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神代封呪録・第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第十二話 残党

神代封呪録・第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第十二話 残党


一、招集と飛翔


 静寂を切り裂くように、蒼真のスマートフォンの着信音が響いた。


 画面に表示されていたのは、陸上自衛隊からの緊急連絡だった。通話を繋ぐと、緊迫した声色のオペレーターが告げた。直ちに近所の北小学校の校庭へ向かってほしいという。すでに要請を受けた自衛隊の輸送ヘリコプターが現地に到着しており、蒼真を乗せるために待機しているのだと。


 急な出動を察知したレイカが、玄関先まで駆け足でやってきた。彼女は手元に大切に保管していた古い木箱を開け、中から重厚な黒鉄色の銃を取り出すと、蒼真の前に差し出した。


「これ……役に立たないかもしれないけど、私の霊銃を持っていって」


 レイカの瞳には、微かな不安と、それでも大切な人を送り出そうとする強い決意が宿っていた。蒼真はその銃を受け取り、しっかりと頷く。


「あぁ……分かった。行ってくる」


 霊銃を専用のホルスターに収め、愛用のジャケットのジッパーを上げる。玄関の扉を開け、冷たい夜風の中を北小学校へと走り出した。


 校庭のグラウンドには、巨大な回転翼の風圧で砂塵を巻き上げながら、陸上自衛隊の多用途ヘリコプター『UH-60JA(ブラックホーク)』がエンジン音を轟かせて着陸していた。機体の周りには迷彩服を纏った自衛隊員たちが幾人も配置につき、蒼真を見つけると手際よく誘導して機内へと招き入れた。


 重厚なハッチが閉まり、機体がふわりと浮き上がる。轟音を立てるキャビンの中で、蒼真は隣に座る搭乗員の隊員に大声で問いかけた。


「ここから仙台まで、どのくらいかかる!?」


「天候良好、直行します! 約一時間半の予定です!」


 隊員の力強い返事を聞き届けると、蒼真は深くシートに身を預けた。


 無意識のうちに、左側のポケットへと手を伸ばす。そこには、母親が旅立つ時に持たせてくれたお守りの護符が入っていた。指先で和紙のざらりとした感触を確かめると、張り詰めていた神経が少しだけ和らぎ、胸の奥の動揺がスッと引いていくのを感じた。


 窓の外に目をやれば、闇夜の中に瞬く街の灯りがまるで宝石のように美しく広がっていた。しかし、その美しい景色の下で、今、世界はどれほど変わり果ててしまっているのだろうか。


 今頃、仙台の街はどうなっているのだろう。多くの人々が暮らす渋谷や新宿は、無事でいるのだろうか。


今頃、仙台の街はどうなっているのだろう。


そして、この異変は仙台だけで済んでいるのだろうか。東京は……渋谷や新宿は無事なのか。」


 次から次へととめどなく湧き上がる不安や思考の波を、蒼真は心の中で一つずつ、まるでロウソクの火を消すように意識的に打ち消していった。無駄な迷いは命取りになる。今は目の前の戦いに集中しなければならない。


 やがて、長時間の飛行の揺れと疲労からか、いつの間にかまどろみの世界へと引き込まれていく。


「蒼真は目を閉じることなく、ただ静かに仙台の夜を見つめていた。」




うとうとと意識が揺らいだその頃、機体が緩やかに高度を下げ、目的地の仙台ビル屋上ヘリポートへと着陸した。


二、仙台への到着と交渉


 ヘリを降り、頑丈な金属製のエレベーターでビルの地下深くへと降りていく。扉が開いたその場所には、顔馴染みである討魔庁および政府の上層部の人間たちが数人、険しい面持ちで待機していた。


 蒼真は彼らに歩み寄り、きっちりと敬礼を交わした。そのまま用意されていた防弾仕様の公用車に乗り込むと、助手席に座る一人の男が振り返り、重々しい口調で尋ねた。


「蒼真君、勝算はどのくらいある?」


「……相手とまともに戦ったこともありません。正直、分かりません」


男は苦り切った表情を浮かべ、しかし力強く言った。


「そうか……だが、頼む。勝ってくれ」


「ありがとうございます。やってみます」


 車は夜の仙台市街を抜け、かつては賑やかだったはずの商店街へと到着した。そこは既に日常の気配を失い、異様な妖気と血の匂いに満ち満ちていた。


今回の戦いは、討魔庁の判断で全国へ生中継されることになっていた。


 蒼真は車を降りると、事前に手配しておいたNHKのレポーターと撮影クルーを呼び寄せた。


 目の前に広がっていたのは、言葉を失うほど凄惨な光景だった。百人前後の一般市民や関係者と思われる無残な死体が、まるでゴミのように山積みにされていたのだ。そして、その血塗られた死体の山の上に、不敵な笑みを浮かべた災厄の巨魁――悪路王が、我が物顔で腰掛けていた。


「ほう、思ったより早かったじゃないか、人間の精鋭さんよ」


 悪路王が冷ややかな嘲笑を浮かべながら声を飛ばす。蒼真は一歩も引かず、鋭い眼光を返した。


「待たせると悪いと思ってね。陸上自衛隊の最新鋭ヘリを飛ばしてもらったよ」


「で、もう心構えや準備運動は終わったのか?」


「あぁ……おかげで、殺した百人ほどの命の重みをしっかり胸に刻んだところだ」


「上出来、上出来。で、決闘のルールはどうするつもりだ?」


「シンプルにいこう。先に地に伏せ、動けなくなった方の負けだ」


「ほう……いいだろう」


「もし俺が勝ったら、仙台及び関東圏に巣食うすべての妖を完全に撤退させてもらう。いいな?」


「かまわないとも。約束しよう」


悪路王は愉しげに嗤った。


「約束だよ。そこのレポーターにカメラをしっかりと回させてあるからね。これを見ている全国民が、この誓約の承認者だ!」


「分かった、約束は絶対だ。それじゃあ……そろそろ、始めようか!」


「いいとも、楽しませてくれよ!」




三、激闘・影と剣の攻防


 蒼真は腰に差していた二振りの刀を鮮やかな手際で抜き放ち、静まり返る空間の中で、流麗なる二刀流の構えをとった。


 その隙のない構えを見た瞬間、悪路王の巨体が疾風のごとく突進してきた。人間とは思えないほどの凄まじい質量と速度。


「ガッツン!!」


 凄烈な金属音と共に、蒼真は交差させた二本の刀で辛うじてその一撃を受け止めたものの、あまりの衝撃波に身体ごと大きく吹き飛ばされた。アスファルトの地面を転がりながら受け身を取るが、間髪入れずに悪路王が追撃の突進を仕掛けてくる。蒼真は再び身構えて受けて立つが、再び強烈な衝撃に弾き飛ばされた。


 悪路王の突進の威力は、人間の筋肉と技術でまともに防ぎきれるものではなかった。このまま受動的な防御に終始していれば、確実にこちらの体力が先にすり減ってしまう。


 その頃、離れた安全な位置から中継を続けていたNHKのレポーターが、緊迫した声をマイクに乗せて全国へと伝えていた。


「――ただいま、現地の中継映像をお伝えしています! 悪路王と、一人の人間の若者が死闘を繰り広げています。現状、悪路王の圧倒的なパワーが勝っているように見えます……!」


 テレビの向こうで固唾を飲んで見守る国民たちの視線を背中に感じながら、蒼真は両手の拳を強く握りしめた。痺れるような痛みの残る腕を奮い立たせ、地面を蹴る。


 再び、悪路王が猛獣のような殺気と共に突進してきた。


 蒼真は直感で二本の刀を合わせ、正面からの衝撃を迎え撃つ。だが、今回はただ防ぐだけではなかった。防御の衝撃の瞬間、絶妙なタイミングで左手の刀の切先を翻し、悪路王の足元に伸びる漆黒の影へと突き刺した。


「――捉えた!」


 影を貫かれた悪路王の巨体が、ピタリと動きを止めた。影縛りの術理がその巨獣の自由を奪う。しかし、格上の強敵である悪路王を完全に縛り付けることはできない。動けなくなったのは、ほんの五秒程度のわずかな時間だった。


 だが、百戦錬磨の蒼真にとって、その五秒は勝負をひっくり返すには十分すぎる時間だった。蒼真はその刹那の隙を逃さず、悪路王の足の急所であるアキレス腱へと狙いを定めて猛攻を仕掛けた。


 蒼真の鋭い刃がアキレス腱を捉え、生々しい血飛沫が夜空に舞う。しかし、致命傷には至らず、わずか数秒で呪縛を振り解いた悪路王が怒号と共に反撃の拳を叩き込んできた。


「小賢しい真似を……! 同じ手が生馴れた人間に何度も通用すると思うなよ!」




蒼真は影を狙うと見せて、別の攻撃を仕掛ける。


 悪路王は激昂し、侮蔑の笑みを深めた。


「大獄丸とかいう愚か者は、こんな、取るに足らない弱い人間に足元をすくわれたのか。呆れてものも言えんわ! どうした人間、もっと本気で掛かってこい!」


 嘲笑う悪路王に対し、蒼真は無言のまま、ただ自らの心拍数を極限まで高めていた。確かに相手の言う通り、正面からの力比べでは勝てない。しかし、蒼真はあの「わずか五秒の隙」にこそ、勝利へのすべての命を賭けていた。




四、極限の剣閃と決着


「――『影縛り』!」


 再び呪符の力を纏わせた刀で影を縫い留める。刹那、敵の動きが止まる。


「――『神代流二刀流・波濤(はどう)』!」


 蒼真の呼吸が変わり、気迫が周囲の空気を震わせた。左の突きと右の斬撃のスピードが、一段、また一段と跳ね上がっていく。一秒、いや一瞬ごとに剣速が加速していく。


 相手の攻撃を受け止めては攻撃し、防御する。その目にも留まらぬ攻防の連続であったが、確実に、一撃一撃が恶路王の頑強な肉体と体力を削り取っていき、焦りの色が敵の表情に浮かび始めた。


「人間風情が……この我慢比べというわけか。くだらん!」


 蒼真は、これ以上の消耗を防ぐため、もはや無駄な防御に割く時間すら惜しいと判断した。防御の構えを完全に捨て去る。


 そして、すべての意識を攻撃という一点にのみ専念させた。


 左、右、左、右――!


 人間の限界を超えたトップギアへと自身の身体を強制的に叩き込む。放たれる無数の刃はあまりの高速さに光の軌跡と化し、もはや人間の目には見えないほどのスピードで悪路王の肉体を切り刻み続けた。


 ついに、圧倒的な速度と手数に耐えかねた悪路王の巨体が、ガクンとバランスを崩して片膝をついた。


 その決定的瞬間を、蒼真の目は決して見逃さなかった。


 踏み込みの力を極限まで爆発させ、悪路王の両足のアキレス腱を完全に、深く断ち切った。


「がっ……!?」


 両足の腱を両方とも切断された悪路王は、二度と自重を支えて立つことができなくなった。崩れ落ちる巨獣に対し、蒼真はさらに加速した連続攻撃を叩き込み、その強靭な身体をズタズタへと切り刻んでいく。


「ぐはぁっ……!」


「これで終わりだ……悪路王……!」


 蒼真は冷徹に言い放ち、しかし警戒を緩めなかった。


 すると、悪路王は血まみれの顔を歪めながら、不敵な笑みを貼り付けたまま呟いた。


「ふっ……ふはは、まだまだ……俺はまだ戦えるぞ……!」


 その執念に気圧されることなく、蒼真はもう一度はっきりと告げた。


「いや、お前の物語はここまでだ」


 蒼真は腰の裏側に隠し持っていたもう一つの切り札、レイカから預かった妖銃を素早く引き抜き、倒れ伏す悪路王の眉間へと正確に銃口を合わせた。


「パァーン! パァーン! パァーン!」


挿絵(By みてみん)


 静寂を切り裂く三連撃の銃声が、夜の商店街に轟いた。


 霊力を帯びた特殊弾が急所を完全に撃ち抜き、悪路王の身体から最後の闘気が急速に失われていく。ピクリとも動かなくなった巨体の頭部へと、蒼真は躊躇うことなく強力な呪符を幾重にも貼り付けた。


「――南無、角大師! 慈恵大師、元三大師!!」


 呪文の詠唱と共に眩い光が走り、悪路王の残党としての気配は完全に封じ込められ、二度と動かなくなった。




五、凱旋


 静まり返った戦場の中、蒼真は悪路王の首元へと歩み寄り、その頭部を刀で丁寧に切り離すと、中継を続けているテレビカメラのレンズの前にしっかりと掲げ、力強い声で全国に向けて叫んだ!


「――これより討魔庁が、悪路王の討伐を完全に完了した!


 もしこの結果に不服や文句がある奴がいるなら、今すぐこの場に掛かってこい!


 残らず、俺がこの刀で切り刻んでやる!」


 その気迫溢れる宣言を聞き届けたNHKのレポーターは、興奮と感動の入り混じった声で実況の締めくくりの言葉を絶叫した。


「全国の視聴者の皆さん、ご覧いただきましたか……! 人間が、勝ちました! 我ら人類が、ついに悪路王に勝ちました!」


 その瞬間、現場で見守っていた自衛隊員たちや政府関係者、そして中継を見ていた日本中の人々の間から、一斉に割れんばかりの歓声と万雷の拍手が湧き起こった。


 蒼真は大きく息を吐き出すと、熱を帯びた刀をゆっくりと丁寧な動作で鞘に納めた。そして、遠巻きに敬意を込めて見守る上層部の面々に向かって、背筋を伸ばし、びしりと敬礼を送った。


「――これにて、すべての任務、完了!!」


 その姿に応えるように、上層部の男たちも深くうなずきながら、力強い敬礼を返した。


 帰りもまた、手配された自衛隊のヘリコプターに乗り込み、夜空を飛んで帰路についた。


 長い激闘の末に自宅の玄関へとたどり着き、扉を開けると、そこには心配そうに待っていたレイカが立っていた。彼女は蒼真の無事な姿を見ると、ホッとした笑みを浮かべて言った。


「おかえりなさい……ねえ、私が渡したあの拳銃、ちゃんと役に立った?」


 蒼真は疲労感の滲む顔を緩め、レイカの優しさに包まれるようにして小さくうなずいた。


「あぁ……助かったよ。本当にありがとう、レイカ」


 張り詰めていた世界の糸がようやくほどけ、静かな日常の温もりが二人を包み込んでいった。


――第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第十二話 完

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