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毎日参加する朝練に、恒例となりつつある試作会。やたら顔を合わせるようになってから大分経つが、今日はなんだか違和感を感じる。
今日も今日とてにこにこしながら混ぜ合わせていくファリーナを見て、声をかけた。
「おい」
「……ん、シエルさん?」
「砂糖、さっき入れただろ」
「あ」
「ファリーナしっかり!」
「茶々いれないの、あんたは」
やってしまいました、と呟く姿はいつもとそう変わらないのに、何が違和感を抱かせるのか。
不思議に思いつつも、いつも通り焼き上がるまで教養科目の課題を進める。
オーブンの音が鳴り響くと、ファリーナは嬉しそうに小走りで駆けていった。皆で後を追う。
「今日もいい匂いするねえ」
「干し葡萄いりって最高だよな。干し葡萄は美味しいし、スコーンは美味しいし。合わせたやつ天才」
「それは言えてる」
「できました!」
彼女が嬉しそうに焼き上がりを持ち上げた瞬間。 ふらり、と身体が揺れる。
「ファリーナ?」
返事がない。次の瞬間、ガシャン、とトレーが傾いた。
床に落ちる前に、とっさに腕を掴む。
軽い。驚くほど。
脳裏に、一瞬だけ別の手がよぎった。
『シエル様、逃げて──』
白い床に広がる赤。動かなかった自分の手。
違う、今はもう幼子じゃないし、助けることが出来た。
抱き留めた、熱いのに指先だけ妙に冷たい身体の感覚が現実に戻してくれる。
「……医務室」
自分でも驚くくらい低い声が出た。 その一言で、さっきまで騒いでいた空気が一変する。
「ミア、先生呼んで!」
「分かった!」
「ガレン、一緒に扉開けよ!」
「おう!」
一気に動き出した皆を横目に、腕の中のファリーナを見る。 ぐったりしている訳ではない。けれど、焦点が合っていない。熱に浮かされたようにぼんやりしている。
「……すみません、トレー……」
「今それどころじゃないだろ」
「でも、折角焼けたのに……」
呆れるくらい、真っ先に出るのは菓子の心配らしい。ふつふつと苛立ちにも似た感情が湧く。何でそこまで無茶をする。
医務室へ向かう道中、ファリーナは何度か「歩けます」と言ったが、無視した。歩かせてまた倒れられても困る。というか、軽すぎる。農作業をしていると言っていた割に、ちゃんと食べているのか疑わしい。
「シエルさん……」
「喋るな」
「でも、皆さんに悪くて……」
「悪いと思うなら倒れるまでやるな」
思ったより強い声が出た。 ファリーナがぱちりと目を瞬かせる。
しまった、と思った頃には遅い。
「……怒ってます?」
「当たり前だろ」
「う……」
しゅん、と眉が下がる。 何故かこっちが悪いことをした気分になるのが納得いかない。
医務室へ駆け込むと、養護教諭が目を丸くした。
「ちょっと、どうしたの!?」
「倒れました」
簡潔に述べる。違和感の正体はこれか、と舌打ちしたい気持ちだ。
ベッドへ下ろされると、ファリーナはなおも起き上がろうとする。
「すみません、試作の片付けが……」
「寝てなさい、パントーニさん」
「でも!」
「寝ろ」
ぴしゃりと言えば、流石に大人しくなる。 とはいえ納得はしていない顔だ。
「若い子って本当に無茶するわよねぇ」
養護教諭が呆れたようにため息をつきながら、冷えた布を額に乗せる。
「あなた、ここ数日ちゃんと寝た?」
「えっと……」
「寝てないわね、これ」
「いや、でもアイディアが浮かぶと止まらなくて……」
「食事は?」
「試食してるので!」
「それ食事じゃないからね!?」
ぴしゃりと返され、ファリーナが肩を跳ねさせる。 騎士科の面々も呆れ顔だ。
「だから最近ふらふらしてたのか……」
「そういや昼寝してる時あったな」
「言えよ、そういうの!」
「だって大丈夫かと……」
「大丈夫じゃなかっただろ」
反射的に返すと、ファリーナは気まずそうに目を逸らした。
沈黙が落ちる。
その沈黙を破ったのは、ガイルだった。
「……ストッパー役、必要じゃね?」
「ストッパー?」
「ファリーナ、一人だと絶対無茶するじゃん」
「確かに」
「誰かが止めないと駄目ね」
「え!?そこまでじゃ」
「そこまでだったから倒れたんだろ」
また反論を封じると、ファリーナはうっと詰まった。
「よく考えたら朝練に間に合うようパン焼けてる時点で早起きなんだよな」
「政務科ってたしか課題多いんだよね?」
「昼休みは売店手伝ってるし…」
騎士科の連中が顔を見合わせる。どう考えてもオーバーワークだ。
「試作とかパン作る日は週末にしなよ、勿論朝練の時にパンなくていいし」
「うんうん、平日は学生らしく勉学に邁進しようよ」
「でも…折角、パン置いてもらえるようになったのに…」
尚も言い募るファリーナに、ルークがこほん、と咳払いをした。
「良いですか?勿論、売りたい気持ちも喜んでほしい気持ちもわかります。が!」
「が?」
「案外、品薄の方がプレミア感を演出できるというものです」
「プレミア感…?」
「いつ行ってもあるのではなく、日にちを絞ると、惜しくなるのが人間というものです」
「へぇ…?」
「確かに、限定品こそ買いたくなるかも」
「良いこと言うじゃん、ルーク」
なるほど、分かるような分からないような。
ファリーナも同じなんだろう、少し首をかしげている。もう一押しか。
「なあ、パンを売りたいのか?それとも、領地を知ってもらいたいのか」
「!!」
「パンを売りたいだけならこのままでもいいかもな。でも、領地を知ってもらいたいなら、他にもやり方があるんじゃないのか」
「…そうだよね、掲示板に案内貼るとか」
「それ見ないやつもいるだろ?むしろ教師に売り込むのはどうだ?」
「あ、前に言ってた刺繍のハンカチを代わりに置かせてもらったら?」
「それなら領地から送ってもらえばいいもんね!」
また騒がしさが戻ってくる。そして結局ストッパー係をどうするか、という話になった。
「俺毎週末デートあるから無理」
「お前この状況でそれ言う?」
「いや事実だし」
「俺、放課後食べ歩き習慣あるんだよなあ」
「知らねえよ」
「私、三日に一回は実家の弟の勉強見てるし」
「流石面倒見の鬼エリナ」
「私は図書委員」
「いつもありがとう」
「僕は実家の手伝い…」
「お疲れさま…」
皆予定が意外とあるんだな、と鍛練に明け暮れる自分を省みる。デートなんてあり得ないし、実家に帰る?なるべく帰りたくない。
ボーッとしていると、全員の視線がこちらを向いた。嫌な予感しかしない
「シエル暇そうだし」
「君な」
「実際一番来てるよね」
「味見係だし」
「冷却係でもある」
「ファリーナも慣れてるし」
「決まりね!」
「待て、」
勝手に話を進めるな。そう言おうとしたのに。
「シエルさんが来てくださるならとても頼りになります」
疲れきった様子なのに、笑うから。
渋々受け入れざるを得なかった。




