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ジンジンと、殴られた左頬が熱を持っていた。
床に転がったまま天井を見上げる僕に、誰も声をかけようとはしない。
(……伝わるか馬鹿、か……)
ガイルの怒号と、その後に続いたルークやトム、ミアの正論が、脳裏で何度もリフレインしていた。『政略結婚』『責任』『同情』『救済措置』。
僕が口にした言葉は、彼らからすれば、そして何よりファリーナからすれば、そういう意味にしかならなかったのだ。
僕はただ、結婚すれば国費が出る。後ろ盾ができる。大好きな領地を理不尽に踏みにじられて泣いていた彼女に、これ以上ない「安心材料」を、一刻も早く提示してあげたかった。
だって、好きだから。
好きでもない相手と結婚するために、王宮で大立ち回りを演じるわけがないだろう。そんなこと、言葉にしなくても当然の前提として伝わっていると思っていたのに。
「……伝わるわけないか」
ぽつりと言い訳のように呟いた声は、驚くほど情けなく震えていた。
ファリーナが第二王子という立場に傷つき、怯えていたのを知っていたはずだ。それなのに、自分の好意の証明として王家の後ろ盾なんていう冷たい言葉を、よりによってプロポーズの場に持ち込んでしまった。
彼女を救うための言葉で、彼女の心を粉々に踏み潰したんだ。
最悪だ。最低だ。
ガイルの拳の痛みなんてどうでもよくなるほどの、激しい自己嫌悪が胸の奥をせり上がってくる。早くファリーナを追いかけないと。追いかけて、違うんだと、僕はただ君が好きなんだと言い直さなければ──。
そう思って、泥のように重い体をどうにか起こした、その時だった。
ばたんっ! と、勢いよく個室の扉が開いた。
息を切らし、肩を激しく上下させて立っていたのは、ファリーナを追いかけていったはずのエリナだった。
「……エリナ。ファリーナは……?」
縋るように声をかけた僕に、エリナは、今にも泣き出しそうな、それでいて激しい怒りを孕んだ目で言い放った。
「ダメだったわよ、この大馬鹿王子……! ファリーナのやつ、荷物をまとめて馬車に飛び乗ったわ。──『領地に帰る』って、書き置きだけ残してね!」
◇◇◇
食堂は、静かだった。焼きたての香りはある。騎士科の馬鹿騒ぎもある。皿のぶつかる音も、いつも通りだ。
なのに、何かが決定的に足りなかった。
「……塩気、足りねえな」
トムがぼそりと呟く。
「お前、それ三回目」
「だって本当に足りねえんだよ」
違う、塩気じゃない。朝一番に響いていた明るい声も、新作の試食を押し付けてくる人参色の頭も、パン生地だらけの手で笑う姿も。
全部、ない。
ファリーナがいなくなって、五日が経っていた。騎士科の朝練には身が入らず、ガイルに3回も剣を叩き落とされた。たった五日なのに、学園は妙に暗く感じる。今朝も食堂へ向かう途中、無意識に人参色を探している自分に気づいて、足が止まった。
もういない。厨房にも、売店にも、訓練場にも。
……逃げるようなことを、僕がした。
鬱々とした雰囲気を、1つの声が切り裂いた。
「え、本当にパントーニに婿入りするわけ!」
「分かんないって」
パントーニ。思わず聞き耳を立ててしまう。同じ机を囲む男たちも多くの情報を得ようと、より静かになった。
「そっかー、魔獣でてたんだもんな。復興のために金必要なわけか」
「そ。で、俺んちの兄貴か俺が婿入り候補。お見合い予定」
「たまに売店いる子だろ?元気よくて良さそうじゃん」
「まーなぁ。でも俺もっとグラマラスボディが好きだから」
「うっわ最低!!でもわかるわ」
同じ机を囲む男たちが、そっとこちらの様子を伺うのが雰囲気で伝わってくる。
腸が煮えくりかえりそうだった。ファリーナのことをそんな目でみるな。お見合い?なら僕でよくないか。お金なら出せるけど。そこまで考えて、ガイルから脇腹に一発食らった。
「ぃった!」
「顔やばすぎ、殺気だだ漏れ」
「ま、その気持ちは分かるけどなぁ」
「ほんと最低ですね」
なんだ、僕以外も酷い顔じゃないか。ファリーナは好きな人でもあるが、大切な仲間だ。そんな相手を好き勝手言われて、良い感情をもてるはずがない。
落ち着こう、と深呼吸をしてポロリと言葉が溢れおちた。
「婿入り、するんだろうか」
「知らねぇー!」
「お前がちゃんとしろって話」
「お金は出すから、みたいなのはほんともうやめてくださいね」
「…」
ルークの言葉にグッとつまる。図星だった。
「まー何にしろ、このままじゃダメだよな」
「うんうん、下手したらアイツかアイツの兄貴とお見合いからの即結婚」
「嫌だ。………………絶対に嫌だ。パントーニに婿入りするのは、あの男じゃない。僕だ」
即答して、改めて思う。僕はこれからもずっと、ファリーナといたい。
やれやれ、という顔をされた。
「じゃ、プロポーズ再挑戦だな」
「ほんとお願いだから、領地人質にとるなよ」
「素直に言えば良いんですからね」
「…好きだと、言えば良いのか」
至極真面目に問い返すと、三人は揃って深い、深いため息をついた。
「そこから教えなきゃダメかぁ……」
「まぁ、言わないよりはマシだな」
ガイルが呆れたように頭を掻いた。
「安心しろ。ファリーナにはもう、お前が言葉足らずのクソ馬鹿のせいで大失敗して、今学園で猛省してるって手紙を送っといた」
「えっ……!? 勝手なことを……!」
「心の準備をさせてやってんだよ。手紙が届く頃には、ファリーナも少しは落ち着いてるはずだ」
ガイルはニヤリと笑うと、僕の背中を思い切り叩いた。
「次はないぞ、シエル。さっさと行って、ちゃんとそのデカすぎる好意をぶちまけてこい」
「……ああ!」
席を立つ。お金でも、王家の義務でもない。僕はただ、君に「好きだ」と伝えるために。
◇◇◇
ファリーナへ
お前がいなくなってから、シエルが終わってる。
朝練は集中切れて剣飛ばされるし、厨房では人参色探して立ち止まるし、俺の眼鏡をみてため息をつくし、パン見て沈むし、正直かなり重症だ。
あと、お前へのプロポーズが最低だった件については、現在騎士科総出で説教中。 本人は『好きなのは前提だった』とか意味不明な供述をしている。
安心しろ。 俺たちも意味が分からなかった。
ただ、あいつがお前を好きなのだけは本当だ。
まあ、戻ってくるかどうかは好きにしろ。 でも、逃げたまま終わるのは、お前ららしくないと思う
ガイル
追伸:エリナも相当きてるから、帰ったら覚悟しておいた方が良いと思う




