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先生に何度も頭を下げて指導官室を退出する。廊下に出た途端、ガイルが小さく息を吐いた。
「武器は何とかなったけど、問題は足だよな。馬車を自分たちで手配するって、結構な大金が動くぞ。あと、普通の業者が貸してくれるかどうか……」
「なにかお困りごと?」
「!クラリッサ先輩!?」
いつもは売店にいる人が、何故ここに。驚きが顔にでていたのだろう、先輩は少し笑った。
「今日は商売の相談にきたの」
「ごめんなさい、今はそれどころじゃ─」
「パントーニ領におけるグランド・ボアの出現に対し、王宮騎士団の派遣が拒否された」
「!?」
「でしょ?」
「なんでご存知なんですか…」
「商人の耳と足は速いのよ」
朗らかに笑う先輩は、いつもと様子が違ってみえる。少し警戒しつつ、慎重に口を開いた。
「商売の相談とおっしゃってましたね」
「ええ」
「何を…?」
「パントーニの小麦と、小麦を使った制作物の優先販売権が欲しいの」
普段なら踊り出したいほどの申し出だ。でも今はそれどころじゃない。
「そんなに買ってもらえて嬉しいです。でもその、小麦がどうなるか…」
「交渉成立ってこと?」
「いやあの」
「うちは小麦を沢山買いたい。そのためには、魔獣には速くいなくなって欲しい」
話の先がみえず、黙ってしまう。
「ねえ、うちの馬車を使って。言ったでしょ、商人の足は速いの」
◇◇◇
王宮がいつ演習中止と言い出してもおかしくない。慌ただしく準備をし、午後には出立となった。先輩も先生も、お見送りにきてくれている。
「ありがとうございます、本当にありがとうございます!」
「良い報告を待っている」
「私も、良い小麦を待ってるわ。背負い込みすぎないでね、ファリーナ」
優しく頭をなでられ、泣きそうになってしまう。馬が鳴き声をあげ、出立を促す。
「それでは行ってきます!」
「いってらっしゃい!!」
馬車の中では、騎士科の正装─騎士服に囲まれた。見慣れない服でも、顔はいつもの皆だ。ガイルがにやっと笑う。
「いやーもう俺、帰ったらデート三昧しないと。予定変えてもらっちゃったわ」
「でた、最低発言。そのうち刺されそう」
「はあ?うまくやってるわ」
「なんかそういう発言って…良くないことおきそう」
「まじでやめろよ、縁起でもない!」
今から魔獣に挑むとは思えない軽さに、固まっていた身体が解れていく。きっと、私のためなんだろう。
ふふ、と笑ったところでシエルが口を開いた。
「一つ言っておくことがある」
馬車の空気が静まり、視線が集中する。シエルは窓の外を見たまま、ぽつりと続けた。
「僕は、魔術で攻撃できない」
「……は?」
最初に声を上げたのはガイルだった。
「え、でもお前、魔力量は……」
「ある。だが攻撃には使えない」
静かな声だった。
「身体強化と防御、補助だけだ。攻撃魔術を使おうとすると制御が乱れる」
「乱れる、って…」
「魔力暴走を起こしてな」
「!!」
魔力暴走。幼少期に起きることが多いと言うが、体験談はタブー視されている。─魔力を制御できない、というのは、そのままその人の評価を下げるためだ。例え、子ども時代の話だとしても。
「目の前で一人瀕死になったのを見て以来、攻撃魔術は発動できないんだ…情けない話だが」
「そんな、情けないなんて!」
「いい、別に。出来ないなら出来ない分、やれることをやるだけだ。だから前衛に立つ。グランド・ボア相手なら、僕は囮役をやるのが一番効率的だ」
「却下」
即答したのはエリナだった。
「は?」
「なんで一人で抱え込む前提なのよ」
「合理的だ」
「バカの間違いでしょ」
「エリナ」
「ファリーナもなんか言いなさいよ!」
急に振られて目を瞬く。でも、言うことはひとつだった。
「……シエルさん」
「なんだ」
「一人で前に出るなら、私は反対です」
シエルが目を見開く。
「だって、皆で来たんですから」
攻撃魔術が使えない自分は不完全だ。そうやってどこか自分を卑下していたシエルに、一歩も引かずに言葉を重ねた。
「魔術で攻撃できないなら、なんですか?私は練習試合で木剣での戦いを見させていただきました。間違いなく、シエルさんは、皆さんは、強い。……一人で全部やろうとしないでください」
「……ファリーナ」
シエルが気圧されたように固まる。すると、隣でガイルが意地悪く笑った。
「聞いたかよバカ。お前が一人で格好つけて死んだら、帰りの馬車で俺たちが気まずいだろ」
「お前な……」
「そうよ。私達がいるってこと忘れてない?」
エリナが当然のように拳を叩きつける。
誰もシエルを責めない。当然だ。攻撃魔術を使えないというのは、勇気のいる告白だったと思うけど。それがどうした、だ。それに、攻撃できないことをあげるとしたら、私なんて足手まといにしかならない。
当たり前だと笑う仲間の顔を、シエルは信じられないものを見るように見つめ──それから、観念したようにふっと息を吐いた。
「……そうだったな。悪い」
「全く、一人ヒーロー気取りは困っちゃうぜ」
「お前は余計」
ガイルの言葉に、馬車の中に今度こそ温かい笑いが広がった。窓の外を流れる王都の景色が、遠ざかっていく。
私たちの戦いは、もう始まっていた。




