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朝靄の残る訓練場を見下ろしながら、ガイルは目を細めた。
「……またいる」
「ほんとだ」
隣でエリナが頷く。
騎士科の朝は早い。 自主練に来る者も少なくないが、その中でも第二王子シエルは別格だった。 毎朝誰より早く来て、黙々と剣を振るう。近寄り難い空気も相まって、自然と周囲は距離を取っている。
──はずだった。
「最近毎日いるよな、あの子」
訓練場の端。 大きな籠を抱えた少女が、にこにこしながらシエルへ何か話しかけている。
やたら声が通るせいでこちらまで丸聞こえだ。
「今日は胡桃いれてみたんです!」
「……朝から重い」
「育ち盛りなんだから食べてください!」
「君、僕の親か?」
「違います。でもいつもちゃんと食べてくれるじゃないですか」
「…………」
遠目でも分かる。 第二王子が、反論できていない。
「えっ、何あれ」
ガイルが思わず呟くと、エリナも困惑した顔をした。
「私もびっくりしてる」
「いやだって相手第二王子だぞ?」
「そうなのよねぇ……」
普通、王族相手にあんな距離感にならない。というか、誰かと親しくしている姿をほとんど見たことがなかった。
「……あの子大丈夫かな」
「怒らせたら終わりって感じするもんな」
「それは偏見じゃない?」
「いやでも怖いだろ」
実際怖い。 無表情だし、強いし、王族だし。
その時だった。少女が籠から包みを取り出し、シエルへ押し付ける。
「ほらこれ!」
「いらな──」
「食べて感想ください!」
「…………」
押し切られてる。
しかも数秒後、普通に食べ始めた。
「食うんかい」
ガイルのツッコミに、エリナも思わず吹き出す。
「ちゃんと食べてるわね」
「毒見とかなく?」
「警戒しなくていいと思ってるんでしょ」
確かにそうだ。あの子にそういう邪な感じはない。
シエルは無愛想な顔のまま咀嚼し──少し間を置いて口を開いた。
「……うまい」
「ほんとですか!?」
ぱあっと少女の顔が明るくなる。
「でも胡桃はもう少し砕いた方がいい」
「なるほど……!」
真剣にメモまで取り始めた。
何なんだあれ。
「……案外普通?」
「普通っていうか」
エリナは少し考えてから言った。
「嫌なら、あんなに話さない気がする」
その言葉に、ガイルは再び訓練場を見る。
第二王子シエル。 怖くて、近寄り難くて、雲の上みたいな存在。
だったはずなのに。
「なんか……思ってたより怖くないな」
その数日後。
「うっっっま!!」
静かな朝の訓練場に、馬鹿でかい声が響き渡った。
「トム、声デカ」
「いやだってこれめちゃくちゃ美味いぞ!?何これ!?」
「パントーニ領の小麦を使ったパンです!」
「毎日持ってきて!!」
「図々しいなお前」
流石食いしん坊、とあきれてしまう。ただ、ファリーナは嬉しそうだった。そして。
「……君も食べるか?」
ぽい、とシエルがパンを投げて寄越す。
「え?」
「余ってる」
「いやでも」
「いらないなら返してくれ」
「食う!!」
慌てて受け取る。
うまい。めちゃくちゃうまい。
「なにこれ」
「でしょ!?」
「なんでトムが得意げなんだよ」
朝の訓練場に笑い声が混じる。
その光景を見ながら、ガイルは思った。
──ああ、これ。
多分もう、皆そのうち普通に来るようになるな。




