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今日の朝練を終えた後、いつものように毎日朝練に参加するメンバーは輪になってパンを食べながら先ほどの話に戻った。
「やっぱりすごく美味しい。皆に知ってもらうには売店がいいと思うわ!」
「生徒たくさん来るもんな!」
「俺、三つ買う。……いや、放課後まで残ってたら五つ」
「お前、絶対授業中に腹が減るだけだろ!」
「……ただ、ドーミエ先輩優しいけど商売には厳しいよねえ」
一人ががぽつりと呟いた一言に、盛り上がっていた雰囲気が一気に静まった。
ファリーナは何度か利用した売店を思い出す。安価な文房具から少し値の張る小物まで揃う、活気のある場所だ。あそこで買った物にケチをつけている人は見たことがない。それだけ、目利きがいいんだろう。でも。
「パンには、自信があります」
言い切ったファリーナに、固かった雰囲気が霧消していく。
「うんうん、本当に美味しいよ」
「そうだ、皆で行くのは?」
「いいかも!人気があるって分かるしね」
「コネがありそうってハッタリも必要じゃない?」
一人がちらりとシエルを見ながら言うと、周囲が深く頷く。ファリーナは不思議に思いながらも、黙って3個目のパンを手に取ろうとしていたシエルを見つめた。
「…何だよ」
「あるんですか、コネ」
「無い」
「無いそうですけど…」
即答され、思わず周囲に目をやる。いい笑顔を向けられた。
「大丈夫!ありそう、って思ってもらうことが大事だから」
「そうそう、勢いとノリって必要だから」
そういうものだろうか。王都って難しい。
ファリーナはふと思い立って皆に言った。
「あの……今更ですけど、皆さんに名前を伺ってもいいですか?毎日一緒に朝練をさせていただいていますし、売店への交渉にも協力していただくのに、お名前も知らないのは失礼かと思いまして……」
一瞬、輪がピリッと静まる。最初に明るく笑ったのは、売店に置くことを強くおすすめしてくれた女の子だった。
「そうだよね、私たちは貴女が来ること先生から聞いてたから知ってたけど、自己紹介してなかったよね。私はエリナ!エリナ・シュゼット。よろしくね、ファリーナ」
隣で大柄な男の子がにやりと笑う。
「俺はトム。パンをもっと食べるために全力で応援するぜ」
眼鏡の男の子が手を差し出しながら言う。
「ガレン・フォースだ!こんな面白いこと中々ないぜ、よろしくな!」
細身の生徒が微笑む。
「ルーク・ハリスです。皆で頑張りましょう!よろしく」
タレ目の女の子が更に目を垂れさせる。
「ミアよ。ミア・フイッシャー。さっきは水を差してごめんねえ。よろしく」
ファリーナは一人ひとりに笑顔で頭を下げた。
「ありがとうございます!改めまして、ファリーナ・パントーニです。よろしくお願いします!」
そして自然と視線が残りの一人に向いた。彼は三個目のパンを口に運ぶ手を止め、視線を少し彷徨わせたあと、観念したように短く答えた。
「……シエルだ」
──ゴン、ゴン、ゴン……!!
タイミングよく、一限目の予鈴が大きく鳴り響く。
「ああっ、もうそんな時間!シエルさんですね、覚えました!では、今日の放課後よろしくお願いします!」
「ちょっ、おい!」
「ほらほら俺らも授業授業~」
何か言いたげなシエルだったが、騎士科の面々が彼を連れ去っていく。ファリーナも自分の授業へと急ぎ足で向かった。
◇◇◇
放課後の鐘が鳴る頃には、ファリーナはすっかり落ち着かなくなっていた。教室で鞄を抱えながら、ちらちらと窓の外を見る。本当に売店に話を持っていくなんて。勢いで頷いてしまったけれど、冷静になれば胃が痛い。
パンは間違いなく美味しい。でも、断られたらどうしよう。
そんな風にぐるぐる考えていると、政務科の扉からひょこっと顔が覗いた。
「ファリーナいた!行くわよ!」
エリナが、にっと笑って手を振っている。その後ろには騎士科の面々がぞろぞろいた。
「わっ……本当に来てくださったんですか?」
「当たり前でしょ。パンのためよパンのため」
「俺は腹減ったから」
「俺は普通に応援。あんた頑張ってるし」
口々に言われて、ファリーナはぱちぱち瞬く。 最初の朝練では遠巻きにされていたはずなのに、今では当たり前みたいに隣へ並ばれる。
その最後尾に、シエルがいた。
いつもの朝練姿ではなく、騎士科の制服をきっちり着込んでいる。黒を基調とした制服に銀の装飾がよく映えて、ただ立っているだけなのに妙に目立った。
(あんなに嫌そうだったのに、きてくれた)
何だかんだずっと朝練のペアを務めてくれていることだし、やはりいい人に違いない。
騒がしいまま、一行は売店へ向かった。
◇◇◇
夕方の売店は、授業終わりの生徒たちで賑わっていた。焼き菓子の甘い匂い、行き交う声。思わず背筋を伸ばす。
カウンターの奥には、にこやかな先輩が立っていた。 コーヒーブラウンの瞳が一瞬でこちらの人数を数える。
「……随分大所帯ね?」
「失礼します!商品の持ち込み相談は可能でしょうか!」
勢いよく言うと、先輩──クラリッサ・ドーミエは目を丸くした。
「持ち込み?」
「はい!」
ファリーナは勢いよく包みを差し出した。
「我がパントーニ領自慢の麦を使っておりまして──」
「また始まった」
「長いぞー」
「静かにしてください!」
騎士科が笑うのを諌め、気を取り直して、また先輩に向き直る。
「パントーニ領のライ麦パンです!小麦の香りと甘みが特徴で、朝練後にも食べやすくて、その……!」
領地への思いは溢れるほどなのに、プレッシャーで噛みそうになる。悔しい。それでも一生懸命説明していく。
先輩は静かに聞いてくれていたが、ふと視線を横へ流した。その先にいたのは、腕を組んで立つシエル。一瞬。本当に一瞬だけ、先輩の目が細くなった。
なんかあったかな、とファリーナが首を傾げる横で、先輩はにこりと営業用の笑みを浮かべた。
「試食、してもいい?」
「勿論です!」
先輩は慣れた手つきで切り分け、一口食べた。
咀嚼。
二口目。
三口目。
「……おいしいわね」
その瞬間、後ろにいた騎士科が一斉にざわついた。
「でしょ!?」
「ドーミエ先輩ならそういってくれると思いました!」
「朝練後これないと始まんねぇんです!」
わあわあ騒ぐ騎士科に、先輩は少しだけ目を見開いた。
「騎士科がここまで推すの珍しいわね」
「ファリーナ、毎朝差し入れしてくれるんです」
「めちゃくちゃ頑張ってるしな」
「根性あるんですよ、この子」
口々に褒められて焦る。自分は完全なる下心、そんなに言われることではない。本当に。それを素直に言葉に出す。
「そんな、大したことじゃ。私は領地を知ってもいたいという下心で…」
「いや大したことあるでしょ。毎朝騎士科来る政務科なんて初めて見たし」
「しかも最後までやるしな」
「最初は三日で消えると思ってた」
「私も」
「そうだったんですか!?」
皆は悪びれもなく笑う。ファリーナは少しショックを受けた。やる気はとてもあるのにそう思われてたなんて。
その時。
隣から、ふっと小さな笑い声が落ちた。
「……はは」
見ると、シエルが笑っていた。大声でなく、ほんの少し口元を緩める程度。でも、いつもの仏頂面が崩れたその顔は、びっくりするくらい柔らかかった。
ファリーナは思わず息を止める。
こんな顔をするんだ。
胸が、変にざわつく。
「なんだよ」
視線に気づいたシエルが仏頂面に戻ってこちらを見る。
「えっ、い、いえ!」
慌てて目を逸らす。珍しい物を見たせいか、心臓がうるさい。さっきの笑顔、もう一回見れないだろうか。
その横で、先輩はにこやかに笑う。
「……いいわ。試験販売してみましょうか」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。ただし条件付き。売れ行き次第では継続なし」
「はい!頑張ります!」
ぱあっと顔を輝かせるファリーナを見て、騎士科から歓声が上がる。
「やったな!」
「明日から買える!?」
「俺絶対行く!」
「売り切れる前に確保しなきゃ」
騒ぐ周囲に押されながら、ファリーナは何度も頭を下げた。
「ありがとうございます……!本当に!」
嬉しくてたまらない。領地のパンが、学園に並ぶ。その事実だけで、胸がいっぱいになる。
そんなファリーナを見て、シエルはまた少しだけ笑った。




