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行きとは打って変わって、馬車の中は静まり返っていた。激戦の疲れから、ガイルもエリナもみんな目を閉じ、浅い眠りに落ちている。聞こえるのは、ガタゴトと規則正しく響く馬車の揺れる音と、馬の足音だけ。
シエルも窓の外を見つめたまま動かない。その横顔を見つめながら、自分の無力さと、これからの領地のことを考えてしまう。
今のままじゃ、本当にパントーニは潰れてしまう。でも、諦めるわけにはいかない。学園に戻ったら、死に物狂いで第二王子殿下を探そう。どんなに身分が高くて冷酷な人だとしても、私はその人に縋るしかない。パントーニの領民を守るために、直訴する。
決意を新たにすると同時にもう一つ、懸念を思い出した。出発する時のこと。
『本当にありがとう、皆さん、ファリーナ』
『演習が無事成功して良かったですよ!』
『ぜひまたきてください』
『ええ、今度はゆっくりうかがいます!』
『ところでファーラ、お見合いの件なんだけど─』
『さ、皆さん学園に帰りましょう』
『ちょ、ちょっとファーラ!』
『お父様、ではまた』
手紙を焼き捨てようが剣もほろろに断ろうが、諦めていないらしい。深いため息をつく。
─皆でパンを囲んで話す時間が待ち遠しかった。
◇◇◇
3日後、馬車が学園の敷地に滑り込んだ。
「ふわぁ、着いたか……」
「さすがに疲れたわね」
「自分のベッドが恋しい….」
みんなが伸びをしながら馬車を降りた、その瞬間。いつもの学園ののどかな雰囲気とは違う、物々しい空気を感じた。
白い騎士服を着た王宮騎士たちがズラリと整列し、馬車の前に歩み出て、一斉に深く頭を下げる。
「お待ちしておりました、シエル第二王子殿下!」
その言葉が、頭上から降ってきた。
思考が完全に停止する。
「だいにおうじ、でんか……?」
掠れた声で呟くと、シエルは痛々しいほど顔をしかめ、ひどく焦った様子で振り返った。
「……その、悪い。僕が第二王子だ」
頭の中が真っ白になる。悪いって何が。第二王子って。
私が必死に探そうとしていた人。直訴しようと覚悟を決めた、雲の上の第二王子。それが、一緒に小麦粉だらけになったり、試食しあったり、「大事な畑を荒らすな!」と吠えてくれた、あの──?
頭の整理がまったくつかない。でも、周囲の王宮騎士たちの放つ威圧感と、何も言わずに目をそらしている騎士科の皆が、これが現実だと突きつけてくる。
「っ、すみません……! 今まで数々の不敬、お許しください、殿下……!」
反射的に、領主の娘としての本能で、一歩引いて、これ以上ないほど深く頭を下げた。
「あ、待ってくれファリーナ! 違う、僕は──!」
シエルに手を伸ばされたが、王宮騎士たちに「殿下、王妃様がお待ちです」と遮られて届かない。恐ろしくて顔を上げられず、シエルが連れられていく足音だけを聞いていた。
王宮騎士たちが去っていき、重たい沈黙だけが残る。誰もすぐには口を開けない。
やがて、ガイルが頭を掻きながらぼそっと呟いた。
「……いや、その。悪かった」
「え?」
「俺ら、言うタイミング完全に逃してて」
「逃してたっていうか、シエル本人が隠したがってたしね」
エリナがため息混じりに肩をすくめる。
「別に騙してたわけじゃないのよ。あいつ、王子扱いされるの嫌うし」
「でも結果的に騙してたみたいになっちゃいましたね……」
ルークまでしょんぼりしている。うまく返事ができなかった。
騙していたわけじゃない。それは分かる。分かるのに。
頭の中では、仏頂面でパン生地まみれになっていたシエルと、「殿下」と呼ばれて遠ざかっていく背中が、どうしても結びつかなかった。




