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廊下を曲がる。
涙で前が見えない。みっともない。最低だ。なのに足だけは止まらなかった。
途中、厨房横をすり抜けて一層心臓がいたくなった。パンの作り方を教えたり、試作を食べてもらったり。あんなに温かくて幸せな場所だったのに。
「ファリーナ!!」
後ろから声が飛ぶのを無視して駆ける。 が。
「うわっ!?」
ぐい、と腕を引かれた。
そのまま空き教室へ引きずり込まれ、勢いよく扉が閉まる。
「っ、エリナ……」
「逃げない!!」
ばんっ、と壁を叩かれる。
普段なら怖くて泣きそうになる勢いなのに、今はもうそんなことは考えられないくらい頭がぐちゃぐちゃだ。
「なんであんたがそんな顔してんのよ!」
「だ、って……!」
「だってじゃない!!」
エリナの目が、怒りで燃えていた。
「領地馬鹿にされて!傷つけられて!勝手に価値だのなんだの押し付けられて!なんであんたが自分が悪いって結論になるわけ!?」
「でも、シエルさんが……!」
「シエルが選んだんでしょうが!!」
空気が震えるほど大きな声だった。
「誰かに強制された!?違うでしょ!?あいつ、自分で決めて、自分でパントーニ助けに行ったのよ!!」
「っ……」
「第二王子とか騎士科とか関係なく接してくれて、一緒に時間を過ごして。シエルも私たちも、ファリーナのこと大切に思ってる。」
エリナまで泣きそうになっていた。
「なのに何!?あんた、あいつの気持ち全部、迷惑だったかもで踏み潰すわけ!?」
「つぶ、して、ない……っ! 私は、ただ、シエルさんが後悔してたらって……!」
床に水滴が落ちていく。ごちゃごちゃな気持ちは涙になって流れていくと思ったのに、なんで少しも楽にならないんだろう。
エリナが大きくため息をついた。その目が、少しだけ柔らかいものに変わる。
「後悔するわけないでしょ。あいつ、自分のこと王子なんて一度も名乗らなかった。そんな退屈な肩書きより、あんたと一緒に泥まみれになって、不器用そうにパンを丸めてる時の方が、よっぽど人間らしい顔してたわよ」
「……!」
「ファリーナが見つからない間、あいつがどんな顔して学園中を彷徨ってるか知ってんの? 死に損なった幽霊みたいな顔して、必死にあんたの人参色の頭を探してんのよ。あれのどこが価値が下がって後悔してる王子の面よ」
エリナの言葉が、第一王子に植え付けられた冷たい呪いを、一つずつ乱暴に、でも確実に剥ぎ取っていく。後悔してない、のだろうか。
「いい? あんたが最初、打算で近づいたっていうなら、あいつのそのクソデカい感情ごと、最後まで責任持ちなさいよ。……あの不器用な男が、必死に掴み取ったものを、あんたが勝手に手放してどうすんの」
エリナが私の肩を、ぽんと叩いた。
「……ほら、涙拭いて。いつまで逃げ回るつもり?」
「エリナ……」
「さっさと行って、あいつの顔、あんたの目で確かめてきなさい」
扉の向こう。どこかで私を探しているかもしれないシエルから逃げ続けるのは、もうやめたい。
震える指で涙を拭った。




