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27 いづこも同じ

「ラマダン逃れです。」

 モハメドは言った。俺と眞帆子は彼の向かい側のソファに座ったまま、その言葉を聞いていた。

 ここは沖縄のとある高級リゾートホテルの一室。一室と言ったが、五つの部屋のある客室の中の一つ。リビングルームとかいうらしい。

 この部屋だけで俺が今いる宿舎の個室が十個くらいは入りそうな広さだ。

 窓の外にはエメラルドグリーンの海と青い空。だが中は空調がきいてほどほどに涼しい。

 あれから、俺と眞帆子はモハメドと二人の従者とともにヘリコプターに乗せられこのホテルのヘリポートまで連れてこられた。

 鳥越にはスコップとレーキと車を会社に戻してくれるように頼んでおいた。

 モハメドの従者は鳥越に何か封筒を渡していた。恐らく口止め料と謝礼だろう。

 ヘリコプターに乗ったのは初めてでとても景色を楽しむゆとりはなかった。実際、ヘリコプターに乗っている時間もそれほど長くはなかった。

 ヘリポートはホテルの屋上にあり、そこからエレベーターでこの部屋のあるフロアに直接下りた。

 俺達が従者に部屋に通されている間、モハメドはどこかに行っていたが、すぐにこのリビングにやって来た。

「浅戸さんの会社には明日も休めるように連絡しました。紅林さんにも連絡を入れました。幸次郎さんは大変お喜びです。」

 眞帆子はほっとした顔になった。

「ありがとうございます。お世話になりっぱなしで。」

 俺も礼を言わなければならない。銃口を向けられたところを助けられたのだから。

「ありがとう。どうなるかと思ったよ。」

「どういたしまして。」

 モハメドはそう言った後頭を下げた。

「こちらこそ、紅林嬢にはご迷惑をおかけしました。浅戸さんもわけがわからなかったのではないですか。本当に申し訳ありません。」

「実のところ、どういう状況か、よくわからない。一体、あの男は何者で、どうして遠藤、じゃなかった紅林のお嬢様を追いかけてたんだ。」

 俺は疑問をぶつけた。

 眞帆子は何か言おうとしたが、モハメドがそれを目で制した。

「身内の恥をさらすようで申し訳ありません。先ほどの男は私の兄ダールです。」

 その後、モハメドは冒頭の言葉を口にし、さらに話を続けた。




 ラマダン逃れ、といってもぴんと来ないかもしれませんね。

 そもそもラマダンとは何か、日本の方にはわかりにくい話だと思います。

 ラマダンとは断食月。つまり飲食を断つ月、ということです。

 イスラム暦の話をするとややこしくなりますので、簡単に言うと一年の間に一か月、ラマダンがあります。

 もちろん、一か月間ずっと飲まず食わずと言うのは無理です。日の出から日没までの間は飲食が禁じられるのです。それ以外の時間は飲食できます。

 その期間は、飲食だけでなく、女性と親しくすることも禁止されます。喫煙もいけません。

 一か月間、ムスリムは全世界で同じ体験を共有するのです。

 ただし例外はあります。病人や妊産婦、乳幼児は当然です。重労働をする者も。それから旅人も。

 というわけで、この期間、国外を出てムスリムのいない国に行き、ラマダンを逃れようとする不心得者もいます。

 私の兄ダールもそれをやったのです。

 今年はちょうど昨日からラマダンに入りました。

 兄は一昨日、国を出て日本に向かいました。 

 兄は国にいる頃から何かと問題を起こしていました。借金をしたり、女性の問題を起こしたり、アルコールを飲んだり。

 日本に向かったのは恐らくラマダンから逃れるためだろうと一族の長老は察したのです。

 日本に滞在している私が一族の長老から頼まれて兄を追って来ました。

 兄の足取りをつかむのは簡単でした。日本には兄とよく悪さをしていた仲間がすでに住んでいて、そこを頼ることはわかっておりました。

 問題はその仲間です。

 紅林眞帆子さんはよくお兄様の幸次郎さんと石油業界関連団体のパーティに出ておられました。お兄様はそういう世界に慣れさせようとするおつもりだったのでしょう、またあわよくば配偶者を見つけられるようにという心づもりもあったのでしょう。

 私としてはあまり感心しないことだと思っていますが。

 なぜなら、そのパーティには、ダールの仲間もいたのです。彼らは我が国の国営原油管理会社の社員でありましたから出入りができたのです。

 そういう人間もいるのですから、私は心配しておりました。

 彼らは物慣れない彼女に目をつけたのです。

 幸次郎さんをまずだましました。卑劣なことに私の名を使って。

 私が会いたいからと紅林嬢を空港近くのホテルのラウンジに連れ出し、そこで飲み物に薬を混ぜ、眠っている彼女を自家用ジェットに運び、那覇まで飛んだのです。

 私は幸次郎さんから妹が帰って来ないと連絡を受けました。元より、私は彼女を呼び出したりしておりません。

 私は呼び出されたラウンジや周辺を調べるうちに、兄の仲間が暗躍していたことに気付きました。

 羽田に着いた兄の自家用ジェットが数時間もしないうちに那覇に飛んだこともつかみ、急ぎ沖縄まで参りました。

 すぐに兄の居場所をつかみ、那覇からヘリで追いかけました。

 兄の滞在するホテルに着いたところで異変に気付きました。

 紅林嬢が逃げて兄たちがそれを追っているようだと、他の部下から知らせが入り、急ぎ、兄の車を追い、さらにあなた達を追ったのです。幸い、海岸近くにあなた達の車が出てきたので、助かりました。砂浜からすぐに堤防を越えるとあなた方がいた。

 後はご存知の通りです。

 兄にはあの場で、父からおって使いが来ることを伝えました。自家用機も使えないことも。あれは私の所有物になりましたので。

 今頃、兄はホテルに戻り、父からの使いを待っていることでしょう。

 紅林眞帆子さん、本当に申し訳ありませんでした。

 兄のしたことを代わってお詫びします。




 どこの国でもきょうだいというのは大変なものらしい。

 モハメドも兄に迷惑をかけられてきたようだった。

 もっとも自家用ジェットうんぬんという件を聞くと、うちとはスケールの大きさが違う。

 ラマダンの話は最近聞いたような気がする。外国人力士がイスラム圏の出身で場所がラマダンと重なったとかいうニュースがあった。

 でも、それを逃れるために旅行というのは……。

 しかも眞帆子を連れ出すとは。

 当然連れ出してどうするかは想像がつく。

 ダールはラマダンで禁止されていることをするつもりだったに違いない。




 モハメドは言った。

「日没になったら夕食にしましょう。それまで時間がある。お二人でお茶でもどうぞ。私は仕事がありますので隣の部屋におります。」

 彼が出て行くのと入れ替わりにホテルの従業員がルームサービスの紅茶とケーキを持って来た。

 ケーキが何種類も皿に載っていた。皿も三段重ねだった。 

「アフタヌーンティーです。」

 眞帆子が教えてくれた。




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