第23話 目的を見失うな
意識が浮上していく。
私、何をしていたっけ。
ゆっくりを目を開けると、セラス兼私の部屋の天井が見えた。
部屋が明るい。
もう朝だろうか。
私の身を包むのは、柔らかなベッドと掛け布団。
久しぶりに、ベッドの上で寝た気がする。そのせいか、頭の中がいつもよりもハッキリしている。
机の上で突っ伏して眠ったときよりも、体のだるさも幾分かマシになっている。
でも私、ベッドで眠った記憶がない。
最後の記憶は確か――
『彼女もお前も、手がかかるな……全く……』
呆れつつも、どこか優しげな声色をした、アステリオ様の呟き。
次の瞬間、私の記憶が本流のように流れ込んできた。
セラスのお世話中に突然眠ってしまったこと。
私の異変を、セラスが陛下に報告したこと。
そして――
陛下の美しい顔が、間近を見つめる光景が思い出され、自然と顔に熱が上がった。
あれだけ整った容貌なのだ。いくら性格に難があるとはいえ、あの美しさを間近で見たら、落ち着かなくなるのも仕方がない。
――いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
私は、神子様の世話係として、致命的な失態を犯してしまった。
解任されていも、文句は言えない。
絶望的な気持ちを胸に、ゆっくりと身を起こすと、
「目覚めたか、ミーティア・エルタナ」
突然名を呼ばれ、私は目を丸くした。
アステリオ様が、私のベッドの端に腰をかけていたのだ。その手には、私がニーナさんにお借りした、分厚い本が開いている。
しかし私が目覚めたと見るやいなや、本を閉じ、ベッドサイドにある机の上に置いた。
机の上は、勉強のための資料や書き物で乱れている。こんなところを陛下に見られたかと思うと、羞恥で顔が熱くなった。
そのとき、小さな影が私に向かって飛び込んできた。
セラスだ。
ベッドに飛び乗ると、私の胸に飛び込んできた。私の体をギュッと強く抱きしめながら、顔を上げる。
セラスの手が伸び、私の両頬を包み込んだ。そして色んな角度から私の顔を見ると、ようやく満足したのか、嬉しそうに唇を緩めた。
今になって気づく。
今までセラスが私にしてきた不可解な行動は全て、私がセラスの体調を確認するときにしていた行動と同じだったことに。
この小さな少女は、気づいていたのだ。
私が、突然気を失うまで、肉体的に、そして精神的に消耗していたことに――
でもどうしてアステリオ様に報告したのだろう。
もっと身近な相手であれば、ニーナさんがいるのだけれど。
疑問は尽きないが、自分でも気づかなかった体調不良に気づき、救ってくれたのは、紛れもない事実。
誰も気づかなかった私の不調に、セラスだけは気づいてくれたのだ。
その事実に、ジンッと心が痺れた。
唇から自然と言葉が零れる。
「ごめんなさい、セラス……心配かけちゃって……本当に、ごめんね……」
私を抱きしめる小さな体を、強く抱きしめ返す。
セラスは私の胸の中で首を横に振ると、満面の笑みを見せてくれた。
そんな私たちの温かな空気を破ったのは、責めるような低い声だった。
「ミーティア・エルタナ。お前、まさか睡眠時間を削っていたんじゃないだろうな」
ずばり言い当てられ、私は言葉に詰まった。
しかし、嘘をついても陛下の怒りを買うだけ。私は素直に頷いた。
「はい。セラスが寝た後を勉強の時間に充てておりました。少しでも、城仕えとして相応しくなりたくて……」
スプリオール王家に仕える者として、その名に恥じぬ人間になりたかった。
エルタナ家で役立たずとされてきたのだから、せめて人間らしい扱いをしてくれるこの場所では、人の迷惑をかけないようにしたかった。
自分が出来ることを増やしたかった。
だから寝る間を惜しんで、所作やマナーだけでなく、歴史などの知識も学ぼうとした。
それが今回、体調不良という形で裏目に出てしまった。
ベッドがギシッと音を立てる。
陛下の体が、私の方に近づいた。
金色の双眸が、まるで私の心を射貫くような鋭さを湛える。
「俺がお前に命じた役目は何だ?」
激情を抑えたような声。だけど表情は何一つ変わっていないのが、逆に不気味だった。
カラカラになった口を、無理矢理絞り出した唾液で湿らせると、羽虫が鳴くような音で答える。
「……神子様のお世話、です」
「本来の目的も果たせず、何が城仕えとして相応しくなりたい、だ。それはただの自己満足にすぎない」
陛下の発言は、あまりにも鋭すぎて、私の心を容赦なく突き刺した。
涙が溢れそうになる。
だけど陛下は正論を仰っている。私が泣くなどお門違いだ。
ベッドの沈みがなくなった。
アステリオ様が、立ち上がったのだ。
彼は私に背中を向けたまま、仰った。
「目的を見失うな。お前の役目は神子の世話。それを疎かにすることは許さん」
「はい、肝に銘じます……」
と言ったところで、私の失態は取り返すことは出来ない。
震える声で、陛下の背中に問う。
「一つ質問、よろしいでしょうか?」
「手短にしろ」
陛下の機嫌はすこぶる悪そう。
心臓を冷たい手で握られているような恐怖を覚えながら、声を上ずらせながら訊ねる。
「わ、私は……神子様のお世話係を解任でしょうか? それとも……罰せられるのでしょうか?」
どちらも受け入れるつもりでいた。
しかし、陛下の返答は、予想もしないものだった。
「お前への罰は、一週間の謹慎だ。この部屋から出ること、神子の相手以外は一切許さぬ」
そう言うと、陛下は机の上に乱雑に置かれていた本や資料を、全てまとめて小脇に抱えた。
勉強に必要な羽ペンも取り上げるという徹底ぶりだ。
「自己満足による自己犠牲など、最も愚かな行為だ。覚えておけ」
そう吐き捨て、陛下は立ち去った。
残ったのは私とセラス。
セラスが、大丈夫か? と問うように私の顔を覗き込む。それに向かって、私は小さく微笑みかけることしかできなかった。
私への罰は、一週間の謹慎。
しかしそれ以上に、陛下の鋭い正論の方が、私の心には深い傷となって残った。




