17
いつもはゆっくり皆とお話しする朝練後だが、そそくさと政務科に向かってしまった。あんな露骨に避けられてまで居続ける図太さは、無かった。
そして迎えた昼休み、エリナとミアがいつものようにバスケットを携えて来るのを見て少しほっとした。
「いつもありがとうございます、来ていただいて」
「良いのよ!騎士科の方が食堂に近いんだし」
「そうそう、今日は新作が入ってるみたいよ。楽しみねえ」
穏やかな気持ちで中庭に向かう。少し風が冷たくなってきた。王都でこれなら、領地はそろそろ種まきを終えた頃だろうか。領地。空。リボン。
連想して違うことを思い出し、また少し落ち込んでしまう。でも、バスケットの中身は憂鬱を吹き飛ばすようなものだった。
「わぁ…!すごいですね!!」
「ほんと、可愛い!」
「なにこれ、どうなってるの?」
飾り切りされた野菜、花の形に成形された卵。とても手が込んでいるのが分かる。ひとしきり騒いで食べ始めると、ミアが微笑んだ。
「ファリーナが頑張ってるから、応援ですって」
「応援…?」
「結局ほぼ毎日厨房に入り浸ってるでしょ、あんた。偉いわねえ、お嫁に欲しいわぁって言われてたわよ」
「そんな…でも嬉しいです!お礼言わなくちゃ」
「そうね!私も言おうっと」
「ファリーナのお陰でこんな可愛いの食べられるわ、ありがとう」
「いやいや、食堂の方のおかげですよ」
「勿論そちらにも言うけれど。貴女がいないと貰えなかったわよ」
「たしかにミアの言う通り。ありがとう、ファリーナ!」
「それを言うなら私とごはんを食べてくれてありがとうございます、エリナ、ミア」
ふふふ、と笑いあい──二人の顔が固まった。なんだか後ろが賑やかな気がする。振り返ると、ガイルとトムが、顔を真っ赤にして今にも逃げ出しそうなシエルの両脇をがっちりホールドして、ずるずるとこちらへ引っ張ってきていた。後ろからはルークが困ったように笑いながらついてきている。
「離せ!自分で歩くと言っているだろ!」
「嘘つけ!放したらお前、絶対逃げるだろ!ほら、ファリーナあそこにいるから!」
「男を見せろって」
「もっと拗らせたいんですか?」
「それは…違うけど……」
唖然としている間に、シエルはテーブルの前に連行されてきた。ガイルとトムが朗らかな笑顔を浮かべる。
「はい、お届け物でーす!」
「あとは若いお二人で!」
シエルの背中がドンッ!と力強く押されて、三人は立ち去っていった。つんのめって、目の前に。視線があった瞬間、また逸らされた。胸が痛む。
でも、逸らされたせいで麦藁色の髪の奥、耳が真っ赤になっているのが見えた。え、なんで?
「あの…?」
「あー…」
「あ。私、ジュース欲しいんだった。買ってくる!」
「私も行ってくるね!」
「え、え!?」
止める間もなく二人は去っていく。流石騎士科すぎる。シエルのいつになく煮え切らない態度にこちらもどうすれば良いかわからない。しばらく口をモゴモゴさせたあと、意を決したように拳を握りしめた。
「……ファリーナ」
「は、はいっ!」
「朝は、……その。避けるような真似をして、すまなかった」
「!」
「あの…だな………」
黙り込んでしまった。でも、なんでか朝と違って穏やかな気持ちで待てる。
「昨日の」
「昨日の?」
「…リボンが、その。似合ってたから…」
「!?似合ってると思ってくれてたんですか!?」
「だからそれは言っただろ!」
「似合わないとは言ってない、でした」
根に持ってるんだから、こちらは。少し口を膨らませると、焦った顔をされた。
「だから違う、その!昨日ガイルが言ったことというか」
ガイルが言ったことと言えば。
『シエル、可愛いから他の男に見られたくないって言えば?』
あの冗談?私を期待させた、あれがなんだと言うのか。
「それがどうされたんですか?」
「ああもう…」
「あの、謝罪は受けたので無理しなくても」
「だから、あいつの言った通りなんだよ!」
言った通り。
言った通り?
言った通り!?
頭がぐるぐる回り、目も口も大きく開いてしまう。淑女としてはあるまじき姿だろう。シエルはなんだかスッキリした顔をしていた。
「そういうことだ。だから、その。何となく照れくさくて、避けてしまったんだ。ごめんな」
「はぁ…」
「ファリーナ?」
「おおう…」
「おい、大丈夫か?」
大丈夫なわけない。なんか思っていたのと違いすぎて理解が追い付かない。一人でスッキリしないで欲しい、私をおいていかないで。頭の中が「可愛い」「他の男に見られたくない」という言葉で埋め尽くされて、回っている。
そこへ、ニヤニヤしたガイルたちと、ジュースを持ったエリナたちが戻ってきた。
「いや〜シエル、お前あんなに渋ってたのに、言う時は言うねえ! 男らしいじゃん!」
「……うるさい。僕はもう行く」
反射的に去っていくシエルには手を振ったものの、まだ頭が働かない。エリナに顔を覗き込まれた。
「ちょっとファリーナ! 大丈夫!?!すごいボーッとしてるけど」
「え、エリナ……私、なんか、思ってたのと違いすぎて……」
「ふふ、シエル、直球だったわねえ」
「直球…あの、シエルさん、私のこと可愛いって……そんな風に思ってくれてたみたいで……っ」
顔が熱い。昨日ガイルの言った言葉をそのままオウム返しにすると、エリナとミアが不思議そうな顔をした。
「……ねえファリーナ、あんた、それってどういう意味か分かってる?」
「え? ええ。ですから、私が水色のリボンをつけていたのが目立つから、他の男の人に見られたくなかったって……。シエルさん、でも可愛いだなんて、そんな……!」
思わず早口で捲し立てる。いっぱいいっぱいの私は、背後で交わされる会話が耳に入らなかった。
「…あ、これ気づいてねえわ…」
「シエル、あんなに覚悟を決めて言ったのに、伝わってないんですね……可哀想に……」
「はあ……。もういいわ、あのアホにはこれくらいが丁度いい罰よ」




