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26 前門のピストル、後門のヘリコプター

 岬への道を逆行し、国道に出た。

「北へ行ってもらえませんか。」

 紅林眞帆子は申し訳なさそうな声で言う。

「わかった。」

 俺はとりあえず今まで通って来た道を今度は逆に走った。

 那覇とは反対方向だが仕方ない。

 事情はわからないが、彼女は誰かから逃げているのだ。

 しかもめったに人に頼みごとをしない人間がわざわざ北へと頼んでいる。これにはきっと深い事情があるに違いなかった。

 できるだけスピードを出して俺は車を走らせた。

「浅戸さんの知り合い?」

 鳥越が彼女に尋ねる。好奇心の強い男だ。

「はい。前の職場でお世話になりました。」

「もしかして事務?」

「はい。」

 少し落ち着いたのか、声の調子がしっかりしている。

「こっちの人じゃないよね、旅行?」

「え、まあ。」

 彼女は明らかに困っていた。

「鳥越君、疲れてるみたいだから、あんまり……」

「ごめん、ごめん。」

 鳥越も気付いたようだった。

 紅林眞帆子は困ったことに巻き込まれたらしい。それも人には話せないことだろう。

 俺はどうしたものかと考えた。このまま北へ行くのはいいが、どこまで行けばいいのか。

「あ、ヘリコプターだ。」

 鳥越が窓の外を見た。

 ちらっと見ると、海岸沿いの道を走る俺たちの車に併走するようにヘリコプターが飛んでいる。米軍のものではないようだ。結構大きい。

 彼女はそれを見て、怯えたようにつぶやいた。

「追われてる?」

「追われてるのか。誰なんだ。」

 彼女は言った。

「ダール。モハメドのお兄さんです。」

 モハメドの兄? そんな兄さんがいたとは知らなかった。

「なぜ追われてるんだ?」

「それは……」

 どうやら言えないことらしい。




 俺はヘリコプターが追えないように国道から細い道に入った。民家が多く電信柱や送電線があるからヘリコプターは低いところを飛べないはずだ。

 暑い盛りなので誰も歩いていない狭い道を走った。道は舗装がところどころ傷んでいて走りにくい。それでもなんとか車一台分の横幅しかない道を走り抜けた。

 だが、地理不案内の悲しさで、車は海岸近くに出てしまった。堤防で行き止まりだ。

 見ると、ヘリコプターは近くの砂浜目指して着陸しようと高度を下げていた。

 俺は車をバックさせて、元の道に戻ろうとした。だが、引き返そうとする狭い道に外車が入って来た。色は黒で威圧感が半端ではない。

 眞帆子は叫んだ。

「ダール!」

 車のドアが開いてかりゆしの男達が二人出て来た。最後に背広の大男が出て来た。

 プロレスラーのような体格だが、髭と頭にかぶったカフィーヤという頭巾で、モハメドと同じ地域の人間らしいとわかった。

 眞帆子は後部座席で震えていた。よほど恐ろしい思いをしたらしい。

 かりゆしの男はよく見ると日本人ではなかった。鼻の下に髭をたくわえている。

 彼らはなんとピストルをこちらに向けていた。

 ここはどこなんだ。日本国内じゃないか。それなのに、どうして白昼堂々ピストルを持った外国人がいるのだ。

 しかも車の背後の堤防の向こうの砂浜には今しもヘリコプターが着陸しようとしている。

 鳥越が振り返る。

「ヘリからも来た。三人だ。」

 前門のピストル男、後門のヘリ、絶体絶命だ。

 ピストル男がじりじりと近づいてくる。

「私降ります。」 

 眞帆子が言った。怖くてたまらないはずなのに。

 降りたらきっとあの男達に連れ去られてしまう。

 どう見ても、彼らが眞帆子を大事にしてくれるとは思えない。

「降りんでいい。」

 俺は言った。

「スコップ取ってくれ。」

 後部座席の後ろには仕事の道具が置いてある。眞帆子からも手が届くはずだ。

 その意図を察したのか、眞帆子は後ろに手を伸ばし、スコップを取った。レーキも。

 眞帆子は座席の間からスコップを俺に渡した。

 スコップもとりあえず金属だ。武器になる。

 作業員になった頃、山の中の現場で、工事中に若いイノシシが出た。逃げる俺たちを尻目に、五十過ぎた作業員がスコップでそれを打ち殺してしまったことがある。

 今思えば恐ろしいことをしたものだと思うが、スコップにはそれだけの威力があるのだ。もちろん使う人間の技量によるところは大きいのだが。

 ちなみに、イノシシはその夜、現場作業員一同でおいしくいただいた。

 眞帆子はレーキをつかんでいる。これもとりあえず先は金属だから、武器にはなる。

「俺のは?」

 鳥越の声が終らぬうちに、俺たちの車の背後に堤防を乗り越えた男達が走ってきた。

 いよいよまずい。

「外に出るなよ、鳥越。何かあったら証言頼む。遠藤も伏せて。レーキは最後の手段だ。」

 俺はスコップを手にドアを開けた。

 少しでもここで時間稼ぎがしたかった。もしこいつらが拳銃を撃ったら、音で近所の家から通報がいくはずだ。それまで少しでも時間を稼がなければ。

 場合によってはこいつらをスコップで叩きのめしてやる。

 その覚悟で開けたドアを閉めた。




 男達は俺に銃口を向けた。

「その女を出せ。」

 青いかりゆしの男が言った。その背後でプロレスラー背広男が何やら外国語でまくしたてた。

「彼女はこの方の婚約者だ。」

 かりゆし男が翻訳した。

 だが、本当に婚約者なら眞帆子が逃げるわけはない。

「本当にそうなのか。」

 俺はかりゆし男を見つめた。男の表情が少し動いた。やはり違うようだ。

 その時だった。

 俺の背後に人が立った。車の右と左にもそれぞれ一人ずつ。

 万事休す。俺はここで取り押さえられ、眞帆子は連れ去られるのだ。

 だが、なんだかおかしい。プロレスラー背広男が後ずさった。

 俺の後ろに立った男が何か外国語で叫んだ。俺は恐ろしくて振り返ることもできなかった。

 言っている内容はわからないが、その口調の厳しさから、碌でもないことのような気がした。

 もしかして、俺の後ろにいる奴のほうがプロレスラー背広男のボスなのか。

 ラスボスはこいつなのか!

 かりゆし男二人が急にピストルをウェアの内側にしまった。何か詫びのような言葉を発していた。

 俺にではない。たぶん、俺の後ろのラスボスにだ。

 三人は黒い外車に向かって走り乗りこむや否や、凄い勢いでバックしていった。道路の左右のブロック塀に大きな車体をぶつけないのは大した運転テクニックだと感心してしまった。

 だが、まだラスボスがいる。

 俺はスコップを右手に握り締め、ゆっくり振り返った。

「もう大丈夫です。」

 ラスボス、いや、モハメドがにっこり笑ってそう言った。

 一体、これは何のドッキリなのだ。





スコップ一本でイノシシを倒した人の話は実話です。

ただし、普通の人には不可能です。

山でイノシシに遭遇しても、決してスコップだけで立ち向かうようなことはしないでください。

奴らはぶつかった車を壊すほどの破壊力を持っています。


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