神代封呪録・第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第十六話 ペア
神代封呪録・第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第十六話 ペア
月曜日の朝。澄み渡る青空の下、東京都内の閑静な住宅街に佇む神代家の重厚な門扉の前に、一台の黒塗りメルセデス・ベンツが静かに滑り込むように停車した。
運転席から降り立ったのは、警察庁の三輪だった。キリッとしたスーツ姿に身を包み、背筋をピンと伸ばしてその場で待機している。
ほどなくして、門が開いて神代蒼真が姿を現した。今日の移動には車の送迎が手配されていると聞いてはいたものの、まさかそれが警察庁の三輪自身であるとは予想もしていなかった蒼真は、少し面食らったような顔をして車へと歩み寄る。
三輪は蒼真の姿を認めるやいなや、素早く駆け寄り、きびきびとした動作で深々と頭を下げた。
「神代大臣、本日からお車の送迎をさせていただきます、三輪でございます。お迎えにあがりました。本日はどうぞよろしくお願いいたします!」
緊張感と熱意の入り混じった声で、三輪は改めて挨拶を述べる。蒼真は少し気恥ずかしさを覚えつつも、柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「まさか、三輪さん自ら迎えに来てくれるなんて思っていなかったよ……。驚いたな」
「いえ! とんでもありません」
三輪はハキハキとした口調で胸を張る。
「警警察庁内で専属の送迎および護衛の公募がかけられたのですが、私どもが真っ先に手を挙げさせていただきました。今日からは移動のサポートだけでなく、徹底的な護衛もこの三輪が必ず務めさせていただきます!」
その頼もしい言葉に、蒼真が小さく頷いて感謝を示したその時、ピタリと静止していたベンツの助手席側の後部ドアが音もなく開いた。中から、洗練されたスーツを纏った美しい女性がしなやかに降りてくる。凛とした佇まいの中に、仕事ができるオーラを漂わせたその女性は、まっすぐに蒼真を見据えると、淀みのない美しい所作で丁寧に一礼した。
「失礼いたします。本日より、神代大臣の専属秘書を務めさせていただきます、池田と申します。今後の案件の確認や、スケジュールの日時変更、その他あらゆる調整につきましては、すべてこの池田にお申し付けください」
池田は流れるようなスムーズさで手元のタブレット端末やファイリングされた資料を操作し、きっちりと製本された数枚の用紙を蒼真に差し出した。
「本日のスケジュールについてですが、午前中は内閣総理大臣との重要な打ち合わせが入っております。そして、午後からは各メディアを代表して、テレビ局の報道番組にて特別インタビューの収録が予定されております。インタビューの趣旨、想定される質問、および回答の方向性につきましては、私の方であらかじめ要点をまとめておきました。よろしければ、移動中の車内にてこちらの資料をご確認いただけますでしょうか」
手渡された資料を受け取りながら、蒼真は圧倒的な手際の良さに思わず感心した。池田は蒼真のわずかな表情の変化も見逃さず、柔らかなトーンで問いかける。
「神代大臣、本日のスケジュール、および事前準備に関しまして、現時点で何かご不明な点や、不安な箇所はございますでしょうか?」
「あぁ……ありがとう。大体は把握できたよ、大丈夫だ」
まだ大臣という重い役職や、目まぐるしく変わる環境に完全に慣れきっていない蒼真は、ふぅっと小さく息を吐き出し、胸のつかえを下ろすようにゆっくりと深呼吸をした。周囲のプロフェッショナルな支えが心強い反面、これから始まる長丁場の一日に向けて、自然と気合いが入る。
池田は時計にチラリと視線を走らせ、手帳を開いたままスマートに告げた。
「かしこまりました。神代大臣、総理大臣との最初の打ち合わせ時間までにはまだ少し余裕がございますが、この後、一度どちらかへお立ち寄りになられますか? 例えば、官邸に向かう前に、神代大臣の執務室へお立ち寄りになりますか?」
「そうだな……。時間があるなら、出発する前に一度、自分の部屋(執務室)に寄って、少し気持ちを落ち着かせたいかな」
「承知いたしました。では、予定を少し前倒しして、まずは神代大臣の執務室へ向かいますね」
池田は即座に判断を下すと、運転席の三輪へと視線を向けた。
「三輪さん、お手数ですが、神代大臣の執務室まで安全運転でお進みいただけますでしょうか」
「はい、お任せください! 承知いたしました」
三輪は力強く返事をすると、再び運転席へと素早く乗り込み、エンジンを静かに唸らせた。
こうして、新たなサポートを得た蒼真を乗せ、黒塗りのベンツは朝の静かな街並みの中へと走り出していく。車内には、これから始まる激動の一日を予感させる、引き締まった空気が心地よく満ちていた。
第十六話 了




