神代封呪録・第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第七話 協議
神代封呪録・第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第七話 協議
重く張り詰めた空気が漂う廊下を歩き、神代蒼真は迷うことなく目的の部屋の前に立った。静かに、しかし明確な意志を込めて、二度ノックすると、すぐに「入れ」という声が返ってきた。
「失礼します」
許可を待たずに、あるいは待つまでもなく開けられたドアの向こうには、討魔庁の上層部が顔を揃えて待ち構えていた。室内の照明はどこか薄暗く、彼らの表情に浮かぶ険しさを一層際立たせている。蒼真は背負っていた鞄を静かに下ろすと、中から自宅から持ち出してきた一通の手紙を取り出し、机の上にそっと置いた。
それを見据えた上層部の男の一人が、探るような、あるいは諦めを促すような冷ややかな声を投げかける。
「……で、肝心の勝負の行方だ。勝算はあるのかね?」
問いに対し、蒼真は一切の嘘偽りなく、率直に首を横に振った。
「いえ、実際にその者と刃を交えたことがありませんので、勝てるかどうかは分かりません」
即答された男は、呆れたように息を吐き、机を軽く叩いた。
「ふざけたことを。負ければ、我が討魔庁の威信は地に落ち、これまでに築き上げた名前に取り返しのつかない泥を塗ることになる。だが、組織の体面以上に恐ろしいのは、神代さん、君が命を落としてしまうことだ。そんな最悪の事態が起き、マスコミの耳にでも入ろうものなら、世間は大パニックに陥るぞ! 戦う必要などない。君だって、自分の命は惜しいはずだ」
「そうだ、そうだとも!」
男の言葉に同調するように、他の幹部たちも次々と声を荒らげる。
「もうやめだ、やめだ! そんな勝算の薄い賭けに、討魔庁の人間を差し出すわけにはいかない!」
部屋中が反対の意向で埋め尽くされ、蒼真の提案を頭から否定する空気で満ちていった。誰もが保身と恐怖から、現状維持という名の安全策にしがみついている。
しかし、蒼真はその非難の嵐に飲まれることなく、むしろ一段と強い光をその瞳に宿した。そして、静かに、しかし一言一言を噛み締めるように口を開く。
「私達人間は、これまで長い歴史の影で、ずっと妖という恐怖に怯え続けてきました。何百年もの間、ただ耐え忍び、脅かされるだけの存在として生きるしかなかったのです。……この先もずっと、私達は怯えながら暮らさなければいけないのでしょうか?」
その問いかけに、先ほどまで声を荒らげていた幹部たちの動きがぴたりと止まった。
「私達は今、歴史の大きな分岐点に立っています。ここで誰かが立ち上がり、もし勝利を掴むことができれば……これからの人間の未来は、確実に大きく、明るい方向へと変わるはずです。どうか、マスコミには一切の秘密のままで構いません。私を、あの戦場へ送り出して頂けないでしょうか?」
静まり返った執務室の中には、蒼真の切実かつ圧倒的な覚悟を帯びた声だけがいつまでも響き渡り続けていた。
蒼真は、家に着き、レイカに言った。
行くことにしたよ。
レイカは泣いた。
何故、あなたが行かなきゃいけないの?
選ばれたからね。
俺じゃないと駄目なんだよ。
どうか、笑っておくりだしてくれ。
レイカは、泣き崩れた。
蒼真が便箋を前に置く。
そして、日付とコメントを書いた
十二月二十三日、正午。
「大獄丸殿。貴殿の申し出、受けさせていただきます」




