第10話 ヴェルドの思惑(別視点)
「くっそ……」
神官ヴェルドは、馬車の中で悪態をついていた。
先ほどのやりとりが繰り返し思いだされ、イライラが収まらないのだ。頭を掻きむしると、指に頭飾りが引っかかった。それを乱暴に引きちぎると、髪の毛を掻きむしった。
グレーの髪が抜け、指に絡みつく。
神殿は、圧倒的な権威を持つ。それは長い間続いていた。
王家は神殿に傅き、余程のことが無い限り、神殿の意向に従ってきた。
なので、王家よりも豪華で優雅な生活を送れていた……はずだった。
あの若造――アステリオ・ティグレ・ル・スプリオールが国王として即位するまでは。
アステリオは、王太子時代から、神殿のやりかたに反発をしていた。神子召喚に否定的で、他の方法を模索するよう、意見をしていたと神官長から聞いたことがある。
アステリオの前国王が亡くなったのも、息子の横暴を命をもって償ったからだと言われている。
しかし息子は、父王が亡くなっても表情一つ変えなかった。あろうことかさらに神殿への圧力を強めたのだ。
神子召喚の禁止を神殿に命令し、王家の命令に従わなければ、アステリオが保有する自軍にて征圧をすると脅してきたのだ。
神殿にも、軍はある。
しかしアステリオが所有するのは、国王直属の精鋭軍。まともにぶつかり合えば、神殿も無傷ではいられない。
だから表向きは、アステリオの命令に従うフリをした。彼が油断した隙を狙って秘密裏に神子召喚を行い、結界に力を与えようとしたのだ。だが……
(神殿に、間者が混ざっているということか……)
それも神子召喚の関係者――つまりそこそこ神殿内でも地位が高い者が間者である可能性があるということだ。そうでもなければ、ヴェルドたちとほぼ同じタイミングで、エルタナ家に乗り込んでこられるわけがない。
ヴェルドは憎々しげに下唇を噛んだ。
神殿で働く人間には、しっかりとした身辺調査が行われるはず。さらに上層部に入り込むには、そこそこ長く神殿に仕え、信頼を得る必要があるのだ。
(いつだ? いつ間者が潜り込んだ!?)
ヴェルドが知る限り、恐らくここ一、二年の話ではない。
間者の潜伏は、もっと長期で、計画的に行われていたはず。
もしかすると、
(あの男が王太子時代から、か?)
父王が急死し、アステリオが国王に即位したのが七年前。今よりもさらに若い、二十一才だった。
神殿に対し、高圧的な態度が取れるのも、若さ故だと考えられていた。時期、現実を思い知らされ、自身の過ちを認めて、神殿に屈するだろうと。
しかしアステリオの態度は変わらない。
どれだけ周囲に批判されようと、どれだけ民からの反感を買おうとも、自分に逆らう者たちを力でねじ伏せ、神殿に屈するどころか、さらに圧力を強めてきた。
間者を神殿内部に入り込ませたのがもし王太子時代からであれば……もう完全に認めるしかない。
あの男が、本気で神殿を潰しにきていることを。
それは、行き当たりばったりの計画ではなく、アステリオが今よりもずっと若い頃から密かに進めていた入念な作戦なのだと。
「神官長に報告せねば……」
唇を衝いた言葉に、鳩尾辺りが鉛を飲み込んだように重くなった。首の後ろが冷たくなる。
神官長に今回の件を報告するということは同時に、神子を奪われたことを報告しなければならないということ。
ヴェルドを信頼し、重要な役目を任命した神官長に、どう釈明をすればよいのか。
間違いなく、ヴェルドの信頼は落ちる。神官長補佐として、恵まれた生活が出来ているというのに、他の神官たちのように下働きをさせられるなど、まっぴらごめんだ。
どちらにしても、神子は奪われた。それは覆すことの出来ない事実。
ならば、
(何としてでも、神子を取り戻さなければ……しかしどうすれば……)
ぐっと両手を握ったとき、ヴェルドの目の前が輝いたかと思うと、丸められ、紐でくくられた書簡が現れた。
エルタナ家に残して置いた密偵からの報告書が、魔法で送られてきたのだ。
中を見て、ヴェルドは目を見開くと、紙を握りつぶした。
密偵からの報告書には、神子とエルタナ伯爵の長女ミーティアが城に迎えられる旨が記載されていた。ミーティアに至っては、神子の世話係として迎えられるのだという。
揺るぎなき意思を宿した青い瞳で睨み付けながら、生意気にもヴェルドに刃向かってきた女の顔が脳裏を過った。
邪魔する者たちを表情一つ変えずに切り捨てていった冷酷王が、息を切らして守った女の顔が――
「エルタナ卿の長女だと、言っていたな……」
ぽつりと言葉を洩らす。
それと同時にエルタナ伯爵が、娘を神殿で働かせるため、高額な寄進をしていたことを思い出す。
エルタナ伯爵の傍にいた美しい令嬢――恐らくあの生意気な痣女の妹――のために。
姉が神子の世話係になったのなら、
(妹の存在は……使える)
手の中で丸まっていた書簡をビリビリに破くと、ヴェルドは口角を上げた。




