神代封呪録・第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第十話 家族会議
神代封呪録・第五章 試練 第一節 百鬼夜行 第十話 家族会議
「皆、集まってくれ。家族会議を開きたい」
リビングの重厚な木製テーブルを囲むように、家族の面々が静かに席についた。窓の外では夜の帳が静かに下り、部屋の中には暖かな灯りがともっている。緊張と期待が入り交じる独特の空気が漂う中、父親は深く息を吸い込むと、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「昨日、父さんは大獄丸を倒した」
その言葉が出た瞬間、場の空気がわずかに引き締まった。幾多の修羅場を潜り抜けてきた父親の背中を、家族は常にハラハラしながら見守ってきたのだ。
「その結果、妖達が予定していた今日の百鬼夜行は、完全に中止に追い込まれた。街の混乱は未然に防がれたんだ」
「本当にお疲れ様、あなた。怪我がなくて何よりよ」
母親が安堵に満ちた優しい笑みを浮かべ、労いの言葉をかける。子どもたちもホッと息を漏らし、父親の無事を心から喜んだ。
「そしてな、その大きな成果が上層部に認められ、俺は討魔庁の上層部に昇格することになった」
「じょ、上層部……? お父さん、それってすごい出世じゃない!」
長男の蒼也が目を丸くして声を上げる。討魔庁における上層部への昇格は、一介の現場稼業から、組織の意思決定に関わる中枢への移行を意味する。それは名誉であると同時に、父親の立場が大きく変わる転換点でもあった。
「ああ。上層部になると、これまでのような現場からの直接的な討伐命令は無くなる。これからは毎日、討魔庁の本部でのデスクワークがメインになるんだ」
毎日のように危険な前線へ赴き、命を懸けて妖と対峙してきた日々が終わる。その事実が、家族の胸に温かい安堵の波を広げた。
「今まで、危険な仕事ばかりで何度も心配を掛けて、本当に申し訳なかった。それでも文句一つ言わず支えてくれて……ありがとう、心から感謝する」
父親が頭を下げると、リビングの空気が一気に和らいだ。
次の瞬間、誰からともなく「パチパチ……」と乾いた拍手が湧き起こり、それは瞬く間に家族全員の温かい手拍子へと変わっていった。これまでの苦労と恐怖が報われた瞬間だった。
全員の顔に安堵の笑みが戻ったその時、蒼也がふと疑問に思ったのか、小首をかしげて父親を見上げた。
「ねえ、お父さん。それじゃあ、もう現場には行けなくなっちゃうの?」
蒼也の問いかけに、父親は少しだけ難しい表情を作り、腕を組んで答えた。
「いや、完全に行けなくなるわけじゃない。あくまで自己判断になる。行こうと思えば行くことはできるんだが……今までとは勝手が違う」
「勝手が違うって、どういうこと?」
「これまでのように、討魔庁から現場までの交通費や宿泊費が出なくなるんだよ。それに、報酬の仕組みも変わる」
父親はテーブルの上に軽く手を置き、詳細を説明し始めた。
「例えば、今後にお父さんとお母さんが協力して、賞金が掛かっている強力な妖を倒したとするだろ? その場合、お母さんにだけはこれまで通り賞金が出る。だが、お父さんには、賞金も交通費も宿泊費も一文も出ないんだ」
「えっ、どうして? お父さんも一緒に戦ったのに?」
母親が驚いたように聞き返す。
「ああ。なぜなら、上層部になった俺には、現場での成果報酬ではなく、毎月固定の安定した給与が支払われるからだ。二重取りはできない仕組みになっているのさ」
「なるほど……。デスクワークで安定した給与を貰う代わりに、現場での手柄や実費の支給はなくなるってことか」
うーむ、と蒼也は腕を組み、深く考え込んだ。
命の危険が減り、生活の基盤が安定するという大きなメリットがある一方で、現場で自由に暴れ回る(あるいは手柄を立てる)ことには制限がかかる。組織の人間となった代償は、一長一短と言える複雑なものだった。
「難しいね。安全をとるか、現場の自由をとるか……」
蒼也のその呟きを最後に、リビングの時計の針の音だけが、しばらくの間静かに響き渡っていた。
第十話 了




