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「最近、元気がないわね」
先輩に声をかけられ、はっとする。ぼーっとしてた。
厨房や訓練場には何となく顔を出しづらく、かといって何もしないのは性に合わず、最近はよく売店の裏で発注だの帳簿つけだのをしていた。先輩とも、大分仲が深まったと思う。─勿論約束通り、小麦を卸す契約も締結した。
「元気がない、ですか?」
「ええ。私が見かける貴女は、よく笑っていたから」
「そう、ですかね…」
騎士科の面々、特にシエルを思い出して思わず口ごもってしまう。先輩は微笑んで言った。
「言いたくなかったら別にいいんだけど。どうして距離を取ったの?」
「それ、は…」
それは。どうして。第二王子と知ったから?本当にそれだけだろうか。少し考えて、口を開く。
「私、仲良くしてたと思うんです」
「ええ、そうね」
「それなのにシエル…第二王子殿下のこと、私だけが知らなかった。不敬だったと言う気持ちと、皆に何となく裏切られたような気持ちと…なんというか…」
「……シエルさん、あんまり自分から王子って言いたがる人じゃないもの」
「でも、皆知ってました」
「ええ。でもね、知ってるからこそ普通に接しづらいのよ。だから貴女といる時の騎士科、すごく楽しそうだった」
「……」
「多分ね、誰もが言わなきゃって思ってるうちに、言えなくなっちゃったのよ」
先輩の優しい声は、羊毛の毛布のように心をあたためてくれる。
「そう、なんでしょうか…」
「きっとね。直接話せばもっと分かるわよ」
「………こんなに、避けて。皆嫌になってないでしょうか」
つい、弱音が溢れる。先輩は目を丸くした後、吹き出した。そして、表を指差す。
「ご覧なさいな。貴女を待ってるわよ」
指差した先には。にっこり手を振るエリナがいた。
◇◇◇
数日…いや、数週間ぶりに会ったというのに、エリナは全く変わらずやれ訓練がどうの、男たちがどうのと話をしてくれた。そのまま、初めて食堂の個室へと通される。中には、アフタヌーンティーの用意がされていた。ミアがニコニコと席に座っている。
「今日は女子会。お茶しましょ!」
いつかの再来だ。思わずクスッと笑ってしまう。やっと、肩の力が抜けた。
一番下のセイボリーから手をつけ始める。かぼちゃのキッシュを口に運びながら、エリナが伸びをした。
「あー美味しい。やっぱ、この時間すこしお腹すくわよね」
「分かる、身体動かすと塩気欲しくなるしね」
「今日は何したんですか?」
「ふふん、聞いて驚きなさい。貴女の領地での討伐の再現!」
「討伐の再現!?」
意味が分からなすぎる。疑問が全面に出ていたようで、ミアが笑った。
「行かなかった騎士科の子達にグランド・ボアの実際の動きを教えるために、私たちが真似たのよ」
「えっ…あの大きさや速さの表現はどうやって…?」
「先生が魔術でちょちょいって」
そんな魔術があるとは。ちょっと見てみたかった。崖に追いこむところはマットレスでそう見立てただとたか、固さはもっと必要だったかもなんて二人の話は尽きない。
興味深く話を聞きながら瑞々しいトマトとレタス、厚切りのハムが挟まったサンドイッチにかぶりつくと、パントーニの香りが鼻を抜けた。思わず目を丸くする。
「、これ…?」
「ふふ、流石ファリーナ」
「どこかの誰かさん達がね、これを用意したのよ」
よく見ると少し具材が飛び出ているサンドイッチやいびつな形のスコーン、つぶれたマカロンもある。
ガイルにトム、ルーク。そして、もしかしたら。シエルも作ってくれたのかもしれない。
思わず胸いっぱいになって、目が潤んでしまう。
「わたし…私、みんなを避けてしまったのに」
「ほんと、どうしてやろうかと思ったわよ」
「エリナったら。でも、寂しかったわ」
拳を握りしめるエリナに少し恐怖を覚えていると、ミアに眉を下げられ、罪悪感に襲われる。
シエルが第二王子なのは周知の事実で、知らない子がいるなんてきっと最初は皆思ってなくて。だから第二王子を探してるっていう話をしている時に変な雰囲気になったんだな、と今さら思い至る。
二人の姿がぼやけ、とうとう手元に1つぽつりと水滴が落ちた。続けてポロポロと落ちていく。
「っ皆さんには、領地をすくってもらったのに。私はそのお礼も十分せず…っ!」
「はぁ?」
もはや湖に突っ込んだかのような視界の向こう、エリナの呆れ声が聞こえる。
「何言ってんのよ。助けたかったから助けただけでしょうが」
「そうよ。そもそも、貴女一人が背負うことじゃないわ」
「でも…!」
「それにね」
ミアがふわりと笑った。
「お返しするのはこっち」
「……え?」
「毎朝パンを焼いてくれて、一緒に笑ってくれて。あれ、皆すごく嬉しかったの」
あんな打算まみれのパンを。いつも笑ってて楽しくて、毎日頑張れたのは間違いなく皆のお陰だ。
「わ、私、最初は領地を知ってもらいたいって気持ちだけでパンを焼いてたんです……! それに、第一王子殿下にも言われました。シエルさんが私のために手柄を捨てたって。私のせいで、シエルさんの王子としての価値が下がっちゃったんですよ……!」
「あんたねぇ!! どんな気があってもパンを焼いたのはあんたでしょ。価値が下がる? そんなの、あいつが一番どうでもいいって思ってるから、全部パントーニに賭けたんでしょうが!そうじゃなきゃあんたがいないだけで死にそうな顔して学園中うろちょろするわけないでしょ!」
「っでも!後悔してるかも!」
涙が止まらない私をみて、エリナとミアが息を呑むのが分かった。
「……ファリーナ、あんた、あのクソ馬鹿第一王子に何言われたわけ?」
エリナの低い声に、ビクリと肩を揺らす。
「、ゴミみたいな土地だって……。そんな価値のない辺境のために弟が王子としての価値を下げた、本当に無駄なことをする、って……。私、知らなかったんです。私のせいで、シエルさんの立場が悪くなっちゃったなら、私はもう──」
視界が涙で完全に歪む。
私がシエルの側にいちゃいけない。これ以上、あの優しい人の足を引っ張るわけにはいかないのだ。
「ちょっと、ファリーナ!?」
エリナの引き留める声を振り切るように、席を立ち、逃げるように個室の扉を開けて走り出してしまった。




