第十三話
ルピナスの王城には、2つの図書館がある。1つ目は、王城関係者なら誰でも利用できる大図書館。2つ目は、禁書庫。
「はぁ、広いな」
「もしかするとクロサイトのものより広いかもね」
大図書館という名に相応しく、見渡す限りの書籍。ステラの他にも何人か従者を連れてきているとはいえ、さすがに全てを滞在中に調査しきるのは不可能だ。
「何かお探しですかね?」
「えぇと、あなたは…」
「これはこれは、失礼致しました。ここで管理人をしておる者です。お目当てのものがあるようでしたら、ご案内させていただきますよ」
声をかけてきた管理人は、背の小さな老人だった。
「この国における精霊の歴史について知りたいのです。精霊に関する本はどこにありますか?」
「こちらです。どうぞ、ついてきてください」
老人が案内したのは、大図書館の中でも目につきにくい場所。
その壁一面を埋め尽くす本には、題名のついていないものが半数ほどあった。
「ここにある本は全て精霊に関するものですね。一部『愛し子』様に関するものもありますが」
「ありがとうございます。また何かありましたらお声がけさせてもらいますね」
「えぇ、お気軽に」
僕たちはまず、精霊の歴史に関して書かれていると思われる本を中心に調査を始めた。何よりも、ルピアが言った大精霊について何かヒントがないかと思ったからだ。
「まぁ、そんな簡単に見つかるわけないんだけど、ね」
ステラの言う通り、たった1日の調査で見つかるとは最初から考えていなかった。こういう類の調査は地道にコツコツと虱潰し的に進めるしかないのだから。
「それにしてもすごい量の本ね。特に精霊に関するものが多すぎるくらいだわ」
「確かに他のものと比べても際立って多いな。それだけ研究が進んでいるということか…」
「いや、でもね、ここに書かれている内容はクロサイトでも同じように知られていることばかり。これ以上の調査は任せてもいいかもね」
ステラの提案に乗り、残りの調査は従者たちに任せることにした。
そして大図書館を出た我々は、その足でノーランのいる部屋を訪れた。
「ノーラン、ステラよ」
「どうぞ、入って」
ノーランは机で書類と戦っていた。
王太子である彼は、会談のために来ているルピナスでも多くの仕事を処理しなければならない。ある程度は出発する前に大急ぎで詰め込み終わらせてきたが、急を要するものなどからはどうしても免れない。
「ノーランに頼みたいことがあって来たの。禁書庫の閲覧許可が欲しい」
「…それは、またすごいことを言い出したね。他国の禁書庫なんて普通は入れないよ」
「承知の上だよ。あの紋章のことも、大精霊のことも、調べるには大図書館では不十分だけど禁書庫ならって、そう思うんだ」
ノーランは目を閉じて大きく息を吐いた。彼が考えを巡らせるときにする癖のようなものだ。
「分かった。一応交渉はしてみるよ」
「ありがとう!」
「ただし、保証はできないよ。さっきも言ったけど、他国の禁書庫には入れないのが普通だからね」
「もちろん。それは理解している」
側にいた従者はノーランの指示ですぐに動いた。国王との面会許可を取るために。
「僕もね、早く事件を解決したい思いは同じだから…」
それから、この件に進展があったのは1週間後のことだった。
突然ノーランに呼び出され、禁書庫への立ち入りと禁書の閲覧許可が降りたと告げられたのだ。
「そんなことってあるのか?」
「いや、普通はあり得ない」
「それならどうして…」
「なんでも、僕たちが『愛し子』様だからだってさ。そんな理由で許可を出していいのかと思わなくはないけどね。今回はありがたくこの権力を使わせてもらおうか」
「あぁ、そうだな」
どうやら、僕たちが愛し子であるために本来は降りないはずの許可が降りたらしい。精霊信仰の厚いこの国ならではというべきか。
「立ち入りは明日からだ。当然、禁書の持ち出しは厳禁だから気をつけて」
「分かってるよ」
禁書とは、一般人の目に触れてはならない内容が書かれているために、国が厳重にその閲覧を制限、管理している書籍のことだ。例えば、猛毒について書かれたものや、国家機密に関わる情報が書かれたものなどだ。僕とステラは、禁書庫の中に精霊について書かれた本が他にもあるとみている。これだけ精霊信仰の厚い国なのだから、重要な情報の1つや2つ持っていても不思議ではない。むしろ当然まである。
僕たちが禁書庫で調べたいことは大きく分けて2つ。
1つは、先日ステラが見つけた紋章についてだ。この王城の使用人に聞いたところ、あの姿見は随分と昔からここで使われていたもののようなので、もしかしたらあの紋章について書き残された本があるかもしれないと考えている。
もう1つは、大精霊についてだ。現状世界の常識として、大精霊はこの世にただ1人、ピシュル様だけだ。しかし、姿見に宿っていたのが大精霊で、それがピシュル様でない以上、他にも存在していると考えるのが筋である。今は忘れられた、第2の大精霊についても調べたい。
ひと通りノーランとの会話が終わり、退室しようとした瞬間、背後から声が飛んできた。
「ジェフ、ちょっと今いいかな」
「大丈夫だが、込み入った話?」
「うん、まぁね」
振り返り、視界に入ったノーランの顔は、複雑な感情を写していた。すぐに、内容を察した。
「ステラのことなんだ。ジェフも薄々気がついていたと思うけれど」
「あぁ、どうも今日は様子がおかしかった。なんというか、いつものような明るさがないというか…」
「そう、今日の未明からなんだ。まだ夜が明ける前、ステラが飛び起きたのに気がついて僕も起きたんだ。ステラはあの日から夢見が悪くて、時々今日のように起きては過呼吸になったり涙を流したりしている」
「そうだったんだな。無理もないけど」
頷いたノーランは続ける。
「どうやら今日は特段酷い夢だったみたいで、いつもより気落ちしているように見えるんだよ」
「まだ数ヶ月しか経っていないし、リアも目を覚ましていないからな。よほど心に効いたんだろう」
「ジェフも、気をつけて見てあげて欲しいんだ」
「分かった」




