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「うーん…」
「どうしたの、ファリーナ?」
パンを置かせてもらうようになって早数週間。お手伝いさせてもらうようになって同日。先輩とは名前で呼びあう程仲良くなって、色々学園のことや商売のことを教えてもらって大助かりなんだけども。
「いつも固定客ばかりなんですよね。あまり、淑女科の方は買いにいらしてないみたいで」
「確かにそうねぇ」
メガネを押し上げ、自分なりの分析を伝えてみる。
「騎士科はありがたいことに何個もまとめ買いしてくれるんですよ。多分、普通にごはん足りないんじゃないでしょうか。政務科は…私もそうなんですけど、本読みながら食べることが多いから、パンがちょうどいいのかなって。魔術科はちょっと分からないんですけど、なんか晴れの日は特に買ってくれるような…」
「魔術つかうとね、お腹すくの」
先輩はにっこり笑った。
「晴れると、どの学年も外で魔術演習だから。よく見てるわね」
「なるほど…!」
天気による授業、というのは盲点だった。売れ方って面白い。
しかしやはり、淑女科は少ない気がする。
うーん、と頭を抱えていると、先輩が優しく撫でてくれた。
「ファリーナが売りたいのはパンだけなの?」
「えっいや置いていいならチーズもマフラーも刺繍ハンカチも置きたいですけど…」
「それもいいけど。パンの特徴はなんだっけ」
「自慢の麦を使って、酵母に発酵時間までこだわってること…………?あ!」
そうだ、麦で作れるのはパンだけではない。よく考えれば何度か招かれたパーティーで令嬢たちが食べていたのは。
「お菓子…!」
◇◇◇
「と、いうことで試作してみたんですが」
朝練の後、いつものように持っていくパンと共に昨日頑張ってみたお菓子を差し出す。
皆が笑顔のまま固まった。トムなんて、すぐに手を出してくるかもと思ったのに。
「えーと…これは…?」
「勿論、スコーンです。売店に置かせてもらうなら日持ちした方がいいかと」
「あー…すごい日持ちしそう!なんなら化石になりそう…」
「おいバカ、ファリーナは一生懸命なんだぞ」
「じゃあ顎鍛えるのに良さそう…?」
「えーっと、個性的な見た目で、目立ちそう」
すごい気を遣われているのが分かる。でも自分でも思ってるから気にしないでほしい、これはどう見ても──岩だ。
「…スコーン食べたことないのか?」
「なっ失礼ですね!麦が自慢なのでお菓子は豊富ですよ!…自分で再現は難しいだけで」
さらっと一番ひどいことをシエルに言われる。でも、そう思われる程度のものしか作れなかったのが悔しい。
意気消沈していると「言い過ぎ」という声と共に、スパーン!と良い音がした。絶対叩かれたでしょ。
慰めるようにエリナが優しく手を繋いでくれる。
「大丈夫よ、食堂で一緒に作ってみましょう」
「そんな、付き合ってくれるんですか?」
「勿論!おもしろ…いや、美味しいのが食べたいし」
「そうそう、あの麦のよさを駄目にしないのが食べたい」
「ちょっと、言い方。なんか本ないか探してみるよ」
「私少しなら作れるよ、やってみよう!」
「皆さん…!」
なんて美しきかな、騎士科の友情。そっと視線を外した人が若干一名いたけど気にしない。
早速、今日の放課後食堂にお邪魔することにした。
◇◇◇
「やっぱり、何だかんだ来てくれるんですね」
視線を外した一名、もといシエルさんはやっぱり皆と来てくれた。
「あの出来からどうなるのか興味がある」
「ほんと失礼ですね!」
「ほらほら、お話よりまずは試作でしょ、ファリーナ」
「そうでした!ありがとうございます、エリナさん」
「さん付けなんていらないわよ!さぁ、始めましょう」
許可をもらった食堂の一角で、大所帯でレシピ本を眺める。
ほうほう、スコーンって混ぜすぎると固くなるんだ。昨日気合いを込めて混ぜ合わせたことが頭をよぎる。つまり、そういうことだ。
「うーん、読んでてもまあそうだよねって感じだし作り始めない?」
「トムは早く食べたいだけだろ!」
「まあでも実際時間もそんなある訳じゃないし、やってみないとじゃない?」
「よし、はじめます…!」
まずは粉の計測から。ここは手慣れたものだ、伊達に農家に混じり作業していない。
砂糖に塩に、膨らまし粉もいれて。領地のバターをいれて。
「ちょっと待って!バター、冷えてないとって」
「え…でももう溶け始めちゃってますが」
「固くなるらしいよ」
「岩再来?」
「こら、余計なこと言うな!」
ボウルにいれる前だからよかったけれど、溶けはじめたものを戻すなんて無理だ。どうしよう。
作業が止まってしまった。どうするか、ザワザワしはじめる。
ガレンがポン、と手を叩いた。
「なぁ、確か誰か冷やせる魔術使えなかったっけ」
「ああ!そういえば魔術も使える人いたねえ」
「たしかに、きっと出来そう」
「え、すごい!!」
そんな人材がいるとは、流石王都。ぜひ領に来て辣腕をふるってほしい。
期待した目で見つめると、ガレンは苦笑いで首を振った。
「俺じゃないって。ほら、そこの」
視線を向けた先には、シエル。
「…何だよ」
「いやー確か朝練後の水、冷たくしてくれる人がいたなって」
「軽い捻挫なら冷やしてくれる人だよね」
「いたいた!」
なんと、本当にいい人過ぎる。遠巻きにされてた意味がわからない。
とっても期待してシエルを見ると、大きくため息をつかれた。
「うまく調整できるかは知らないぞ」
「良いんです!お願いします!」
はあ、とため息をつかれたが、右手をバターに向けてくれる。何事か呟いたと思うと、バターはキンキンに冷えていた。
「すごい!ほんとすごい!!!やっぱりうちの領地に来ませんか?お仕事なら沢山あります!お賃金は…ここからですけど」
「別にこれくらい他のやつも出来るだろ」
「私の周りでは初めてですが?」
「田舎娘」
「それはそうですけど」
またまた失礼なことを言われたが、いい。冷やしてくれたのは彼だもの。
改めて、試作に戻る。
冷えたバターをいれてスキッパーで細かくし、手で素早く擦り合わせる。卵と牛乳をいれて、ザクザク混ぜて。生地をまとめて、切って、重ねて。型抜きをして溶き卵を表面にぬったらオーブンへ。
卵を割ったり、牛乳をとってきたりと細々動いてくれた皆は、オーブンにいれるのを見ると笑顔を浮かべた。
「仕込みは上々だな!」
「あとは仕上げをご覧じろ~」
「焼き上がるまでどのくらいかかるの?」
「それなりにかかるかも。課題やっちゃう?」
「あ、じゃあ皆で出来るように教養科目にしようよ」
厨房から食堂の机へ移動して、教科書を広げる。科ごとに授業の大分違う学園だけど、教養科目は皆が受けるものだ。
「今ある課題だと詩歌かぁ」
「暗唱きついよね」
「なんだっけ?作者の気持ちを答えよ?」
「作者の生い立ちを調べ、詩に込めた思いを答えよ」
「あー、じゃあ生い立ちからか」
「そこは調べてますよ!」
「流石政務科!」
昨日の放課後調べたことをまとめたノートを取り出す。ざっとしたメモだが参考にはなるだろう。
「えーとなになに、農村地帯で生まれ…」
「五人兄弟の四男坊ね」
「へえ、幼少期は他の家に出稼ぎに行ってたんだ。そこで妻とあう…」
皆がぶつぶつ言いながら写している間に、改めて課題の詩を読む。
光輝く黄金今は遠き
銀枝に囚われた月は
葡萄酒より甘く毒を落とす
遥か第三星のその先で
微睡みの時をまっている
もう一度読む。
更にもう一度。
全く、意味がわからない。
苦草を間違えて食べてしまった牛のような顔をしている自覚がある。ちら、と周りを見るともう解釈の記述を始めていた。やるしかないか。
「光輝く黄金ってことは小麦でしょ…銀糸に囚われた月は置いといて、毒を落とすなら腐ってる…第三星のその先?もう少し寝かせる?発酵とか…」
呟いているうちに、視線に気付いた。シエルが野良狼を見たような顔でこちらを見ている。
「何ですか?解釈はそれぞれでやった方がいいと思いますけど」
「いや…お前、本当に頭に領地しかないんだな」
「どう読んでも私にはそうにしかみえないんです!そう言うシエルさんはどうなんですか!」
やや強引に彼の記述を覗くと、全く異なる情景が描かれていた。
『都を追われた王族が牢屋の中の者を助けるため必ず帰ってくるという決意の詩』
簡潔で簡素で、重すぎる解釈。思わず引いてしまう。
「おい、何だよその目は」
「いや…あの、想像力豊かですね…?」
「君のよりましだろ!!」
「何々?どんなのなワケ?」
「見せてみろよ~」
皆も覗き込んで、押し黙った。やっぱり引いてるんだろう。でも、その次に私の記述も覗いて、可哀想なものを見る目が解せない。
エリナが代弁するように、にっこり笑って言う。
「うん、二人ともどっこいどっこいだね」
「え!?」
「は!?」
「これ、恋愛の詩として有名じゃん」
「恋愛なのは前提で、それぞれの文が何を表してるかってことだよ、分かる?」
「なんでこんなぶっ飛んだ解釈になるのか…」
「新解釈として先生にはうけるかもよ?」
「逆に赤点じゃない?」
散々な言われようだった。
反論しようとした時、オーブンが音を立てた。気付けばいい匂いが漂っている。
課題を片付けて向かうと、匂いは一層濃くなった。
「これは成功じゃない?」
「はやくあけてみようよ!」
急かされるままにキッチングローブを着けて取り出す。そこにあったのは。
「スコーンと言えばこれこれ~!」
「良かった、成功だね」
「皆さんのお陰です、ありがとうございます!」
本当に美味しそうに出来上がった。これぞまさに黄金、やはり詩が示しているのは小麦のことでは?
余計なことを考えつつも食堂からジャムを少し分けてもらい、皆でお茶の時間を始める。
トムが大きな口を開けてかぶりついた。
「うんめ~!」
「うんうん、いい感じ!」
「これ、砂糖じゃなくて蜂蜜いれても美味しそう」
「あー、それなら俺チーズいれて少しご飯っぽくしてもいいかも」
「私はナッツいれても好きだなあ」
おいしいおいしいと食べる皆の感想を頭にメモしつつ、自分も食べてみる。が。
「どうしたの、ファリーナ」
「うーん、美味しいは美味しいんですけど…風味が飛んでますね」
「そうかぁ?」
「ええ。パントーニの小麦は味もさることながら、香りがいいんですよ」
「…確かにな」
首をかしげる面々の中、シエルがぽつりと呟く。
「これだと、バターの香りの方が強い。牛乳も味が薄いのか、負けてるのか、引き立てられてない。美味しいがありきたりだ」
いつになく饒舌な彼に思わず目を見開く。視線が合うと、気まずげに逸らされた。
「すごいです!料理人みたい」
「ほんとすごい、いい舌してんのね」
「いいもん食ってるからじゃね?」
「いいもん…まあ、色んなものは食べてるな」
なぜか苦虫を噛み潰したような顔なのはともかく、これはいい人材だ。ファリーナは内心舌なめずりをした。
騎士科ってことはそれなりに動ける。魔術が使えて、味見もバッチリ。
何とも我が領地に就職してもらいたい。
「みなさん、これからも是非お願いします!」
「いや「もちろん!」…はぁ」
否定しかけたシエルをかき消すように、皆の大きな声が返ってくる。
本当に素敵な人たちだ。これからも頑張って試作して、皆が喜ぶものを作っていけたら。
ふと視線を向けると、シエルはまだ半分残ったスコーンを眺めていた。
「……次は、もう少し香りを立たせられるといいな
」
ぼそりと落ちた言葉に、ファリーナは目を瞬いた。
厳しい感想のはずなのに、不思議と嫌ではない。
むしろ次はもっと驚かせたいと、そんな気持ちが湧いてくる。
──よし、次は絶対もっと美味しくする。




