第十四話
「ここから先は『愛し子』様のみ立ち入りが許可されています。護衛の方はご遠慮ください」
「ですが…!」
「大丈夫、妃殿下には私がついているので。きちんと護衛しますよ」
「アーヴァイン卿がそうおっしゃるのでしたら…」
ステラの護衛は随分と渋ったが、武のアーヴァイン公爵家嫡男である僕以上の護衛は国内外を探してもそう多くは見つからないので、大人しく引き下がる他ない。
禁書庫は、基本的に管理人と王族しか立ち入ることができない。今回は僕とステラが愛し子だからという理由で特別に立ち入りを許された。そのため、ステラについている護衛は中に入ることが出来ない。当然と言えば当然だ。
「それではどうぞこちらへ」
管理人は厚い鉄扉を開き、僕たちを中へ招き入れる。
扉の先は、外の光が一切入ってこない作りになっていて、明かりは各々が手に持っているランプだけ。とは言え王城内であることには変わりないのできちんと足場は整備されているし、通路も狭くはない。
「こちらが禁書庫になります。この部屋にある書籍は全て閲覧していただけますが、あの扉の先は国王陛下のみが出入りできる場所となっておりますのでお気をつけください」
「分かったわ。アーヴァイン卿、調査を始めましょう」
「はい、妃殿下」
僕とステラは禁書庫の中をくまなく探し、精霊に関する本を片っ端から調査した。やはり、大図書館の書籍とは書かれている情報の重要度が違う。歴代の愛し子がどの精霊の加護を受けていたのかなど、一般人は知ることが出来ないものばかりだ。
「妃殿下、こちらを」
「…これは、建国史?」
「そのようです。ここを見てください」
巻頭、1ページ目に他よりも大きな字で書かれた文字を指差す。
「『我がルピナスは大精霊の力を借りて立ち、愛し子の力を貸して民を治める』 …つまり、ルピナス王国は大精霊の力を借りて作られて、その加護を受ける人間の力を使って民を導いているということかしら」
「おそらくは。でもよく見てください、この挿絵、おかしいと思いませんか?」
その挿絵は、大精霊が人間に加護を与えている様子を描いたものに見える。おそらくは、ルピナス王国が作られた時の様子、つまり初代国王が加護を受けている時のものだ。しかし、この絵はおかしい。
「…黒いわ。大精霊の髪が真っ黒だなんて、確かにおかしいわね」
「大精霊の髪はいつも銀色、ないし光の当たり方を鑑みても白銀でした。それならこれは、誰なんでしょう」
大精霊ピシュル様は綺麗な銀髪の持ち主である。ノーランの側で10年以上を過ごし、何度かピシュル様にお会いしたことがあるのだから間違いない。にもかかわらず、この挿絵に描かれている『大精霊』は真っ黒の髪を持っている。
「これだけでは詳しい事は分からないわね。もう少しこの大精霊について書かれているものがないか探しましょう」
それから禁書庫の中を調査すること数時間。今度はステラが声を上げた。
「見つけたわ! あの姿見のものと同じ、逆さの教書と狼の紋章!」
「これは…」
ステラが見つけた本のタイトルは「精霊信仰」
ルピナスにおける精霊信仰の歴史を綴ったものだ。あの紋章について書かれているのはわずか1ページのみだが、確かに姿見の紋章と同じものが描かれている。
「『信精教。ルピナス建国の立役者自らが教祖となり立ち上げた宗教。大精霊こそ絶対的存在であり、その力を利用して民を惑わす権力者は悪とされている。王家にとって危険な思想のため、解体に向けて動いているが本拠地や現教祖の素性など不明な点は依然多い』…信精教って確か」
「ラトソル男爵が多く取引していた宗教組織ですね。そんな組織の物がどうして客室に…」
本来、王城で使用されるすべてのものは、1度厳格な審査が行われる。王家に仇をなす危険因子を少しでも減らすため、王族が使用するに相応しい品質かどうか確かめるためなど、理由はいくつかあるが。
ノーランとステラが使用している客室の調度品ももれなく審査を受けているはずだ。国の威信を保つためにも、客室に置かれるものには気を遣われているのが普通。なおさらあの姿見がなぜ客室に置かれていたのか分からない。
「とりあえずこれも殿下に報告ね」
「そうですね。すみませんが、これを写して持ち出すことは可能ですか?」
禁書本体を外に持ち出す事はできないだろう。もしも持ち出すことができるのであれば、それは禁書扱いされること自体に矛盾ができてしまう。
しかし、ノーランに説明するためにはやはり何か書いたものがあったほうが良い。写しなら、という一抹の期待を持って管理人に交渉してみた。
「構いません。陛下からは『愛し子様がなさりたいことに最大限お応えするように』と仰せつかっておりますので。どうぞこちらをお使いください」
気の利く管理人はインクとペン、紙をテーブルの上に用意した。
まさか本当に写しが許可されるとは思わなかったが、ここはありがたく利用させてもらう。
しかし、国王陛下までもが愛し子という存在をここまで崇めているのは、こちらの立場としては少し複雑な心境である。いくらルピナスが精霊信仰に厚い国だとはいえ。
ステラは2冊の本から必要箇所を丁寧に模写した。僕は、文字ならともかく絵を写すのは不得意なので、ステラがいてくれて何よりだった。
完成した模写は、小さく折りたたんで懐へ収めた。写しとはいえ禁書に書かれていた内容と同じものなので、不用意に他人の目に晒すことなどあってはならない。これは、部屋に戻ってノーランと共有することにしか使わない。
再び暗い通路を歩いて戻ると、すでに晩餐まであと少しという時間になっていた。少なくとも4時間は禁書庫で調査をしていたということになる。
「妃殿下、私はこのまま王太子殿下の元へ報告に参ります。妃殿下は身支度の準備へ」
「分かったわ。あとはよろしくね」
ステラはずっと扉の前で待っていた護衛に任せ、ノーランの待つ部屋へと歩き出した。




