第14話 セラスの将来のため
セラスと共に城に来てから数日が経った。
私はニーナさんに色々なことを教えて頂きながら、セラスと過ごしている。
エルタナ家にいたときと違い、緊張感はある。
だけど城にいる人たちは、私を決して侮蔑したりしない。注意されることはあっても、それは私のためにしてくださっているのだと分かるので、素直に正すことが出来た。
ニーナさんに教えを請い、セラスがお昼寝した隙間時間や、就寝後などの時間で、教養やマナーを身につけようと日々勉強を続けている。
だけど一つ、気になっていることがあった。
「あ、あのっ……今日も、ですか?」
目の前に並べられた夕食の量に、私は声をあげてしまった。
セラスの食事が、明らかに四歳児が食べるには無理があるものばかり出されているのだ。
分厚く、脂がのったお肉。
臭みを抑えるため、香辛料がたくさんかかった魚料理。
温野菜のサラダには、大切りの野菜が盛り付けられている。
セラスが口にしてくれそうなのは、形が無くなるほど煮込まれたスープとパン、マッシュされたおいも料理ぐらいだろうか。
「あ、あのっ……どうして大人と同じ料理をセラスに?」
給仕係である女性に恐る恐る訊ねると、彼女も当惑した様子で答えた。
「陛下のご命令、だそうです。料理長がそれとなく陛下にお伝えはしているのですが……」
「そうです、か……」
アステリオ様からのご命令であれば、料理長も従うしかないだろう。とはいえ、給仕係の返答を聞く限り、これらの料理がセラスに合わないことは、料理長も承知しているようだ。
「ご準備頂、ありがとうございます。後は私の方で、セラスが食べられるようにいたします。また残してしまうと思いますが……」
「仕方ありません。何か必要なものがございましたら、お申し付けください」
給仕係が深々と頭を下げる――が、視線の先に突然あらわれたクマのぬいぐるみに驚き、小さく声をあげると一歩後退した。
クマのぬいぐるみの横から、ぴょこっと金髪が現れる。
セラスだ。
セラスはクマのぬいぐるみが好きで、部屋に来た人たちにぬいぐるみを見せびらかしているのだ。
とはいえ、人を驚かせるのは良くない。
「ダメよセラス。そんなにクマさんを近づけたら、お姉さんびっくりするでしょ?」
「い、いいえ! とんでもございません!! 神子様がなされることなのですから! 驚いた私が悪いのです!!」
給仕係が慌てて首を横に振り、問題ないことを伝える。
だが私は、神子様のお世話係。
セラスのこれからを大きく左右する善悪の認識を、しっかり教える義務がある。
例え、国を救う神子様であっても――
ニーナさんも、子どもには学びが必要だと仰っていたし。
自分が悪いと言う給仕係の言葉を手で遮ると、私はセラスと視線を同じにした。くまのぬいぐるみを抱きしめ、シュンッと視線を落としている少女に、優しく諭す。
「クマさんを見せたいなら、お姉さんが驚かないように見せないとね。じゃないと、可愛いクマさんをお姉さんに見て貰えないわ。あと、もう一つすることがあるよね、セラス?」
セラスはクマの頭から顔を半分出しながら私を見ると、青い瞳を給仕係に向けた。ぬいぐるみを私に預けると、給仕係の前に立ち、小さな頭を深く下げた。
給仕係の女性が目を瞠る。
彼女が口を開こうとした瞬間、
「お前、神子に一体何をさせている」
冬の厳しい寒さよりも冷たく、温度が感じられないアステリオ様の声が、部屋の空気を凍らせた。
*
「陛下! 気づかず大変失礼いたしました!!」
真っ先に声をあげ、彼に向かって深々と頭を下げたのは、給仕係の女性。私も慌てて彼女にならい、頭を下げた。
分厚い絨毯の上を大股で歩きながら、アステリオ様が給仕係に近づくと、聞いているだけでも体全身が凍えそうになるほど冷たい声を発する。
「俺は、神子に何をさせていたのかと聞いている」
「アステリオ様、それは私から説明を……」
給仕係の代わりに説明をしようと横から口を挟んだ私を、陛下は体温を感じさせない視線で一瞥すると、
「俺は、この女に聞いている」
と一蹴された。
陛下がエルタナ家にやって来られ、クルシュに投げかけた言葉と重なった。
彼にとって今の私は、クルシュと同じ、邪魔者なのだ。
給仕係がチラッと私を見る。不安と恐怖が入り交じった視線を受け、私は大きく頷いた。
給仕係は僅かに声を上ずらせながらも、城仕えとして真っ直ぐに背筋を伸ばし、感情が読み取れない金色の瞳を見据えた。
「み、神子様が、突然私の目の前にぬいぐるみを突き出されたため、私が驚いてしまったのです。それをミーティア様が諫め、私に謝罪するよう神子様に促されたのです」
「それで神子がお前に頭を下げていたということか」
「左様でございます」
「ということは、事の発端は、ミーティア・エルタナ、お前か」
深々と頭を下げる給仕係を一瞥すると、陛下の視線が私に向いた。
だから私から説明しようと思ったのに……と、心の中でため息をつく。しかしこれも陛下のやり方なのだろうと思い返す。
だが私が口を開くよりも先に、陛下が口を開く。まるで詰問するかのような厳しさが部屋の空気を重くしていく。
「何故、神子に謝罪を求める? たかが子どもがやったことだろ。大の大人がよってたかって何をしている」
たかが子どもがやったこと――
確かにそうだ。
しかし、
「恐れながら陛下。『たかが子どもがやったこと』というお考えは、神子様にとって最善ではないかと存じます」
私は毅然とした態度で陛下の言葉に反論した。
陛下が私を見つめる圧が強まった気がした。心臓が冷たい手でギュッと掴まれるような痛みが走る。
だけど……どんな相手であっても、セラスのために立ち向かうのが、私の役目。
息を潜めながらも私たちの成り行きを見守っている給仕係の緊張感が伝わってくる中、大きく唾を飲み込むと、お腹の奥に力を込めた。
「神子とはいえ、セラスはまだ四歳の子ども。国を守る立場であるからこそ、物事の善悪の判断や過ちの正し方を、幼いながらも学ぶ必要があるかと思うのです」
人を不快にさせない。
間違ったことをしたら謝る。
人として普通のことだ。
だけど両親や周囲に甘やかされ、叱られること無く育ったクルシュには、無縁の行動だった。
あの子にとって、自分の行動は常に正しく、それにそぐわない出来事は全て周りのせいだった。
まるで世界が自分中心になり立っているかのように――
さらに悪いのは、その理不尽過ぎる言い分を、周囲が受け入れていたこと。
セラスには、クルシュのようになって欲しくない。
陛下は黙ったまま、私の隣にいるセラスを見下ろす。
私はもう一押しとばかりに、言葉を続けた。
「これは神子様の将来――ひいては国の未来に関わるもの。どうか、世話係という役目を陛下から賜った私の考えを、ご理解頂きたく存じます」
そう言い切ると、私は深々と頭を下げた。
陛下は沈黙していた。何を考えていらっしゃるかは分からない。
「……神子の将来、そんなもの……」
僅かにかすれた陛下の声色は、僅かに寂しさを帯びているように思えた。
私は少しだけ視線をあげた。
陛下の両手が見える。
だが先ほどまで開いていたそれは、今では強く握られ、小刻みに震える。
これは……怒り、だろうか。
寂しさと怒り。
相反する感情が、冷酷と言う二つ名をもつ男性から伝わってきた気がした。
が、不意に陛下から何も感じ取れなくなった。頭を下げ続ける私に、フンッと鼻を鳴らす音が聞こえてきた。
「それは、エルタナ家での経験を元にした判断か?」
セラスがクルシュのようになって欲しくない、という私の考えを見抜いた発言に違いない。
陛下の強烈な嫌みが、羞恥という刃となって私の心に突き刺さる。しかし私は背筋を正し、金色の瞳を真っ直ぐ見つめ返した。
そうすることで、冷酷王に対抗するように。
「はい。ですので、これほど説得力のある発言は中々ないかと――」
「確かにな」
陛下の表情は変わらない。だけど彼を取り囲む空気が僅かに軽くなったような気がした。
どうやら私と給仕係への追求は、終わったみたい。
ホッとしたのも束の間、私は驚くべき光景を見た。
料理が並べられたテーブルの椅子に、陛下が腰をかけていたのだ。
呆然としている私の横を、セラスが小走り気味に通り過ぎ、椅子に座る。
まだ立ち尽くしている私に向かって、青色の丸い瞳と、金色の細い瞳が向けられた。
私の耳に、いつの間に近づいてきたのか、給仕係がそっと耳打ちをした。
「申し遅れましたが……本日は陛下も一緒に晩餐をとられるとのことです」
「えっ……う、うそ……」
彼女の発言を否定してみたけれど、
「何をしている、ミーティア・エルタナ。食事を始めるぞ」
陛下にせかされたこと、そして一度席についたセラスが私にかけより、この手を引っ張ったことによって、現実だと知らしめられる。
申し遅れが過ぎる! と心の中で叫びながら、私はセラスに手を引かれるがままテーブルに近づいた。




