第11話 神殿からの召喚状(別視点)
ミーティアが登城してから数日後。
「何よ、こんなもの! いらないわっ!!」
クルシュは、豪華な飾りの付いたドレスを、侍女に向かってぶつけた。それだけでは気が収まらず、一緒に届いたネックレスを、ケースごと床に叩きつけると、飛び出したネックレスを踏みつけた。精巧な細工がみるみる形を歪めていく。
ドレスをぶつけられた侍女は部屋の隅で震えながら、仕えるべき主を見つめているだけだった。クルシュが荒れると、手が付けられないのだ。
ネックレスを踏み潰しながら、クルシュは胸の奥で燃え続ける炎を吐き出すように叫んだ。
「……何で? 何であの女が、城仕えすることになるのよ! 私が行きたかったのにっ!!」
元々クルシュは、城仕えを希望していた。しかし、神殿と王家の折り合いが悪いことを理由に、両親が反対したのだ。
両親は神殿に大金を寄進し続け、クルシュを必ず神殿に仕えさせると躍起になっていたが、いつまで経っても神殿から返答はなかった。
そんな中起こったのが、姉の件。
本来なら、神殿には向かったとして殺されてもしかたなかったというのに、王命で城仕えを命じられた。
それも、『神子の世話係』という、明らかに重要なポジションを与えられて――
光を灯すことしかできない姉に、突然先を越されたのだ。クルシュの怒りが収まらないのも仕方がなかった。
そのとき、
「クルシュ、一体どうした!? 部屋から叫び声がしたと聞いたが……」
ノック音とほぼ同時に部屋に現れたのは、クルシュの父親――ダリオンだった。
どうやら、クルシュの叫び声が、廊下にも聞こえていたらしい。通りすがりの従者が気づき、ダリオンに報告したようだ。
心配そうな表情を浮かべていたダリオンだが、床に散らばったネックレスの残骸を見て、両眉をこれ以上ないぐらいに下げた。
「ああ、クルシュ……プレゼントが気に食わなかったのか? 王都で一番の細工師に作らせたんだが……」
「ええ、気に食わないわ! 何もかもが気に食わないのよっ!!」
そう叫ぶと、クルシュは父親に掴みかかった。
「何で? 何でお姉様が城に行くのを止めなかったの、お父様!! 明らかに、あの女じゃ、分不相応でしょ!?」
「あ、ああ……その話か……」
「その話か、じゃないわよっ!! 私の方が神子様の世話係に相応しいと、何故陛下に進言してくださらなかったの!?」
「陛下に進言など出来るわけがないだろ! あの御方が、刃向かった者たちに何をしてきたのか、お前だって知っているだろ、クルシュ!」
そう諭され、クルシュは力なく項垂れた。
クルシュ自身、分かっているのだ。
横から口を挟んだ自分に向けられたアステリオの声、表情を思い出すだけで、背筋が冷たくなる。あのまま切り捨てられてもおかしくないほどの気迫だった。
権力に弱い父が、進言など出来るわけが無い。
理性では分かってる。しかし感情では納得出来ず、今もこうして人や物に八つ当たりしているのだ。
少しだけ落ち着いた様子のクルシュに、ダリオンが優しく諭す。
「ミーティアはただ運が良かっただけだ。お前と違い、光魔法しか使えないのだから、すぐさま陛下も考えを改められ、城から追い出すだろう。ミーティアが戻ってきた暁には、エルタナ家での立場を再教育をせねばな」
父の言葉に、クルシュの溜飲が僅かに下がった。
愚かな姉は両親に盾突いたのだ。もう二度と反抗できぬよう、どのような『再教育』を行うかは容易に想像出来る。
「だからお前は安心していなさい。寄進も増やし、必ずや神殿仕えが出来るようにしてやるからな」
「絶対よ、お父様! 今来ている縁談の相手程度じゃ、私、結婚しないからね!」
「ああ、もちろん。神殿仕えが叶った暁には、お前の才能に見合った相手を見つけて――」
そのとき、突然部屋が暗くなった。
部屋の光が消えたのだ。他にも同様のことが起こったのだろう。部屋の外からも、悲鳴や叫び声が聞こえてくる。
「一体何があった!?」
ダリオンが叫ぶと、タイミング良く部屋のドアがノックされた。入室を許可すると、侍従が転がり込むように入ってきた。その顔は青白かった。
「だ、旦那様! ま、魔法が……屋敷中の魔法が……突然消えました!!」
「何だと!?」
ダリオンとクルシュは、慌てて庭を見た。
庭にはダリオン自慢の噴水がある。水を循環させ絶えず水が噴き出るという、あまり世間では見ない魔法で、それを使えるクルシュをダリオンは他の貴族たちに常に自慢していた。
だが、
「噴水が……止まっている」
絶えず水を噴き出していた噴水は、ただの水たまりと化していた。魔法をかけてからずっと止まることはなかったというのに。
「噴水や照明だけではございません! 魔法を使って起こしている現象が全て、消えております! 恐らく、結界の揺らぎが発生したのかと……」
「結界の揺らぎだと!?」
社交界でも、他の貴族から結界の揺らぎによる影響は聞いていた。
いつ結界が揺らぎ、魔法の効果が切れるか分からないという不安や、最近では魔法が切れて困ることに対して、物理的な対処をしているなどの話を聞いていたのを思い出す。
とはいえ、今までエルタナ家で魔法が途切れたことはなかったため、結界どうこう言っている貴族の魔法が大したことはないか、クルシュを含む屋敷の者たちの魔法レベルの高いからだと思っていた。
もちろん、ミーティアは別だが。
「今日の照明は誰が着けた?」
「わっ、わたくしでございます……」
ドレスを抱えた侍女――かつてミーティアに磨きの魔法を見せつけ、嘲笑った侍女――が、震えながら頭を下げた。
照明係だったミーティアがいなくなったため、彼女が屋敷中の明かりを灯したのだ。
クルシュは彼女を一瞥すると、軽蔑の眼差しを向ける。
「お姉様ですらもっと長く魔法を維持できたのよ? なのにお前の魔法ときたら……ちょっと結界が揺らいだだけでなによ。子どもですら使える照明も満足に維持できないお前など、このエルタナ家には必要ないわ」
侍女の目が、溢れんばかりに見開かれた。薄く開いた唇が、小刻みに震え出す。
「そ、そんなっ……結界の揺らぎが原因であれば、私にはどうしようも……それに私以外の魔法も消えて……そ、そうです! お嬢様の魔法も……」
「はぁ? 私の魔法は、お前の魔法と違って繊細で難しいの。影響を受けても仕方ないでしょ?」
「クルシュの言うとおりだ。お前は自身の実力不足を棚に上げ、クルシュの才能を貶した。クビだ。今すぐ荷物をまとめて出て行け」
「そ、そんな……」
とりつく島のない、一方的な解雇だった。
侍女がクルシュを見るが、
「そんなことよりお父様? 私、新しい靴が欲しいの」
とダリオンにすり寄っているのを見て、仕えていた主の記憶からすでに自分が消えていることを悟った。
これ以上は無駄だと判断した侍女は、持っていたドレスを握りしめたまま、部屋を飛び出そうとしたが、丁度部屋に入ろうとしていた執事とぶつかってしまう。
執事は何事かと目を丸くしたが、侍女は真っ赤になった目で彼を睨み付けると、握っていたドレスを押しつけ、走り去っていった。
「どうした?」
侍女の後ろ姿を見ていた執事だったが、ダリオンに用件を聞かれ、慌てて一礼をして入室する。そして笑みを浮かべると、クルシュとダリオンを交互に見た。
「旦那様、クルシュお嬢様! 今、神殿からの使者が、召喚状をお持ちになられました!」
「召喚状、だと!? まさか……」
「はい! クルシュお嬢様に神殿でお仕え頂きたいと!」
ダリオンは慌てて執事から召喚状を受け取ると、中を読んだ。表情を明るくしながら、クルシュに召喚状を手渡す。
そこには、クルシュを神殿見習いとして迎えたいこと、背信者から神子を取り戻すため、協力して欲しいこと、神子奪還の暁には、神子の世話係という役目を与えたいことが、書かれていた。
最後はこう結ばれていた。
『貴殿は数多くの魔法が使えると聞いている。それは、我らが崇める創造神に愛されている証。そのような人物こそ、神殿に、そして神子の側には必要だ。たった一つしか魔法が使えぬ背信者、ではなく』
「ふふっ……ふふふっ、あはははっ!!」
召喚状の文章を何度も読み返し、クルシュは高らかに笑った。
あの姉が、神子の側にいるなど烏滸がましい。
天才だと言われた自分こそが、相応しいのだ。
「お父様、私、神殿に行きます!」
「ああ、もちろんだ。いますぐ返事をし、準備をさせよう!」
ダリオンも大張り切りだった。
クルシュが神殿仕えをすれば、家の格も上がる。エルタナ家を更なる発展に導くことができる。
(やはり、この家に必要なのは、クルシュだ)
クルシュの神殿仕えを、今度参加する晩餐会で大いに自慢しようと、ダリオンはほくそ笑んだ。
そして……
「では、お父様、お母様、行ってまいります」
そう言ってクルシュは、神殿からの迎えの馬車に乗り込んだ。
家を離れる寂しさよりも、優越感が込み上げてくる。
自分は神殿に選ばれたのだと。
運で城仕えを得た姉とは違い、実力で、なるべくして選ばれたのだと。
馬車が動き出す。
その時、動きのない噴水が見えた。結界が揺らぎ魔法が切れたときから止まったのだが、その後神殿仕えの準備で忙しく、そのままになっていたのだ。
ここではクルシュしか使えない水を循環させる魔法。せっかくだからと、クルシュは噴水を見つめると、パチンと指を鳴らした。
が……
(え?)
いつもなら、それだけで水が噴き出るはずの噴水は、沈黙したままだった。
確かに、魔法を使ったはずなのに。
「クルシュ様。どうかされましたか?」
同行した女性神官が、クルシュに声をかける。しかしクルシュは慌てて首を横に振ると、
「なっ、なんでもないわ!」
とそっぽむいた。しかし内心、穏やかではなかった。どこか弱々しい声で、神官に尋ねる。
「今って……結界が揺らいでるの?」
「いいえ、そういうことはございませんが」
神官の目線の先には、魔法で創り出された明かりが輝いている。消えていないということは、結界が正常である証。
「そ、そう……」
クルシュはそう返すと、それ以上追求することはしなかった。
(ま、まあ……移動しながらだったから、効果が出なかっただけかも……)
そう言い訳しつつも、言い表しようのない不安が心を塗りつぶしていくのを感じていた。




