第16話 アステリオの寝室にて
私は、ドアの前で立ちすくんでいた。
セラスはすでに夢の世界にいる。彼女が眠ったのを確認したあと、私は陛下のご命令通り、彼の寝室……の前までやってきたのだ。
……まさか陛下の寝室がセラスの部屋の隣だったなんて。
給仕係の女性に教えて頂いたとき、変な声が出てしまったほどだ。確かに、兵士が立っているなとは思っていたけれど。
神子様にとって一番安全な部屋、という指示を陛下から受けた結果、お隣同士になったそうだ。今まで鉢合わせしなかったのが、奇跡だろう。
思い返せば、寝たくないと逃げ回るセラスを追いかけたり、寝る前のお話を、役になりきって読んでいたりと、声が隣の部屋にまで届いていた可能性は否定できない。
もしかして、今日の呼び出しはそれに対するお叱り?
ならわざわざこんな時間に呼び出す必要はないだろう。
夜伽という単語が頭を過ったが、あの痣を見たときのヴェルド様の発言が思い出され、すぐさま可能性を打ち消した。
確かアステリオ様も、私の痣を見ているはず。
ならばありえない!
いつもは寝室の入り口を守っている兵士もいないけれど……あ、ありえないはず!
「……よしっ!」
私は両手を強く握りしめると、目を瞑ったままドアをノックした。
木の堅い感触が伝わってくる――はずだったのに、伝わってきたのはふわっとした頼りない感触。固い音もせず、布ずれのようなポフポフした音が聞こえてくる。
自分が想像したものと違う感触に、私の喉から短い悲鳴が迸りそうになったが、視界に映った人物を見て、呼吸が止まった。
感情が分からない、無機質な音が、鼓膜を震わせる。
「変わった女だな。目を瞑ってノックをするなど」
アステリオ陛下が目の前にいた。服装は、晩餐の時から変わっていない。
陛下の発言・状況から察するに、私がドアをノックしたタイミングで、奇跡的に陛下がドアを開けたようだ。
目を瞑っていた私はそれに気づかず、陛下の胸をドアを勘違いして叩いて――って、えっ?
「何だ、その顔は。俺の胸を殴っておいて、謝罪もないのか? 神子には偉そうに言っていたくせに」
「あっ、あのっ、も、申し訳ございません!!」
次の瞬間、私はもの凄い勢いで後ずさり、腰がへし折れそうな勢いで頭を下げた。
大逆罪?
不敬罪!?
恐ろしい単語が頭の中を駆け巡る。
私に向かって発せられた陛下の声に、揺らぎはない。
「早く中に入れ。胸を殴られたことよりも、お前がいつまで経っても部屋の前で突っ立っていたことの方が不快だ。俺が人払いをしていなければ、今頃お前は不審者として牢へぶち込まれているぞ」
陛下に睨み付けられ、全身から血の気が引く。
しかし陛下の発言にも納得は出来る。国の主の寝室前で突っ立っているなんて、どう見ても不審者だ。
銀色の髪がふわっと揺れ、空気が動く。
陛下が私に背を向け、部屋に入ったのだ。開け放たれていたドアがゆっくり閉じ、彼の姿が欠けていく。
僅かに振り返った金色の瞳が、私を一瞥する。
「このドアが閉まるまでに入室しなければ、不審者として牢にぶち込む」
次の瞬間、私はもの凄い勢いでドアの隙間に体をねじ込み――私の後ろでドアが閉じる音が聞こえた。
*
目の前には、質素な部屋が広がっていた。
部屋にあるのは、天蓋付きの大きなベッドと、ソファーとテーブル。部屋を彩る装飾品はない。
寝るための必要最低限しか置いていない、そんな寝室だった。
国王様の寝室なのだから、もっとキラキラしているかと思っていたのに。これならまだセラスの部屋の方が豪華に思える。
だけど一つだけ、思いもよらない物を見た。
テーブルの上に置かれている、ロウソク入りのランタンだ。
実際使用されており、中のロウソクには小さな火が灯っている。それもずっと使用している物らしく、ロウソクの胴には、無数の蝋の垂れ筋が残っていた。
照明は通常、魔法で灯す。現に今だって、この部屋には魔法の白い光が灯っている。ロウソクを使う理由などない。
結界が不安定だからだろうか。
橙色の柔らかな光は、どこか私の光魔法と似ているような気がした。
ドアの入り口で突っ立ったままの私を一瞥すると、陛下はテーブルの上に何かを置いた。
光が入っていない空のランタンだった。
「お前の魔法で光を灯せ」
思いもよらぬ命令に、私は思わず目を見開き、陛下が手を乗せているランタンを刮目した。
私を脅してまで部屋に入れ、何をするのかと思いきや……
「あ、あのっ……恐れながら……私が呼ばれたのは……光を灯すため……でしょうか?」
「それ以外何がある?」
それ以外しかない気がするのは、私だけだろうか。
相変わらず陛下の発言から感情は読み取れない。
しかし迷いのない返答と、いつの間にかテーブルの上に置かれていた書類に目を通し出したことによって、本当に光を灯すだけのために呼ばれたのだと悟る。
しかし光を灯すだけなら、私である必要はない。
「……恐れながら陛下、質問よろしいでしょうか?」
「許す」
一瞥もせず、陛下が許可を出す。
「何故、わざわざ私のお命じに? セラスが寝付くまで、お待ちにもなったはず。もうすでに光もついておりますし、陛下のお時間をとらせる必要は――」
「時間が無駄かどうか判断するのは俺だ」
鋭い眼光が、私を射貫いた。また出過ぎた発言をしたみたい。
私は命じられたまま、光を灯せば良い。
冷酷王のお考えなんて、私には理解できないのだから。
陛下に謝罪をすると、私はランタンに近づいた。
足の裏がじんわりと温かくなり、その熱が体中を駆け巡る。両手に熱が発生したところで、ランタンに視線を向けた。
いつものように、ランタン内に爪先ほどの球体が現れる。私がイメージした光量まで大きくなると、体を駆け巡っていた熱がスッと消えた。
目の前で揺らめくのは、薄黄色の光。
何かを成せと言葉なく訴えてくる、不思議な――
ふうっと息を吐き出すと、視線を感じた。顔を上げると、今まで書類を見ていたはずの陛下が、微動だにせず、ランタンをジッと見つめていた。
そういえば、先ほどの晩餐の際も、光を気にしていた。
この光に、何か思うことがあるとすれば……
「私が灯す光には普通とは違い、色が付いております。光量は調整できるのですが、どうしても白い色はだせないのです」
言葉がドンドン小さくなっていく。気づけば、ドレスの布を強く握っていた。
クルシュや両親、周囲に散々気味悪がられ、笑われてきた光の色だ。
でも持続するからと、利用されてきた私の魔法……
陛下の視線が、私に向けられた。
今度は一瞥ではなかった。金色の瞳が、真っ直ぐ私を見つめていた。
「だからお前を呼んだのだ」




