうございました」
「神子が気に入っていたようだったからな。お前の分はついでだ」
ついで……
それでもいい。一番の問題は、
「あのお茶ですが、陛下が考案されたと聞きました。お茶の配合など学ばれ、お考えになられたレシピなのでしょうか?」
「あれは……」
陛下が珍しく口ごもった。
表情は変わらないのに、離すのを躊躇っている様子がうかがえた。
だが、大きく息を吐き出すと、その息に言葉を乗せた。
「昔、教えて貰ったのだ」
「もしかして……以前お話をされていた、痣の女性から、でしょうか?」
「察しが良いな。いつの間にか、俺が考えたことになっているがな」
「そうだったのですね……」
「お前の口には合わなかったのか?」
「あ、いいえ! とても安心する香りと味、でした! ありがとうございました!」
飲み慣れているから、という意味だけど。
「神子が気に入って、またよこせという態度が鬱陶しい。だからついでにお前の分も用意してやる」
「は、はぁ……あ、ありがとうございます……」
陛下の言い方に、思わず心の中で苦笑いをした。
アステリオ様を困らせるほどだなんて、セラスはどんな行動で要求したのだろう。あの子の言うことを、なんだかんだ聞いている陛下も不思議だ。
とにかく、お茶のレシピは陛下が考えたものではなかった。
だけど……私と同じお茶を作った人がいた。
私と同じような痣をもっていた女性――
偶然、なのだろうか?
そのとき、セラスが陛下の方にゴロンと寝返りを打った。頬についた細い枯れ草を摘まんでとりながら、もう一つ質問があったことをお互い思い出す。
「それで、二つ目の質問とは何だ」
「セラスのこれからについて、です」
私は真剣な表情を浮かべながら体ごと、陛下の方を向いた。
視界に、陛下の横姿が映る。彼は視線だけを私の方に向けていた。
表情は変わらないが、触れて欲しくないような雰囲気を纏っているように感じる。
セラス同様、この方のお気持ちも、段々分かるようになってきたかもしれない。
「元々は、結界を安定させるために召喚された神子様です。しかし陛下はそれを良しとせず、城で保護成されました。ならばセラスは今後、どうなるのでしょうか」
陛下は何もおっしゃらない。
ただ鋭い視線を私に投げかけるだけだった。
でも私は怯まず、質問を重ねる。
「セラスの両親の件はいかがでしょうか。この子はまだ四歳。親が恋しい年頃ですし、セラスの両親も突然娘が消え、心配しているでしょう。このまま城で保護するにしても、せめて一報ぐらいは……」
「必要ない」
人として当然のことを言ったつもりだった。
しかし陛下はたった一言で、私の提案を一刀両断した。
言葉を失い、目が乾きそうになるほど目を見開いている私に、陛下は視線をセラスに向けながら、独白するように答える。
「神子の両親はいない。ここで眠っている神子の《《今》》の両親はな」
「ど、どういうことですか? セラスは孤児だと、すでに調べがついているのでしょうか?」
「そうではない」
じゃあ、一体どういうことなのだろう。
陛下が何を言わんとしているのか、全く分からない。
強い視線を感じた。
気づけば陛下が身を乗り出し、私と向き合う体勢でこちらを見つめていた。
彼が纏うのは、ヴェルド様と対峙したときと同じような圧倒的威圧感。陛下の唇が、低い声色を奏でる。
「お前は、何があっても、神子を守れるか? 神殿を敵に回し、場合によっては俺を敵に回すことがあっても、神子を守り続ける覚悟はあるか?」
疑問形だが、まるで詰問のようだ。
だけど私は恐れなかった。逆に、笑いがこみ上げてきたほどだ。
私の気持ちが顔に出たのか、陛下が表情を変えずに訊ねる。
「何を笑う?」
「いえ、おかしな事を仰るなと思いまして……」
気づかれてしまったため、私はこみ上げてくる笑いも堪えなかった。 そしてさらに視線の圧を強くした陛下を真っ直ぐ見つめ返し、誇りを胸に答える。
「陛下がそうご判断されたから、私は今ここにいるのではないですか。何を今更仰るのかと思いまして」
ヴェルド様に刃向かい、家族に見捨てられたあの日から、私にはセラスしかいないのだ。
「例え、陛下に切り捨てられようが、神殿の大罪人名簿に名前が刻まれようが……私はセラスを守ります」
大罪人名簿という単語を聞いたアステリオ様の眉間が、一瞬ピクリと動いた気がした。
このままだと、陛下も名簿に載る可能性が高い。だけど、一緒に名前が並ぶのを想像すると、恐ろしさを越えて逆に面白い。
私の本気、伝わっただろうか。
「いいだろう、少しだが教えてやろう」
陛下から圧が消えた気がした。
金色の瞳を細め、私を見下ろす。
もしかして……笑っている?
全然口角は上がっていないけれど……
アステリオ様は、セラスの金髪を一房とると、指先でなぞりながら仰った。
「召喚された神子は、役目がなくなれば自動的に元いた居場所に戻る」
「……ということは、結界に力を与えるお役目を終えれば、セラスはご両親の元に戻れるということですね!?」
朗報だと思った。
次の発言を聞くまでは――
「だが神子は、結界に力を与え終えると死ぬ」
セラスがまた寝返りを打った。
幸せそうな寝顔が、私の方を向く。
それと同時に、この先の未来を暗示するかのように、陛下の指先からセラスの髪がさらりと落ちた。




