第22話 ミーティアの失態
「セラス!? セラスーーーーっ!!」
私は守るべき少女の名前を必死で呼びながら、城内を探し回っていた。私の声を聞きつけ、ニーナさんを含めた他の城仕えの方々も、セラス捜索を手伝ってくださっている。
朝食後、セラスの部屋で一緒にお絵かきをしていたはずなのに、気づけば部屋から忽然と消えていたのだ。
目を離したつもりはなかったのに……
だけど、私のせいだ。
全て、私のせい……
罪悪感と不甲斐なさで、頭の中がいっぱいにしながら、城内を走り続けた。
今この瞬間、セラスの身に危険が迫っていると考えると、奥歯がカタカタと鳴り、震えのせいで足下がおぼつかなくなる。
廊下を曲がろうとしたとき、人影が見えた。咄嗟に横によけたが、バランスを崩し、転んでしまった。
相手も私に気づき、慌てて止まったのだろう。ガチャンと陶器同士がぶつかる音が響いた。
「だ、大丈夫ですか、ミーティア様!」
「ごめんなさい……私、前をちゃんと見ていなくて……あなたの方も大丈夫でしょうか?」
「はい、問題ございません」
私の体を抱き起こしてくれたのは、セラスの給仕係だった。彼女の肩越しには、食事がのせられたワゴンが見える。
でもおかしい。
ワゴンから目をそらせずにいると、給仕係が、ああっと口を開いた。
「昼食をお持ちしました。すぐに部屋に伺い準備いたします」
「昼食!? まだ午前中ですよね?」
「え、もうお昼ですが……」
怪訝そうな表情を浮かべながら、給仕係が答える。
私は弾かれたように立ち上がると、窓へ駆け寄った。
視界に映る城の時計台の針が指し示している時間は――
「う、そ……」
給仕係の言ったことは本当だった。
間違っていたのは私の認識――
そのとき、
「ここで何をしてる。ミーティア・エルタナ」
低く威厳のある声が、廊下の空気を震わせた。
給仕係は慌てて頭を下げ、私も彼女にならって頭を下げようとしたとき、金色の髪が揺れるのが見えた。
探し求めてやまなかった存在が、陛下に抱き上げられた状態で、こちらを見下ろしていた。
「せ、らす……」
名を呼ぶ声が、安堵で震えた。
両足から力が抜け、陛下の御前だというのに、床にへたり込んでしまう。
目の前の風景がにじみ、頬に生暖かいものが伝っていく。
今まで押しとどめていた不安が、体の外に流れていくようだ。そして唇は、何度も何度も同じ言葉を繰り返した。
「良かった……本当に、良かった、セラス……」
私が唇を動かす度に、頬を伝う涙が床に落ちてシミを作る。
そんな私の耳に、
「食事を部屋に運べ。そして神子が見つかったことを、皆に知らせておけ」
「畏まりました」
という会話の後、ワゴンが動く音がした。角を曲がっていく給仕係の姿を視界の端に映る。
廊下には、床にへたり込む私と、セラスを抱っこしたアステリオ様が残された。
意識が一瞬だけ別の方向へ移ったことで、自分が陛下の前で無礼な態度にとっていることに気づく。
慌てて立ち上がろうとしたとき、私のすぐ前に人の気配を感じた。
あの冷酷王が、廊下の床に跪き、私の顔を覗き込んでいた。
端正な顔立ちとは間反対にある剣を握る厚い手が、私の顎を掴み、無理矢理御自身の方に顔を向かせる。
視線がぶつかる。
互いの息が混じり合うほどの距離。
私の肌から伝わってくるアステリオ様の体温は、冷酷王という二つ名から想像できないほど温かい。
心臓が、痛いほど強く脈打っている。
何か言わないといけないのに、喉の奥が詰まる。
金色の真っ直ぐな視線を、瞬きで返すことしか出来ずにいる私の耳に、アステリオ様の舌打ちが聞こえた。
相変わらず無表情にも関わらず、彼が抱いている感情が手に取るように分かる。
陛下は怒っている。
こんなに感情を露わにするなど、初めて見たかもしれない。
セラスがいなくなってしまったから?
神子様のお世話係失格だと、お怒りに――
「顔色が悪すぎる。一体何をしていた」
「えっ? か、顔色?」
毎日欠かさず身だしなみも確認しているし、誰一人、私の顔色を指摘する人はいなかった。
だから陛下のご指摘に、虚を突かれてしまった。
そのとき、陛下と私の間を何かが遮った。
これは、セラスの絵……
だけど彼女が描いているのを見守っていたときの絵とは違う。
人物の顔が、不気味なほど青く塗られていた。
得体の知れない絵に、背筋に寒気が走った。
「神子、お前の指摘通りだったな。お前の世話係は、酷く体調が悪いようだ」
アステリオ様の言葉に反応して、不気味な絵の端から、セラスが顔を出した。セラスの様子がおかしいと感じたときと同じ表情を浮かべると、ギュッと私に抱きついた。
小さな体が抱きついてきたことで、アステリオ様の手が私から離れていく。
陛下は離した手を握ると、鋭い視線を投げかけた。
「神子が一人で政務室に来た。お前の体調不良を、絵で伝えるためにな。だが何故神子は一人で来た?」
「わ、私にも分かりません……一緒に絵を描いていたのですが、突然セラスの姿が見えなくなって……」
セラスを抱きしめながら、正直に告げる。だけど、魔法にように、セラスの姿が一瞬で消えてしまったなんて話、信じて頂けるわけがない。
そのとき、セラスがアステリオ様に向かって振り返ると、合わせた両手を頬にあてると首を横に傾け、目を瞑った。
この動作はもしかして……
「私……セラスがお絵かきしているのを見ながら、寝てた、の?」
震える声で訊ねると、セラスは何度も何度も頷いた。
セラスの失踪。
時間の経過。
全てが繋がった。
仕事中の居眠り。
こんなこと、許されるわけがない。
あまりにも大きな失態に、体が小刻みに震えだした。
「神子、そこをどけ」
アステリオ様の命令を聞き、予想が確信へと変わる。
間違いない。
私は解任され、罰せられる。
小さな温もりが遠ざかっていく。
代わりに恐怖が近づいてくる。
陛下の手がこちらに伸ばされ――
「……えっ?」
私の体が抱き上げられた。
状況が飲み込めない私の耳に、陛下の淡々とした声が通り抜けていく。
「記憶が途切れていることに気づいていないことが異常だと認識しろ。ここでまた動き、突然気を失って怪我でもされれば迷惑だ」
「だ、大丈夫です! ですから――」
「黙れ」
次の瞬間、もの凄い眠気が私を襲った。
瞼が強制的に閉じられ、全身から力が抜ける。
これは――眠りの魔法?
意識が遠のいていく中、
「彼女もお前も、手がかかるな……全く……」
という、どこか呆れたような、でも少し柔らかな声色の呟きが聞こえた気がした。




