第18話 薄黄色の光(別視点)
ミーティアが立ち去った部屋には、静けさが戻った。
だがアステリオの心は、何とも言いがたい充足感で満たされていた。
無意識に彼女と重ねてしまうからだろうか、ミーティアがアステリオに対し萎縮すると、言い表せないいらだちを覚えてしまう自分がいた。
だが今日はどうだ。
あのミーティアが、アステリオの前で『怒り』という素をぶつけてきたのだ。顔を真っ赤にしながら、声を荒げて退室する後ろ姿には清々しさすらある。
アステリオは大きく息を吐き出すと、ドアに背を向け、テーブルの前へ立った。
見下ろした先にあるのは、先ほどミーティアが灯した光。静かでありながらも柔らかな光を周囲に投げかけている。
他とは違う、薄黄色の光を――
(……彼女と同じ……光……か)
最早遠い出来事となりつつある記憶が、頭を過った。
黒髪の女性の両手から溢れる薄黄色の光が、ランタンの中の光と重なった。
特徴はほとんど揃っている。
だが断言できずにいるのは、自分の存在によって引き起こされた悲劇を、今もまだ認めたくないからだろうか。
(今日は……話しすぎた。俺らしくない)
ミーティアとのやりとりを思いだし、反省する。
感傷的になるなど、珍しい。
同情も哀れみも、相手を思いやる感情も、全てを決定づけたあの日に捨て去ったと思っていたはずなのに――
セラスのことになると、アステリオ相手にでも堂々と意見出来るミーティアが、自分自身のこととなると急に大人しくなるのが、何だか気に食わなかった。
確かに、この国は人の価値は使える魔法の種類や威力で決まる。彼女が置かれてきた境遇を思えば、自己評価が低くなるのは致し方ないとは理性では分かっている。
ふと、アステリオの頭を、優しく撫でる手の感触が思い出された。耳の奥に、自信と力に満ちた声色が蘇る。
『この痣はね、あたしの一部だ。誰に何と言われようが、全く傷つかないね!』
大きな笑い声とともに、鼻先にツンッとした酒の匂いがした気がした。
(あれは確か……俺が知らない男に言いがかりを付けられ、俺を庇った彼女が、痣を見られて散々罵倒された後だったな)
懐かしさが心にこみ上げる。
一度だけ、彼女の痣を見せて貰った。
首の後ろにある手のひらほどの大きさの痣と、背中全体にまで広がる大きな痣が二種類浮かび出ていた。だが痣と呼ぶには、複雑で入り組んだ精巧すぎる模様を描いていた。
『これは、大切なものを虫けらのように踏みにじられ、奪われたあたし《《たち》》からの、ささやかな復讐だよ』
いつもは違う、憎しみと怒りで燃えた瞳で――
(大切なものを守るには、奪われぬようにするには、力がいる。そして……)
アステリオは、テーブルの上に置いたままだった書類を片手に、ペンをとった。
再度書類にざっと目を通し、小さく鼻を鳴らす。
「またネズミが数匹、城に紛れ込んでいたのか」
書類は、処刑を言い渡された城仕えと、頻繁に城に立ち入っていた商人たちの名前が、犯した罪と共に記載されいた。
彼らは皆、神殿の間者。
城の内部に入り込み、情報を神殿に流していたのだ。
中には、皆から好かれ、仕事ぶりも優秀な者もいる。若い者も多い。他の人間から見れば、死刑に値するほどではないと反論する者もいるだろう。
だが――
(小さな芽は、やがて大きくなり、その見た目以上に深すぎる根を張る)
その前に刈るのが一番効率的なのだ。
まだ全てを排除したとは言い切れないだろうが、中々の成果だろう。
アステリオは、慣れた様子で書類の最後に署名をした。文字には魔法がかかっており、青白い光を纏って輝いている。
誓約の魔法だ。
この魔法をつかって署名された書類の内容を覆そうとすれば、術者は魔法を使う際にあらかじめ決めているペナルティーを負うことになる。
この書類に記された者たちの処刑が確定した瞬間だった。
アステリオもやられっぱなしではない。
こちらにも、長きに渡り神殿に潜り込んで上層部に食い入り、彼に情報を流している間者――元侍従長のタイタスを含めて数人いる。
特にタイタスは唯一、幼いアステリオの言葉に耳を傾け、歳をとったという表向きの理由で侍従長を辞めた後、優秀な能力を生かして神殿に取り入り、上層部にまで上り詰めた。
今回、神子が召喚されたことは、彼からの密告によって知ることができたのだ。素晴らしい功績だ。
しかし同時に神殿も気づいたはずだ。
自分たちの中に、アステリオに情報を流している者がいることを。
耳の奥で、また遠き日の言葉が蘇る。
『目的が大きいほど、犠牲を躊躇ってはならないよ。それが例え、親や……自分の命であっても、ね』
酒に酔っ払ったとき、ぽつりと洩らした彼女の本音が、今のアステリオを形作っている。
だから、
(俺は犠牲を恐れない。何と言われようが……俺は俺の目的のために、突き進むだけだ)
突き進んだ道の後ろに、大量の屍が積み上がっていても――それが例え、自分が信頼する者の屍であっても……
アステリオは魔法で署名した書類を、魔法で送ると、侍女を呼んだ。自身の身支度を手伝わせ、侍女が退室したのを確認すると、部屋の光を全て消した。
残るのは、テーブルの上に残った、ミーティアの薄黄色の光を放つランタンと、ロウソクの火が灯ったランタン。
魔法の白い光とは違い、二つの光は温かみがある。
アステリオは少し考えると、ロウソクの火に顔を近づけた。吹き消そうと息を吸い込み、吐き出そうとした。
だが、不意にある想像が脳裏を過る。
(もし……ミーティア・エルタナの光が、彼女と光と違えば……)
結界が揺らげば、部屋は闇に閉ざされる。
想像した瞬間、深い漆黒で覆われた部屋が記憶として蘇った。
恐怖、苦痛、そして体温が失われ、全身が冷たくなっていく感覚とともに――
激しい心音は、ロウソクを消すなという警告音のように聞こえる。
だが、ミーティアの光を見た瞬間、喉が緩み、今までのつっかえが嘘のように息が流れた。
吐き出された息によって、ロウソクの光が消える。
額に滲んだ脂汗を手の甲で拭うと、そしてミーティアが灯したランタンを手に取ると、ベッド脇に置く。
柔らかな光が、ベッドサイドを照らす。
その光を見ていると、恐怖が不思議と凪いでいく。
淡い光が照らす中、アステリオの瞳がゆっくりと落ちていく。
(約束は……必ず、守る……)
その思いを最後に、アステリオの意識は真っ直ぐ闇の中へと落ちていった。
*
夢を見た。
いつもならば、今まで彼が行ってきた血なまぐさい光景を、別の自分が見つめている夢を見る。
初めてアステリオの命令で処刑が執行された光景。
信頼していた者が裏切り、自らの剣で初めて切り捨てる光景。
そして首を吊り、人形のようにぶら下がった父の――
だが今日は違った。
『あんたの髪の毛、昔あたしが飼ってた犬に毛並みがそっくり! 今日からあんたのこと、テリーって呼ぶわ。決定ね!!』
屈託のない笑顔でアステリオに宣言する、黒髪の女性がいた。
アステリオが今まで生きてきた中で、もっとも穏やかで幸せだった時間が、そこにあった。
朝が来た。
目が覚めると、いつものけだるさはなく、どこか体が軽い。
ふとベッド脇を見ると、ミーティアが照らした光が、昨日と変わらず静かで優しい輝きを投げかけていた。
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彼女の痣の位置、首の後ろと背中に変更となりました。
すみません(;´Д`)




