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32 修学旅行

 道の駅のフードコートで沖縄そばの食事を終えた俺たちは、店を見ることにした。

 ゴーヤやヘチマが並ぶ農産物売り場。

 かまぼこ屋に饅頭屋、伝統菓子専門店、琉球ガラスの店、土産物屋……。

 だが、眞帆子は何が欲しいとか言わないし、足を止めて見ることもない。

 少しでも興味を示したものを買おうと思っていたのだが。

 土産物屋の前で足を止め俺はついに言った。

「なんか欲しいものはない? せっかく沖縄に来たんだし。」

「元々沖縄に来るつもりはなかったのに、お土産など買えません。」

 水族館にいた時とは全く違う硬い表情の眞帆子の口から出た言葉に、俺は今日何度目になるかわかならいしまったを心の中で叫んでいた。

 そうだった。彼女の意思で来たわけではないのだ。ダールに知らない間に連れて来られ、逃げて、助けられてここにいるのだ。

 そんな嫌な場所の土産なんか買いたいはずがないのだ。

 俺は自分の浅はかさに嫌気がさしてきそうだった。

「ごめん。」

 俺は謝るしかない。

「どうして、謝るんですか。浅戸さんは何も悪くないのに。」

「無神経だったから。悪かった。」

「ごめんなさい。」

 眞帆子は歩き出した。俺は後を追った。すぐに追いつく速度だった。

「浅戸さんが自分の休みを使ってくださってるのに、こんなこと言って。」

「いや俺の方が悪いんだ。」

 眞帆子は足を止め、俺を見た。

「いえ、私です。私が増長してたんです。本当なら、浅戸さんと一緒に歩くのも憚られるような卑しい女なのに。それがたまたま兄に見つかって普通以上の暮らしができるようになって。なんてあさましいことでしょうか。浅戸さんの素直な行為を受け入れられないなんて。」

 俺は眞帆子の凄まじいまでの自己評価の低さを垣間見た気がした。卑しいとかあさましいとか、一体いつの時代の言葉だ。一体、今までどれだけの人間が彼女にそんなことを言ったのか。

「遠藤、いや紅林さん、自分をそんなにいじめなくていいよ。」

 俺は立ちすくむ眞帆子の手を握った。いつまでも同じところに突っ立っていたら通行の邪魔にもなる。

「行こう。」

 眞帆子の手を引いた。俺の手のひらはたぶんじっとり汗で濡れていただろう。

 連れて行ったのはすぐそばの土産物屋。

 キーホルダーやストラップといったさほど高価ではないものが店先に並んでいた。

「俺が買いたいんだ、紅林さんに。あなたがいらなくても、俺が買う。」

 俺は眞帆子を見た。

「手を離してもらえますか。逃げませんから。」

 その声に俺ははっとした。

「ごめん。」

 手を離した。離した途端に胸がドキドキしてきた。普通逆じゃないだろうか。

 俺は眞帆子を見た。俺から視線を外し、吊下げられた土産に目を向けていた。

 眞帆子の目が一点を凝視した。俺もそれを見た。

 それは箸だった。紅型という沖縄独特の文様が上部分に印刷された塗りの箸だった。二組入っているからお買い得かもしれない。

 俺は手を伸ばして箸の入った袋を取り、レジに向かった。

 値段を見ていなかったが、幸い、千円札でおつりの出る額だった。ほっとした。これなら眞帆子も気を遣わない。

 店の外で待っていた眞帆子に袋ごと渡した。

「はい。これは俺から。沖縄土産だ。」

「ありがとうございます。」

 まだ少し硬い表情だった。

 俺達は近くの自販機に行き、さんぴん茶のペットボトルを買った。そろそろ水分補給しないとまずい。日差しの強さが半端じゃない。

 海の見えるベンチに座った。眞帆子は少し離れて隣に座った。白いレジ袋を膝の上に載せてそれが飛ばされないように片手で押さえている。小さいお土産袋が飛ばされそうな風が吹いていた。

 やはり大きなぬいぐるみとかならよかったかもしれないと思った。あれなら飛ばされない。

「水族館で何か買えばよかったな。あそこにしかないものもあったのに。」

「見られただけで十分です。水族館て初めてで。」

「俺は、三度目かな。修学旅行で大阪に行った時に。あっちの水族館もでかい水槽だったな。あれ、山商も修学旅行関西だよな。水族館はコースになかったんだ。」

「……修学旅行行かなかったんです。」

 しまった! 俺は本当にアホだ。もう何も言うな、俺、と言いたかった。

「すまない。」

「え? 大したことじゃないですよ。私の他にも行かなかった人いるし。」

 大したことだろうと言いたかった。修学旅行なんて高校生活最大のイベントじゃないか。

 恐らく経済的事情だろう。俺の学年でも行けないのが何人かいたから。

 だから、子どもみたいに喜んだのだ。

 なぜ気付けなかったのか。俺はつくづく自分が情けない。

「新聞配達もあったし、それに学校に行って勉強もできたし。自習の監督に来るのは他の学年の先生で、めったに話せない先生と話ができて面白かったですよ。」

 なんでもないことのように眞帆子は言う。だがそれがそのまま事実とは限らない。

 前にいい人ばかりですと電話で言っていたけれど、それだって本当かどうか。

 つくづく俺という男は愚かだと思う。

 言外の意味に気付けないなんて。

 様々な言葉で傷つけられてきた眞帆子は他人を傷つけないように気を遣ってきたに違いなかった。

 卑しいとか、あさましいとか、他人からの呪いのような言葉を受け止め、自分を卑下しながら。

「それにね、行かなかった私にもクラスの皆がお土産を買ってきてくれて。おいしいお菓子で、家で母と食べたんです。」

 「行けなかった」はずなのに「行かなかった」と眞帆子は言う。

 俺は限界だった。こんな話はもうごめんだ。

「それじゃ修学旅行だ。」

「え?」

 眞帆子はまじまじと俺を見つめた。

 俺は立ち上がり眞帆子の腕をつかんだ。

「行こう。時間いっぱい、修学旅行だ。」

 駐車場に行くと運転手が待ち構えていた。食事は終わったらしい。

「修学旅行生がよく行く場所ってどこですか。」

「首里城とか沖縄村ですかね。ひめゆりの搭とか。」

「日没までにまわれるところお願いします。」

「はい、承りました。」

 眞帆子は何も言わずにうつむいた。




 それから俺たちは沖縄村だの首里城だの国際通りだのめぼしい観光地を回った。

 日没までに戻れそうもないので南部のほうには行かなかった。

 俺はとにかく、眞帆子を連れまわした。

 沖縄村でハブを見たり、国際通りにある喫茶店に入ってぶくぶく茶を飲んだり、目いっぱい動きまわった。

 眞帆子は黙ってついてきた。

 楽しいのかどうかわからない。だが、沖縄村で頭に泡盛の一升瓶を乗せてカチャ―シーを踊るオバアを見た時に微笑む彼女を見たら、連れてきてよかったと思えた。

 宿泊先のホテルへ戻る車中には西に傾く太陽から光が差し込んだ。

 少し日焼けした眞帆子は光きらめく海を見つめていた。

 



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