神代封呪録・第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第八話 決闘
神代封呪録・第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第八話 決闘
大獄丸から託された古びた地図には、宮城県大崎市にそびえる鈴鹿山の名が記されていた。
蒼真は東北新幹線に乗り込み、車窓から流れていく穏やかな田園風景を眺めながら、自らの心を戦闘モードへと切り替えていた。仙台駅で下車した彼は、そこから山中へと直行するためタクシーを拾った。運転手が怪訝そうな目を向ける深い山道を進み、車を降りてからは山道を徒歩で登った。やがて、鬱蒼とした木々の合間にぽっかりと口を開けた、異様な気配を放つ洞窟へと辿り着いた。
洞窟の入り口には、人間を圧倒するような巨躯を持つ赤鬼が仁王立ちしていた。
「……神代様でいらっしゃいますか?」
低く響く唸り声のような声で、赤鬼が問う。
「あぁ、そうだ」
「大獄丸様は奥でお待ちです。ご案内いたしますので、どうかお供を」
「宜しく頼む」
赤鬼の後を追うように洞窟の深部へと足を踏み入れると、湿った冷気が肌を刺した。歩くこと十分ほど、視界が開けた広大な地底空間に、巨大な影が腰を下ろしていた。
それは、身長二メートルを優に超える圧倒的な巨体を誇る赤鬼――大獄丸その人であった。
その周囲には、主の威厳を恐れつつも控える子分たちの姿が百体ほどひしめき合っている。異様な緊張感が空間全体を支配していたが、大獄丸は不敵な笑みを浮かべ、蒼真に向かって堂々と声を張り上げた。
「はるばる遠くの地まで来てくれてありがとう。この時を心待ちにしていたぞ、神代蒼真」
「こちらこそ、このような場へのお招き、感謝する」
「わははは!」
大獄丸は粗野な外見に反して礼儀正しく、一人の客人として蒼真を歓迎した。
「ここまで来るのは遠かっただろう。疲れてはいないか?」
「あぁ、問題ない。万全だ」
「それならいい。疲労が原因で本来の力が発揮できず、あっけなく敗れてしまっては試合にならんからな。お互い、一切の容赦なく全力で行くぞ!」
宣戦布告と同時に、大獄丸が凄まじい威圧感を伴う重い拳を繰り出した。
鋭い風切り音を立てて迫る拳に対し、蒼真は瞬時に愛刀を抜き放ち、その一撃を受け止める。
ガキィィン! と、洞窟の岩肌を揺るがすような金属音が響き渡る。
衝撃に顔色一つ変えず、蒼真は負けじと踏み込み、鋭い斬撃を浴びせた。
カキィィン!
大獄丸の繰り出す剛腕のスピードを殺そうと、蒼真は刀身を相手の巨体に滑り込ませるが、鬼の筋肉はまるで幾重にも鍛え上げられた鋼のように硬く、浅い手応えすら返ってこない。
しかし、大獄丸の表情に焦りはなかった。それどころか、彼は子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。強者との久々の死闘に、喜びを爆発させているのだ。
「いいぞ、神代殿! これほどまでに心躍る動きができるのは、いったいどれぶりか!」
「……そろそろ、準備運動は終わりにしていいかな?」
蒼真が冷徹な瞳で問いかける。
「あぁ……いいだろう。ここから先は、正真正銘の本気で行くぞ!」
大獄丸の気が一段と跳ね上がり、周囲の空気が重く歪む。
蒼真は相手の圧倒的なリーチと剛力を封じるため、狙いを下半身、とりわけ致命傷となり得るアキレス腱へと定めた。しかし、大獄丸の巨体と卓越した防御本能がそれを許さず、踏み込むたびに繰り出される刀はわずかに届かない。
(このままでは押し切られる……!)
「ならば、これでどうだ……!」
万が一に備えて携えていた予備の刀を抜いた。両手にそれぞれの刃を構えた。
「なに……二刀流だと!?」
大獄丸の目がわずかに見開かれる。
二本の刀を手にした蒼真の纏う雰囲気が一変し、その動きは先ほどまでの比ではないほどの神速へと達した。
カキンカキンカキンカキン……!
カキンカキンカキンカキン……!
洞窟内は無数の火花が散る閃光に包まれ、怒涛の連続攻撃が大獄丸を襲う。二刀の軌道はまるで生き物のようにしなやかでありながら、重く容赦がない。
攻め立てられる巨体にわずかな綻びが生じた瞬間、蒼真はその好機を見逃さなかった。
大獄丸がバランスを崩し、わずかに膝をついたそのコンマ数秒の間隙。
蒼真は左手の刀を反転させ、大獄丸の足元に伸びる影へと深く突き刺した。
「秘技――陰縛り!!」
術式が展開され、地面から這い出た影の呪縛が大獄丸の巨体を強烈に抑え込む。一瞬、巨鬼の動きが完全に停止した。
その致命的な硬直の隙をつき、蒼真は右手の刀を閃かせ、大獄丸のアキレス腱を一閃のもとに断ち切った。
「ぐぅっ……!」
巨体が大きく揺らぎ、大獄丸の誇る圧倒的な速度が完全に失われる。
勝負の趨勢が決した瞬間、蒼真は二本の刀を交互に、かつ流れるような連撃で大獄丸の首元へと叩き込んだ。
ドバッ――!!
鮮血が噴き出し、凄まじい血煙が洞窟の天井へと舞い上がった。
大獄丸の巨体が轟音を立てて地に崩れ落ちる。蒼真はその髪を掴んで頭部を持ち上げ、周囲で息を呑んで立ち尽くしている百体もの子分たちに向かって、底冷えするような声で叫んだ。
「大獄丸、討ち取ったり!!」
その圧倒的な威圧感の前に、鬼の群れは戦意を完全に喪失していた。
蒼真は先ほど道案内を買って出た赤鬼へと視線を向け、冷徹に告げた。
「約束通り、明日に控えていた百鬼夜行は中止にしろ」
「はっ……はい、分かりました……!」
赤鬼は恐怖に震えながら頭を垂れる。
「大獄丸様が討たれた今、我らに百鬼夜行を強行する力などありません。それに……万が一の時はこのように処断せよと、大獄丸様ご本人からも仰せつかっておりました」
「あぁ、宜しく頼む」
静まり返った洞窟を背に、蒼真は再び山道を下り、待たせていたタクシーへと乗り込んだ。
駅へと向かう車中、緊張の糸が切れたわけではないが、彼はまず最初にレイカへと電話をかけた。
繋がったコール音の向こうで、レイカは安堵と心配が入り混じった涙を流していた。無事を告げると、彼女の泣き声は安堵の息へと変わる。
続いて、蒼真は討魔庁の連絡窓口へと連絡を入れた。
首魁である大獄丸の討伐、そして明日に予定されていた百鬼夜行の完全中止が正式に告げられ、事態は無事に収束へと向かった。
第七話 了




