神代封呪録・第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第十一話 対策本部
神代封呪録・第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第十一話 対策本部
画面が一瞬激しく乱れ、緊迫した空気のなかでニュース速報のテロップが跳ね上がる。現場の記者の息の詰まった声が、全国の茶の間へと叩きつけられるように響いた。
「——こちら、仙台放送テレビです。
ただいま、仙台市内の中心部、活気を失った商店街を赤鬼や青鬼達が暴れ回っております。現場では、討魔庁、警察庁、そして陸上自衛隊が総力を挙げて応戦中ですが……被害は想像を絶する規模に達しています。現在確認されているだけで、人間側の死者は100人を超え、負傷者は200人に迫る勢いです。
そして、たった今、報道席に新たな緊急連絡が入りました。
暴走する鬼のリーダーの名は――悪路王。
彼はかつて、討伐された大獄丸の配下であり、主君の死後、その残党を束ねて人類への徹底的な復讐を誓ったものとみられます」
カメラの映像が激しく揺れ、次に切り替わったのはNHKの中継画面だった。しかし、そこに映し出されていたのはリポーターの姿ではなく、不敵に笑う巨大な赤鬼の貌。奴はすでに報道陣の機材を奪い、自らマイクを握りしめていたのだ。
「――聞こえているか、愚かな人間どもよ。
我ら鬼の一族は、本来お前たちとの共存生活を望んでいた。だがな、一昨日……! あの傲慢な討魔庁が我がアジトへ踏み込み、そのささやかな均衡を無慈悲に破り捨てたのだ。
共存だと? 笑わせるな! 望むところだ、骨の髄まで戦をしてやろうわ!」
ガツン、とマイクが乱暴に放り投げられ、再び映像は対策本部の定点カメラへと戻る。
仙台市内に設置された、討魔庁・警察庁・陸上自衛隊による合同対策本部。
その一室で、本部長を務める男が青筋を立て、机を叩き割らんばかりの勢いで怒鳴り声を上げていた。
「死者・負傷者の合計が300人を突破しただと……!? 一体全体、現場は何をやっている! このざまか!」
「本部長! 自衛隊より報告!」
通信士が血走った目を向け、切迫した声で叫ぶ。
「精鋭のスナイパーを送り込み、急所を狙撃させましたが……鬼どもの身体は鋼のように固く、銃弾などまるで通じません! びくともしないとのことです!」
「戦車や対戦車ロケット砲は! それでも通じないのか!?」
「試しましたが……効果なしです! 「奴らの皮膚は鋼鉄以上の硬度を持ち、通常兵器では傷一つつけられません!」
第一線はすでに壊滅状態……撤退を余儀なくされました!」
「くそっ……!」
本部長の顔面から血の気が引く。牙城を崩された防衛線。これ以上被害を広げれば、国そのものが崩壊しかねない。
「次だ……! 第二線をただちに送り込め! 防衛ラインを再構築するんだ! 応援を願う、総力を挙げてあの怪物を足止めしろ!」
悲鳴と怒号が飛び交う中、中継のバトンは再びNHKのスタジオ、そして東京へと移される。
「――こちらNHKです。東京のスタジオより、全国へ向けた最新情報をお伝えします。
ただいま入った情報によりますと、仙台だけでなく、新宿、渋谷、池袋など、首都圏の主要繁華街にも突如として多数の『妖』が出現しました。
こちらは鬼ではなく、かつて大獄丸を深く崇拝していた影法師や鎌鼬などの群れとみられます。現在、警視庁と討魔庁の現地部隊が必死に対応にあたっていますが、混乱は広がる一方です」
首都圏の混乱を受け、東京・霞が関の警視庁、討魔庁、そして陸上自衛隊の中枢が一体となった「首都圏合同対策本部」が、急遽新宿の地下要塞施設に設立された。
冷え切った空気の立ち込める作戦室で、対策本部の幹部たちは頭を抱え、重苦しい沈黙に包まれていた。
「……どうする」
口火を切ったのは、疲労の色を隠せない討魔庁の高官だった。
「もはや、現場の機動部隊や通常戦力だけでどうにかなる規模を超えている。だが……上層部である神代を、軽々に表舞台へ行かせるわけにはいかん」
「分かっている」
警察庁の幹部が苦い顔で頷く。
「もし彼らほどの切り札を早々に投入すれば、マスコミは何と叩くか。『なぜもっと早く出さなかったのか』『上層部は保身のために民を見殺しにした』と、世論を煽り立てる格好の餌食になるだろう」
政治的保身、世間の批判、組織のメンツ。平時であればそれらは重い枷となる。
しかし、いま眼前に広がっているのは、首都が火の海と化す悪夢そのものだった。
「……だが、今は世間体を気にしている場合か?」
冷徹な声が、作戦室の空気を切り裂いた。
全員がそちらを振り返る。そこには、もはや一刻の猶予もないという絶望と、決断を迫られた者の覚悟があった。
「仕方がない」
幹部の一人が、重い溜息とともに呟いた。
「……神代を呼ぼう」
異論を挟む者は誰一人いなかった。
上層部全員の意見が、恐怖と焦燥のなかで完全に一致した瞬間だった。




