第15話 奪われないために
まさか、陛下と一緒に晩餐をとるとは思わなかった。というか聞いていない……
セラスの隣に立って食事の様子を見守りながら、終始無言で食事を口に運ぶ陛下を盗み見た。
確かに、今日は料理の数が多いと思っていた。
気づいていたのに確認を怠るなんて不覚だった。
そのとき、
「神子、何をしている。スープばかり飲まず、他も食え」
アステリオ陛下はセラスに冷たく言い放つと、分厚いお肉が乗ったお皿をズイッと押し出した。
お皿を押しつけられたセラスは、少し口角を下げると、助けを求めるように私を見た。
柔らかいとはいえ、四歳児にこの肉料理は厳しい。そのため、いつも私が小さく切り、セラスが食べられる量だけ食べさせていたのだ。
そのため、せっかくの料理を残してしまうことに、いつも罪悪感を抱いていた。
いつものように、セラスが食べやすいようにお肉を小さく切り、食べきれそうな量を別のお皿にのせる。
そのとき、
「ミーティア・エルタナ。何故神子にそれだけしか食べさせない」
冷たすぎる声色に、指先から体温が消えた。
声の方を見ると、アステリオ陛下が食事の手を止め、睨み付けるような鋭い視線を私に向けていた。
相変わらず表情は変わっていない。
だけど細められた瞳や纏う雰囲気、そして握っていたフォークとナイフが、鋭い音を立ててお皿の上に置かれたことで、彼が怒りを抱いていることが伝わってきた。
「食事番より、神子が食事をよく残していると報告を受けていたが、何故残していたのか良く分かった」
私は目を丸くした。
アステリオ様が、勘違いをされていると気づいたからだ。
セラスの料理が大人と同じせいで、あまり食べられない話を、料理長が陛下にしたという話は、給仕係から聞いていた。
だれど、私たちの意図が陛下に伝わっていなかったなんて。
言葉を発しようにも、陛下の怒りが首を絞めているかのように、喉の奥が詰まる。何とか声を出すために飲み込んだ唾液の音が、耳の奥で響く。
戸惑っている私をよそに、陛下が動いた。
切り分け元のお肉をフォークで突き刺すと、少量のお肉が乗ったお皿に乗せたのだ。
王族の食事とは思えない豪快すぎる行動だった。
セラスの青い瞳が丸くなり、アステリオ様を見る。しかし陛下は両腕を組みながら、セラスを見下ろし、
「食え」
とただ一言だけ口にした。
それを見て、ようやく私の呪縛がとけた。今まで詰まっていた言葉が、喉の奥から迸る。
「お、お待ちください、陛下! 大人と同じ料理はセラスには早いかと!」
「食事に早いも遅いもあるか。俺が神子と同じ年頃の時には、同じ物を食っていたぞ」
「えっ……? お、大人と同じ料理を、ですか?」
「そうだ。食事は力をつける基本だ。力が無ければ奪われ、大切なものは踏みにじられる」
金色の瞳がセラスを見下ろす。
「神子。お前は強くならなければならない。己が奪われないために。大切なものを踏みにじられないために」
私は思わず、陛下を凝視してしまった。
セラスと同じ年頃ということは、四、五才だろうか。そんな小さな頃から、強くなるために大人と同じ物を食べていたなんて。
性別や環境の違いだとは思えない。
幼い陛下にそう思わせる何かが――力を欲する何かが、あったのだろうか。
奪われ、踏みにじられた何かが――
とにかく、陛下が今日の晩餐に同席した理由が分かった。
セラスの食事量が少なと報告を受け、原因を探るためだったのだ。
この方もセラスの身を案じている。
だけど、解決策が違う。
自ら経験されてきた厳しい道――冷酷王と呼ばれるに至った課程を、セラスにも課そうとしている。
どうすれば良い?
御自身の成功体験があるため、私が何を言っても響かないに違いない。
頭を悩ませている私の視界の端で、セラスの手が動くのが見えた。
陛下の眉が僅かに動き、私は大きく目を瞠った。
セラスが、大きなお肉にフォークを刺したかと思うと、かじりついたのだ。
ソースが垂れ、セラスの口元を汚す。しばらく肉にかじりついていたが、結局噛み切れず、肉に小さな歯形が残っただけだった。
セラスは小さな唇をギュッとつむぐと、私が切り分けた小さなお肉を口に入れた。
小さな口が動く。
動く。
動く。
動く――
いつまで経っても咀嚼が止まらない。ずっともぐもぐと口を動かしている。
しびれを切らしたのか、陛下が口を開いた。
「神子、何をしている。さっさと――」
飲み込め、と仰いたかったのだろう。だけど不敬承知で私は横から口を挟んだ。
「飲み込めないのです、陛下」
「はっ?」
陛下が声をあげた。
この方のこんな声、初めてかもしれない。
もぐもぐし続けるセラスを横目で見ながら、私は出来る限り言葉を選びながら慎重に答えた。
「四歳児の歯は大人と違って小さいため上手く噛み切れず、中々飲み込めないのです」
頬を膨らませながら噛み続けるセラスを見下ろす陛下に向かって、私は言葉を続ける。
「子どもには成長段階がございます。そして同じ年齢であっても、同じ親から生まれた兄弟であっても、成長の速度は個々違うのです」
セラスの口がやっと止まった。大きく喉元が動き、ファーという息が吐き出される。お肉を飲み込んだのだ。
誇らしげに口を開けてお肉を食べたことを見せるセラス。
陛下は僅かに動きをとめたのち、軽く頷いた。少女の口角がニッと上を向き、お肉をもう一切れ口に入れようとした。
が、
「ミーティア・エルタナ。肉をもう少し小さく切ってやれ」
陛下が命令された。
もちろん私が反対する理由はなく、セラスが食べようとしていたお肉をさらに小さく切った。
大人なら、数回噛んだら飲み込んでしまえるほどの大きさだが、セラスは先ほどと同じく、何度も咀嚼を繰り返し、ゆっくりと食べすすめていく。
「メイン料理をよく残していると聞いたが、同様の理由か?」
「はい。味付けや硬さなど理由は色々ですが、大人向けの食事がセラスにはまだ早い、という理由では同様かと」
「そうか」
形の良い唇が閉じ、セラスが食事を続ける音だけが響く。
セラスは、小さく切り分けたお肉を食べ終えると、陛下をチラッと見て、今度はサラダがのったお皿に手を伸ばす。その中からいくつか野菜を食べると、食べかけていたパンとスープを食べ終え、お皿にフォークを置いた。膝に置いたナフキンで口を拭う。
彼女が食事を終えた合図だ。
セラスは椅子から降り、ベッドの上にあるクマのぬいぐるみと遊び始めた。
陛下の視線が、テーブルの上に残った料理から、ベッドの上にいるセラスに移る。
「これだけで足りるのか?」
「はい。ですが、今日はいつもよりもたくさん食べていました」
感情が読み取れない美しい横顔に、私は僅かにうれしさを滲ませながら続ける。
「陛下のお気持ちが伝わり、食べる大切さに気づいたのでしょう」
特にお肉料理は、私がどれだけ小さく切ってもあまり食べないのだ。
あまりにも食べないため、ニーナさんに相談したところ、繊維が口に残る・食感が気持ち悪いなどの理由で嫌がる子どもも多いのだと、教えてくれた。
なのに今日は、自ら進んで食べたのだ。
見て見て、と言わんばかりに、私たちをチラチラ見ながら食べる様子は、強いられて食べさせられているとは思えなかった。
そのとき、セラスがクマのぬいぐるみを突き出して陛下に見せた。キラキラした表情を陛下に見せ、ぬいぐるみをぴょこぴょこと動かしている。
陛下は僅かに首をかしげた。
だがセラスがぬいぐるみを抱きしめたのを見て、彼女の意図に気づいたのだろう。
「それが、お前の大切なものなのか?」
アステリオ様の問いに、セラスは大きく頷いた。陛下の唇から、小さなため息が洩れる。
その息に、僅かにかすれた言葉がのる。
「なら……守るんだな。踏みにじられぬように――」
大きな手がセラスの頭をくしゃっと撫でると、陛下は立ち上がった。 大股で部屋を横切り、ドアへと向かう。
「食事は改めさせる。何か他に必要なことがあるなら、言え。それと……」
陛下が振り返った。
金色の瞳が、部屋の照明へと向けられる。
「この部屋の明かりは、お前の魔法だな?」
「は、はい……」
私が灯す光は、他の方々と違って、薄黄色。クルシュに、光の色がまともじゃないと指摘されたことを思いだしながら、私は恐る恐る頷いた。
陛下の金色の瞳が、私の光で揺れている。
光を見ているはずなのに、違う何かを見ているように感じるのは、気のせいだろうか。
が、唐突に、アステリオ様が私に背を向けた。給仕係の女性が、ドアを開ける。
歩みを止めることなく、陛下は告げた。
「ミーティア・エルタナ。神子が寝た後、俺の寝室に来い」
と――




