第十五話
ノーランが執務室代わりに使っている部屋は、客室から少し離れたところにある。クロサイトにいる時と近い環境で作業できるよう、ルピナス側が配慮してくれた結果だ。
「というわけで、つい先ほど調査を終えてきた。ステラは晩餐会の準備をしに部屋へ戻ったよ」
「そうか、ありがとう」
王太子妃であるステラは、この訪問の間に人脈を築くため社交にも力を入れている。いずれクロサイトの王妃としてノーランの隣に並び立つために、今のうちからその準備は欠かさない。
「とりあえず、説明をするからこれを見てほしい」
ノーランの机に、懐から出したあの写しを置いた。瞬間、ノーランは顔を歪める。
「…もしかして」
「あぁ、そのもしかして、だ」
ノーランは再三、禁書庫から書籍を持ち出す事はできないからな、と釘を刺していた。下手すれば、情報を盗んだとして国家間の問題となってしまうからだ。
それなのに、目の前にこんなものを置かれたら、いくら幼い頃から次期君主として教育を受けてきたノーランでも表情は崩れる。
「大丈夫だ。国王から写しを取る許可は降りているから」
「…それならまぁ、いいんだが」
「まず、ルピナスの建国にはクロサイトと同様に大精霊が関わっていることが分かった。そしてその横に描かれていた挿絵だが、おそらく大精霊として描かれている人物をよく見て欲しい」
「…黒髪、いやそんなはずは」
「そうなんだよ、ピシュル様は銀髪だ。どう考えてもおかしい」
「それと、ステラが見つけた紋章の正体が分かった」
「信精教、この一致は偶然か、必然か…」
姿見の後ろに描かれていた紋章の組織、信精教団。ラトソル男爵がルピナスで最も頻繁に取引していた組織でもある。どうしても、あの事件と無関係とは考えにくい。
「ピシュルと連絡が取れれば、聞きたいことがたくさんあるんだが…」
「…もしかしたら、教会なら多少意思疎通ができるかもしれない」
愛し子のティルスは、教会は精霊の祝福に包まれていると言っていた。クロサイトの王城にピシュル様の加護がかけられているのと似たようなものか。
そして、ティルスは精霊の祝福の影響で、精霊との意思疎通は他の場所よりしやすいとも言っていた。僕はルリと話すことはできなかったが、ノーランと大精霊であるピシュル様であれば可能性は僕とルリよりも高い。
「急ぎ教会への訪問を調整してもらえるか? できればステラも一緒に行ける日が良い」
「分かった。あとで伺いを出しておくよ。ティルスは何かあればいつでも連絡してと言っていたから、きっとすぐに応じてくれるはずだ」
そしてその訪問は、想定よりも早く実現することとなった。
「お初にお目にかかります、クロサイト王太子殿下、王太子妃殿下。ティルスと申します」
「あぁ、話はアーヴァイン卿から聞いている。今日はよろしく」
「よろしくお願いしますね、皆さん」
2週間前と同じく、ティルスの側にはルピアが張り付いている。一方で、クレイヴは前回の時よりもどこか緊張しているようだ。
「本日は聖堂の見学をご希望とお伺いしておりますが…」
「その通りです。妃殿下がルピナスの聖堂に興味をお持ちでして。もうひとつ、ティルス様たちにご協力願いたい件についても説明させていただきますね」
ティルスとクレイヴは、協力して欲しい件とは、と不思議そうな顔をした。これは教会側に知られるべきではないと判断したため、訪問の伺いを立てた時には明記しなかった。同じ愛し子である3人になら、とそう思っている。
「先日もご相談しましたが、依然精霊たちと連絡が取れない状況が続いています。今回はおふたりと精霊の連絡を目的にして訪問をしました」
「そういったご事情でしたか。場所は聖堂が適しているかと思いますので、聖堂の視察の際にお時間を設けさせていただきますね」
ティルスは理解が速く、非常に気の利く人間である。不必要に踏み込まず、必要な情報を選んで渡してくる。平民である彼女が高度な教育を受けてきたとは考えにくいが、彼女自身が元から持っている聡明さのような気がする。
「そういえば、前回から少しだけ調査が進みました。こちら、皆さんもご存知でしょうか」
「…信精教団」
「どうしてこれを…」
「……」
ティルスたちの反応は、三者三様だった。1番最初に反応を示したのはクレイヴ、そして次はティルス。ただ目を大きく見開き、息を飲んだあとに黙り込んだのがルピア。
「ルピア様が大精霊の力が宿っていたと仰った破片の裏側に描かれていた紋章です。この宗教団体について、何かご存知ですか?」
「…知ってはいます、教会や愛し子と正反対の理念や思想を持っている存在ですから」
それから、ティルスは信精教団について話してくれた。精霊の加護を受ける人間を愛し子として教会で囲っている現状をよく思っていないこと。特に愛し子の権力や影響力を利用して政治を行っている王家に反感を持つ者が多いこと。この国において、古くから存在している組織であること。そして、ある精霊を崇め奉っていること。
「その精霊というのは、どのような者なのですか?」
「詳しいことは私にも分かりません。情報の信憑性に疑問はありますが、その精霊は人間界に干渉をしているという話を耳にした事はあります。それ以外には聞いたことがありません」
僕とティルスが話している間、クレイヴとルピアは一言も話さなかった。ルピアは、その話を恐れながら聞いているような雰囲気すらした。まだ少年と呼ばれるほどの年齢にしか見えないルピアにとっては、自分に危害を加える可能性のある集団が存在しているということに、恐怖を覚えているとしても不思議はないし、むしろ健全な未成年の感情として当然である。
「ティルス様、聖堂の準備が整いました」
「分かりました。皆様、ご案内いたします」
外から聖職者が声をかけてきたので、ティルスの先導で聖堂へと向かう。今日のメインはここからだ。




