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馬車に揺られること3日。商人の足は速いと言っていたのは伊達じゃなかった。いつもなら5日は確実にかかるのに。
見慣れた領地の、見慣れない物々しい雰囲気に息を飲む。領主館にまず赴くと、父がでてくる。─珍しく、真剣な顔で。
「ファリーナ、お帰り。騎士科のみなさん、来ていただいてありがとうございます」
「畑は?みんなは?どうなってるの?」
「群れができてる。正直、ありがたいがこんなことにみなさんを巻き込んで申し訳ない」
「演習ですから、お気になさらず」
ガイルがニカッと笑う。それだけで、少し場が和んだ。エリナがすかさず皆に指示を出す。
「私たちはとりあえず領民と家畜の避難誘導に回る! 武器の準備もあるし、まずは防衛線を張るわ!」
「そうだな、パントーニ子爵、案内をお願いできますか」
「勿論ですとも」
「あの、私は何をすれば!」
役に立たないかもしれないが、なにもせずにはいられない。
「ファリーナはシエルと一緒にまず畑の被害状況とボアの正確な数を見てきて。シエル、あんたは間違いなくこの中で一番強いけどまだ戦っちゃダメよ、合流するまで待って!」
「はい!」
「任せておけ」
各自軽く準備を整え、それぞれの場所へ向かう。エリナ、ガイル、トム、ルークは誘導へ。ミアは、救護院へ。そして、私とシエルは、畑へ。
「じゃ、また後でな」
「パントーニの美味しいご飯期待してる!」
「良い景色を落ち着いたら案内してくださいね」
「落ち着くのよ、ファリーナ!」
「多少の怪我は私が治すから、安心して」
「…行くぞ」
「はい!皆さんも、お気をつけて!!」
長い1日になる予感がした。
◇◇◇
朝焼けの中、小麦畑の端から地響きが聞こえてきた。次の瞬間、グランド・ボアの群れが突っ込んできて、種まきを終えたばかりの畑が一瞬で踏み潰される。羊がパニックで逃げ惑い、柵が壊れて牛が咆哮を上げる。領民の叫び声が遠くで響いて、土煙が空を覆った。
思わず歯を食い縛る。
(思っていたより、ひどい…!!)
目が離せない。けど、なす術もない。
白くなるほど拳を握りしめてしまう。シエルはこちらを見て、深く息をついた。瞬間、剣を持って駆け出す。
「まって、何を…!」
「討伐に決まってるだろ!僕が何のために来たのか思い出せ!」
シエルは近くの一頭の背後まで走りよると、斬りかかった。魔物の皮が硬すぎて刃が弾かれる。逆に突進されて吹っ飛ばされた。
小麦畑に転がって泥だらけになりながら、シエルはくそ、と毒づいた。
周りでは魔物が羊を咥えて振り回したり、牛を角で突き上げたりしている。
その様子を見ながら、領地が心配なのか彼が心配なのか分からなくなってきた。とにかく心臓が痛い。
思いきり、両手で頬を打つ。騎士科は助けに来てくれてるだけ。ここに来るよう頼んだのは、この領地を知るのは、守りたいのは──自分だ。
注意深く魔獣の動きを見て、確信を持って叫ぶ。
「シエルさん、そのまま右方向に走ってください!そしたら崖がある!この魔獣、止まるまではまっすぐしか走ってない!」
ファリーナの叫び声が耳に届く。
「了解だ!」
ファリーナの叫びに反応する魔獣に、咄嗟に近くにあった鍬を左手でぶんまわし、意識を再度に向けさせる。
─確かに、走るのは真っ直ぐだ。
「騎士がこんなもん使うなんて笑いものだな…」
苦笑いしながら、魔物の足元に泥を投げつけて目を潰す。
魔物が怒って突進してきた瞬間、畑の土を蹴って駆け出した。ファリーナのいう通り、畑が続くように見える先にはすぐ崖が。
「こい!こっちだ!」
挑発して、ギリギリで横に飛び跳ねる。魔物がブレーキかけきれず崖から転落して、ゴロゴロ落ちていく。
その様子をちら、と見るとファリーナの元に戻りながら独自の通信魔術を展開する。──攻撃魔術は使えなくとも、出来ることはある。
騎士科全体に声が届くように構築したあと、震えているファリーナに笑いかけた。
「参謀殿、最高の作戦だった。他に崖は?」
『なにこれ!シエルの声聞こえんだけど!』
「魔術で繋いでる。ファリーナの声も聞こえるか」
『ファリーナ!無事!?』
『こっちはちょーっと厄介なのもいそうです』
「皆さん…!場所はどこですか!」
『東の川』
『えー、南かな?大きな畑の側』
『街道沿いの、白い花のところ』
『なんかゴツゴツした岩がある!』
「分かりました、お伝えしますね─」
残りの魔物もファリーナの指示のもと、騎士科が泥まみれになりながらも追い立てて、崖から落とす。最後の一匹が小麦畑に倒れると、土煙と麦の欠片が舞って静寂が戻った。
「勝った…?」
指示を飛ばし続け掠れた声で呟く。その時、シエルが側から消えた。
ガキン、嫌な音が背後から聞こえる。振り返って目を見開いた。
崖に落ちたはずの一匹だけが這い上がってきていた。牙が折れて血まみれなのに、赤い目がギラギラ光ってる。
シエルは、魔獣の突進から守ってくれていた。
先ほどまでとは違い至近距離の魔物。息が止まりそうなこちらを背後にかばいながら、シエルは息を整えて剣を握り直す。
「参謀殿、なにか知恵は?」
笑うようにいっているけど、足ががくがくしているのが見てとれる。私なんか守らないでいいとは言えなかった。でも、傷ついてほしくもない。
固まりそうになる頭を必死に動かし、囁いた。
「もう3歩左にずれたら元水路です。もしかしたら重さで─」
全て聞ききる前にシエルは動いた。剣で相手の力をいなし、無理矢理方向を変えさせる。びき、とどこか鳴ったような気がする。
シエルは泥だらけの顔で吠える。
「大事な畑を荒らすな!」
その言葉に息を飲んだ瞬間、魔獣は思いどおりの位置へ動き─ぬかるんだ地面に足をとられ、動けないまま沈んでいった。
はぁ、と息をついてシエルが振り返る。
「なんとかなったな。良かった」
本当に心の底からそう思っている顔をするもんだから─思わず泣いてしまった。
感謝なのか遅れてきた恐怖なのかもうなにがなんだかわからない。愛する領地を同じように大事に思ってくれる人に、知らない感情が生まれたような気がした。




