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第24話 謹慎ですよね?

「ミーティア、体調は大丈夫なのですか?」

「はい。ご迷惑とご心配をおかけし、本当に申し訳ございません……」


 自己満足。

 陛下のお言葉を思い出すと、胸の奥にズキリと痛みが走る。


 私はただ少しでも、城仕えとしてお役にたちたかっただけ。その努力を、自己満足だと一蹴されたショックは大きく、しばらく立ち直れそうにない。


 陛下に謹慎を命じられてからは、ニーナさんが私たちの面倒を見てくださっているため、さらに自責の念に捕らわれる。


 一日、ほぼベッドの上で過ごし、セラスも私の傍から離れない。体調が悪いと知っているため、私の部屋におもちゃを持ち込んだりして、静かに遊んでいる。


 ニーナさんに、隠れてしていた勉強時間を素直にお伝えしたら、驚かれてしまった。


「そんなに睡眠時間を削って……良く今まで誰にも気づかれずにこれましたね!? 頑張りすぎです、ミーティア!」

「が、頑張り、過ぎだなんて……私の体力が足りなかっただけです、ほんと情けない……」


 自分の不甲斐なさに、嫌気がさす。


 エルタナ家では、何をしても足りないと、努力不足だと叱責されていた。だから、城ではもっともっと頑張らなければならないのに、体調不良を起こすなんて。


 悔しい。


 私の返答を聞いたニーナさんの目が一瞬大きく見開かれ、そして憐れみの表情を浮かべた。


「情けない? 体力が足りない? 私が同じことをすれば、一週間で動けなりますし――」


 次の瞬間、彼女の表情が教育係としての厳しさへと変わる。


「そもそもそんな無茶はいたしません。自分の限界はきちんと把握していますから」

「げん、かい……?」


 ニーナさんの言葉を、疑問形で反芻する。

 私の人生の中には存在していない単語だったからだ。

 

 相手が求めることを何としてでもやり遂げる。そうしなければ、出来損ないとこき下ろされ、罰を受ける。


 限界なんて、ただの言い訳。

 そう思って生きていたから、まるで未知の言葉のように聞こえたのだ。

 私がキョトンとしていたからだろうか。

 ニーナさんの瞳に、再び憐れみのような悲しそうな光が宿る。


「今回の一件で、自分の限界が良く分かったでしょう、ミーティア。私たちには限界がある。その中でどれだけ最高の仕事を提供できるか、それが大切なのですよ」

「……はい」


 自分には限界がある。

 限界があると分かれば、何に力を注ぐべきかが自然と見えてくる。


 後はそれに、全力を尽くせば良かっただけ――


 ……なんだ、そんな簡単なことだったんだ。


 長年の緊張で凝り固まっていた心が、軽くなっていく。エルタナ家の人々の言葉の重圧や、自分の思い込みが解け、ふわりと浮かんで消えていく。


「それにあなたは、きちんと自分の役目を果たせていますよ、ほら」

「えっ?」


 顔を上げると、ニーナさんと私の間にセラスが立ちはだかっていた。私を守るように両手を広げ、きっとこの子が考え得る一番の怖い顔をして、ニーナさんを睨み付けている。


 まるで、これ以上私を責めるなと言わんばかりに。

 ニーナさんは表情を緩めると身を屈め、セラスと視線を同じにした。


「神子様。私は怒っているわけではないのですよ。神子様もいけないことをすれば、ミーティアに注意されますよね? それと同じです」


 ニーナさんを睨み付けていたセラスの表情が、シュンッとなった。きっと、私から注意された色んなことを思い出しているのだろう。


 そんなセラスに、ニーナさんは優しく微笑みかける。


「神子様が、ミーティアを助けたのですよ。本当にありがとうございます」


 セラスの顔が、パァっと明るくなった。得意げにえっへんと胸を張ると、私が毎晩読み聞かせをしていた本を開き、読み出した。


 ……上下が逆さまになっているけれど。


 そんな少女を見つめながら、ニーナさんが呟く。


「神子様は、誰も気づかなかったあなたの体調不良に一番に気づき、陛下に直談判してまであなたを助けようとした。神子様と深い絆を結んでいる証拠です。あなたはすでに、一番大切な役目を果たしていますよ」


 今考えても、凄いと思う。

 もし私がセラスと同じ立場ならきっと、ニーナさんや他の城仕えの人たちに訴えるだろう。


 ニーナさんの手が、私の手をそっと握ってくれた。


「あなたはもっと自信を持つべきです。私も新人だったときと比べれば、あなたはとても優秀です」

「ニーナさんも新人のころ、失敗などされたのですか?」

「ええ、それはもうたくさん」

「想像……できません」

「初めは誰もが初心者ではないですか」


 ふふっと柔らかな笑い声が、私の耳の奥をくすぐる。

 ニーナさんの力強い視線が、私を真っ直ぐ見据える。


「大丈夫ですよ、ミーティア。あなたは必要とされています。城使いとして、そして――」


 小さな体が突然私に抱きついてきた。

 柔らかな頬が、私の頬とくっつき、互いの熱を伝え合う。


「神子様の素晴らしいお世話係として――」


 目から涙が溢れた。

 セラスの体を抱きしめながら、私は零れる涙を抑えることができなかった。


「ありがとうございます、ニーナさん……セラス……私、こんなにも必要と思われていたなんて、気づきませんでした……」


 ニーナさんの言葉は、私が最も欲しかった言葉だと気づいたから――


 しかし次の発言によって、私の涙はピタリと止まることになる。


「もちろん、陛下もあなたを必要とされていますよ。でなければ、一週間、休ませるなどしなかったでしょうし」

「えっ? 謹慎、ですよね? 罰……ではないのですか?」


 陛下の厳しいお言葉が耳の奥に蘇る。

 心の傷がズキリと痛む。


「まあ、罰は罰なんでしょうが……」


 ニーナさんは視線を上に向け、考える素振りをしたが、口元を緩めながら私を見た。


「多分そうでもしないと、あなたがまた無理をするとお考えになられたのでしょうね。丸一日目を覚まさなかったあなたを、頻繁に陛下が見舞っておりましたし」

「……えっ? へ、陛下が、お見舞いに?」

「ええ。お忙しいお時間を縫って、良くお見えになっていました。神子様と一緒に、あなたの様子を見ていらっしゃいましたよ」


 ふふっと含み笑いをしながら、ニーナさんが言う。


 涙を拭うのを忘れ、私は目を丸くした。


 冷酷と言われているアステリオ様が、一介の世話係のお見舞いを?


「陛下はとても厳しい方です。ですが……正しき行いをする者に対し、理不尽にその権力を振りかざしはしません。役目を果たしているからこそ、厳しいことを仰るのです。壊れてしまわぬようにと」


『本来の目的も果たせず、何が城仕えとして相応しくなりたい、だ。それはただの自己満足にすぎない』

『自己満足による自己犠牲など、最も愚かな行為だ。覚えておけ』


 陛下の言葉が思い出された。

 だけど、もう心が痛まない。


 厳しさの中に、彼なりの優しさが込められていることが分かったから――


 神殿に盾突き、逆らう者たちを裁いてきた冷酷王。

 だけどその裏に隠された想いもまた、二つ名の通り冷たいものなのだろうか?


 湧き上がった疑問は、ノック音でかき消えてしまった。


 やってきたのは、給仕係の女性。


「失礼いたします。アステリオ陛下が、神子様とミーティア様に、こちらをお持ちしろと」


 ワゴンの上には、ティーポットとカップが乗せられている。とはいえ、カップはティーカップではなく、持ち手が大きな木製のカップだった。


 カップが木製な理由は、すぐに分かった。

 セラスが早速カップを受け取り、お茶を飲んでいたからだ。つまり落として割らないようにという配慮。


 フーフーと息を吹きかけながらちょっとずつお茶を飲むセラスを、ニーナさんが微笑ましそうに見つめる。


「神子様は、陛下がお作りになったお茶が大層お気に入りのようですね」

「陛下がお作りになったのですか!?」

「ええ。レシピを考案された、という意味ですが。陛下も良くお飲みになられるようですよ」

「そ、そうなのですね……」


 アステリオ様がお茶のレシピを考えるなんて、意外すぎる。

 だけど私もエルタナ家にいたときは、庭の薬草でお茶を作っていたため、陛下の趣味に親近感が湧いた。


 驚き半分、ワクワク半分で、私のお茶も受け取った。


 アステリオ様が考案されたお茶。

 どんな味がするのだろう。


 熱気が唇に当たるが、さほど熱くなさそう。セラスの為に多少冷ましてあるのだろう。


 ではまずは香りを――


「……えっ?」


 思わず驚きの声が洩れた。


 知っている……いや、知りすぎている香りだったからだ。


 カップに口をつけ、中のお茶を飲む。

 舌の上を通っていく香りと、この味は――


 私がエルタナ家で作って楽しんでいたお茶と、全く同じものだった。

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