第13話 私の言葉に耳を傾けてくれる人
部屋の準備が整ったと知らせを聞いた私たちは、早速ニーナさんに案内され、部屋に向かった。
セラスは花垣迷路で疲れてしまったのか、早々に抱っこをせがみ、私の腕の中にいる。
ニーナさんの足が止まった。
目の前のドアを手のひらで示しながら、説明を始める。
「こちらでございます。ミーティア様は、神子様と同室になります。一つの部屋を分けた形となっており、ドアこそありませんが、個室になっております」
「良かったわね、セラス。一緒のお部屋だって」
腕の中のセラスに笑いかけると、首元にぎゅっと抱きついてきた。
城ではきっと、セラスと別々の部屋になるだろうと思っていたので、嬉しい誤算だった。
部屋は、太陽の光が良く入る明るい場所だった。
壁は落ち着いた薄い緑色。セラスが使うため、置いている家具は大人の物よりも小さめで、可愛らしいデザインの物がそろえられている。
ベッドは部屋中央壁際に置かれ、立派な天蓋も付けられていた。
窓はバルコニーに通じる扉も兼ねていて、とても見晴らしが良い。とはいえ、バルコニーにセラス一人で行かせるのは、さすがに危ない。
気をつけないと……
腕の中で柔らかな温もりが、もぞもぞと動き始めた。丸い瞳が、一点を見つめている。
「ふふっ、好きに見ていいわよ」
私がそう言って彼女を床に下ろした瞬間、セラスは勢いよくベッドに飛び乗った。ベッドの床に靴がコロンと転がった。目に見えぬ早脱ぎだ。
セラスの目的は、ベッドの上に飾られた大きなクマのぬいぐるみ。私がエルタナ家からもってきた数少ない荷物の一つだ。セラスが気に入っていたため、部屋に置いて貰ったのだ。
それを抱きしめ、ベッドの上をゴロゴロしている。
「お気に召したようですね」
いつの間にか私の隣にやってきたニーナさんが、うれしさを滲ませながら呟いた。チラッと見ると、ニーナさんの唇が緩んでいる。
クマのぬいぐるみと戯れるセラスは、終始満面の笑顔で、見ている私たちの口角も上がってしまう。
そのとき、
「それで……このお部屋はセラス様にとっていかがでしょうか、ミーティア様」
突然訊ねられ、私は思わずニーナさんに顔を向けた。ぬいぐるみと戯れるセラスを見て唇を緩ませていたニーナさんはいなかった。
スプリオール王家に仕えることを誇りとする、侍女の顔があった。
彼女の表情、そして問いに、背筋にピリッとした緊張が走る。
何故、ニーナさんは私に部屋のことを聞くのだろう。
そう思ったとき、窓の外のバルコニーが視界の端に映った。
バルコニーを初めて見て思い浮かんだ不安が過った瞬間、理解した。
この部屋がセラスにとって安全であるか、世話係として判断しろと言っているのだ。
つまり私は、ニーナさんに世話係の資質を試されている、ということ。
お腹の奥に力を込め、真っ直ぐ背筋を伸ばすと、まずはバルコニーに続く窓へと向かった。窓には鍵がある。だけどセラスなら椅子に登れば簡単に解錠できそう。
「ニーナさん、高い場所にもう一つ、鍵を付けることは出来ますか?」
「畏まりました。すぐに手配いたしましょう」
ニーナさんは大きく頷いた。
他に四歳児にとって危険はないかと部屋を見渡す。
だけど元々子どもの部屋として準備されているため、特に問題があるようには見えなかった。
どうしよう。
このまま問題ないと言って良いのか、何かまだ引っかかる。
そのとき、セラスが小脇にクマのぬいぐるみを抱きしめながらベッドから降りてくると、私の前にぬいぐるみをかざしてきた。
「うん、可愛いね、クマさん」
セラスと視線を同じにすると、クマの鼻を軽く突いた。私の返答に満足したのか、セラスはクマのぬいぐるみをギュッと抱きしめた。
そんな彼女の肩越しを見て、ふと気づく。
丁度セラスの顔の位置にある、家具の尖った角が――
「ミーティア様?」
身を屈めたまま進み出した私の耳に、少し戸惑いを滲ませたニーナさんの声が届いた。行儀が悪いと分かっていながらも、私は気にせず姿勢を低くしたまま部屋を進む。
セラスの目には遊んでいるように見えたのか、お気に入りのくまちゃんを引きずりながら一緒に私の隣を付いて来た。二人と一匹で部屋を回っていると、高い目線からでは気づかなかった危険が顔を出す。
セラスの顔に当たりそうな家具の角、テーブルクロスの上の花瓶、ベッドの高さなど、次々と指摘をしていく。
全ての指摘が終わると、ニーナさんは下女と男性使用人を呼びつけ指示を出した。
危ないものが撤去され、窓の高い位置に鍵が付けられた。
私は再度姿勢を低くし、部屋全体を確認すると、ニーナさんにお礼を言った。
「ありがとうございます、ニーナさん」
「いいえ、当然のことをしたまでです」
さも当然だと言わんばかりに淡々と答えるニーナさん。
四歳児にとって安全な部屋が出来上がった……はず。だけど、私が見落としている危険があるかもしれない。
危険がないとして、今よりもより良く出来る何かがあるかもしれない。
だけど、ここが私の限界。
心臓が大きく脈打つのを感じながら、ニーナさんの瞳をまっすぐ見つめ、問う。
「私は……問題ないと思います。ですがニーナさんのご意見も伺いたいです」
ニーナさんの目が見開かれた。まさか私から逆に質問されるとは思っても見なかったのだろう。
しかしすぐさま表情を改めると、
「私の目から見ても問題ないかと。あえて言うなら……」
ニーナさんは、危ないからと花瓶をどかせたテーブルに視線を向けた。
「全ての危険を大人が撤去すると、子どもの学びになりません。何に触れて良いのかいけないか、神子様に少しずつ教えていくことも大切かと」
「なるほど……確かにそうですね」
ご指摘はごもっともだ。
いつの間にか、クマのぬいぐるみを抱きしめ、ベッドの上で眠ってしまったセラスに布団をかけると、ニーナさんに振り返った。
「ニーナさん、分かっていらしたのですよね? この部屋に安全でない部分があることを」
「はい。ミーティア様が神子様の世話係として、どのような視点をもっているのか、確認したかったのです」
躊躇いなく頷くニーナさん。
私を試していたと公言されたも同然な返答だけど、不快感はなかった。
彼女が意地悪をして私を試したわけでないと、分かっていたから。
ニーナさんの表情に柔らかな笑みが浮かぶ。
「ですがミーティア様は、城内だからと気を緩めず、神子様の安全を確認されていました。それにご自身を過信せず、他の者にも意見を求めました。その姿勢をこれからもお持ちください。大切なことですから」
そう言われ、深く頷く。
エルタナ家では、私が誰かに意見を求めることなんて出来なかった。
訊ねれば自分で考えろと怒鳴られ、間違えると責められた。いつしか私は、他人に意見を求めることを諦めてしまっていた。
だけど、私を一人の人間として見てくれるここなら、意見を求められる。見落としを防ぎ、よりよい結果を求めることが出来る。
ニーナさんは深々と私に向かって頭を下げた。
「実は私は、あなた様の教育係を、陛下より仰せつかっております。これから様々な決まりや作法を教育いたします。気になることがあれば、何でも聞いてください」
「ありがとうございます、ニーナさん。では早速なのですが……」
私は苦笑いをしながらお願いした。
「その……ミーティア様、というのはやめて頂きたいです。私はここでは新参者ですから」
神子様のお世話係なので、気を遣ってくださっていたのだろうが、私にはむず痒い言葉だ。
ニーナさんが考え込んでいる。
そのとき、セラスが寝返りをうったかと思うと、クマのぬいぐるみのお腹に顔を頬をすり寄せた。
可愛い仕草に、私たちは思わず顔を見合わせた。互いの唇から、小さく噴き出す音が洩れる。
「分かりました、ミーティア。これからはスプリオール王家に仕える者として、ともに頑張りましょう」
「はい、よろしくお願いします!」
差し出された手を、強く握り返した。
ここでは、私の言葉に耳を傾けてくれる人がいる。
その事実に目の奥を熱くしながら――




