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課題がたまっていて厨房には行かず朝練に直行したら、見慣れた人参色の頭に揺れるものがあった。よく見ると、いつもは下の方でくくってあるだけの髪も、作りは分からないが複雑な形になっている。なんだか分からないが、いやに動揺した。
ガイルたちの声がすり抜けていく。
「……シエルさん?」
不安そうに声をかけられ、意識が戻った。
「なんだ」
「えっと……変、でしたか?」
「は?」
「皆さん褒めてくださるんですけど、慣れなくて……」
改めてファリーナを見る。水色のリボンと髪が風に揺れる。居心地が悪そうに擦り合わされる指先。
やたらと眩しく見えて、黙ってしまう。
「…………別に」
「別に?」
「似合ってないとは言ってない」
無性に気恥ずかしくなって視線をそらす。周囲は一瞬静まり返った後、一気に賑やかになった。
「うわー!!!」
「シエルが照れてる」
「貴重」
「ウエディングケーキ焼くか?」
「うるさい」
いつも通り茶化してくる奴らを低い声で一蹴する。ちら、とファリーナを見ると輝くような笑顔を浮かべられた。
「本当ですか! 良かったあ」
「っ…」
頭に血が上る。心臓が早鐘を打つ。やめて欲しい、自分が自分じゃないみたいだ。
「……あーあ」
「これは重症だな」
「自覚ゼロ同士って怖いですねえ」
呆れたように言う男たちが鬱陶しい。
「何なんだよお前ら…」
結局朝練は散々だった。手が触れたら固まって目があったらそらして。でも思わず見てしまう。ぎくしゃくしながらも何とか朝練が終わり、まだ熱の残る訓練場で木剣を肩へ担いだ。
「お疲れさまでした!」
ぱっと明るい声が響く。 振り返れば、水色のリボンを揺らしたファリーナが笑っていた。
「今日はありがとうございました。皆さん褒めてくださって、ちょっと安心しました」
そう言ってぺこりと頭を下げる。結われた髪が揺れて、細いリボンが朝日に透けた。
やっぱり妙に、目につく。
「……別に」
短く返すと、ファリーナは「?」という顔をしながらも嬉しそうに笑った。
「では、授業行ってきますね!」
軽く手を振って去っていく後ろ姿を、何故か目で追ってしまう。 水色が、風の中で揺れていた。
「……」
「いやあ、破壊力えぐかったな」
背後からガイルの声が飛んできた。
「は?」
「ファリーナだよ」
トムもうんうんと頷く。
「今日やたら可愛かったよね」
「……そうか?」
「えっ嘘でしょう?」
ルークが素で驚いた顔をした。
「ま、あれは反則だろ」
「何が」
ガイルがにやりと笑う。
「リボン」
「……リボン?」
「あの色」
リボンの色?水色がなんだ。全く意味が分からない。
「……だから何だ」
数秒の沈黙。 それから、ガイルが吹き出した。
「うわ、こいつ気づいてねえ!」
「本当ですか!?」
「鈍……」
「何の話だ」
「いや、あのリボン。お前の目の色じゃん」
空気が止まった。脳裏に、さっきの光景が蘇る。朝日に揺れる髪、水色のリボン。笑顔。
「……は」
変な声が漏れた。ガイルが腹を抱えて笑い始める。
「うわ今気づいた!!」
「顔やばいですよシエル」
「見事に固まってんじゃん」
「……偶然だろ」
低く返すが、全然説得力がない。 というか、自分でも分かるくらい動揺していた。
そこへ、ちょうどミアとエリナがやってきた。
「何騒いでるの?」
「いやあ、ファリーナのリボンがシエルの目の色だって話」
ガイルが楽しそうに言った瞬間、二人は「あー……」と同時に声を漏らした。
「やっぱり男子も気づくわよね」
「そりゃあ気づくでしょ」
眉間の皺が深くなる。
「……お前ら、知ってたのか」
「え?買う時から気づいてたわよ?」
ミアがけろりと言う。
「だから絶対似合うって勧めたの」
「は?」
「でも本人は完全に天然だから安心しなさい」
エリナがにやにやしながら肩を竦めた。
「領地の空の色みたいで綺麗って喜んでたわよ」
男子陣が一斉にシエルを見て黙った。いや別に気にしてないから。
「……うわあ」
「天然つっよ……」
「どんまい」
「何がどんまいだ」
思わず低い声が出た。だがガイルは止まらない。
「いやだってお前、絶対意識してただろ」
「してない」
「朝練中めちゃくちゃ見てたじゃん」
「見てない」
「嘘つけ」
「ルーク、お前も何か言え」
急に振られたルークは困ったように笑ったあと、さらりと言った。
「まあでも、ファリーナがシエルの目の色を綺麗だと思いそうなのは分かりますけどね」
「…………」
言葉が詰まる。ファリーナなら、本当にそう思う。他意もなく、まっすぐに。そこまで考えてしまって、顔を覆った。
「うわ、重症」
「青春だなあ」
「うるさい」
周りも、自分の心臓も、本当にうるさい。
◇◇◇
教室へ向かう途中も、水色が頭から離れなかった。風に揺れる細いリボン。 嬉しそうに笑う顔。耐えられず、頭を抱える。
「シエル?」
隣を歩いていたトムがぎょっとした顔をした。
「お前どうした?」
「別に」
「いや絶対別にじゃない」
何がやりたいのか自分にも分からない。そっとしておいてほしい。そのまま無言で教室へ入ると、座った瞬間、またファリーナの顔が浮かんできて、机に額を打ち付けた。
ゴッ。
「!?」
周囲がざわつく。
「おいシエル!?」
「お前寝不足!?」
「違う」
即答する。違う、全く寝不足ではない。ただ朝から頭がおかしいだけだ。
『領地の空の色みたいで綺麗』
思い出した瞬間、もう一回机に額をぶつけそうになった。
「お前それ以上やると本当に怪我するぞ」
「うるさい」
ガイルが後ろの席で肩を震わせているのが気配で伝わってくる。
「いやあ、青春だなあ」
「いい加減にしろよ、お前」
「きゃあこわーい」
わざとらしく怖がるガイルにいらっとしつつも、そこへ教師が入ってきて授業が始まる。 だが、全く集中できない。教科書を見ても文字が頭に入らないし、教師の声は右から左へと抜けていく。
ふと窓際を見ると空が青かった。
『領地の空の色みたいで素敵』
─だめだろ。僕の頭が。
「第二王子殿下?」
教師に呼ばれ、はっと顔を上げる。
「……はい」
「随分ぼんやりしていますね。珍しい」
教室がしんと静まる。 ガイルが肩を震わせていた。
「いやあ、今日は空が綺麗で」
「ガイルだまれよ」
「痛っ」
とりあえず、後ろ足で蹴っ飛ばしておいた。
◇◇◇
何となく気まずくても、練習試合に来た分今日の放課後に試作をすると聞いている以上、行かないわけにはいけない。厨房に行くと、焼き上がったばかりのスコーンの香りが広がっていた。
「……で、これは蜂蜜増やした方か」
「はい! 少ししっとり感が増してると思うんです」
半分に割った試作品を見つめながら呟いた。口を開けば何だか余計なことを言ってしまいそうで、いつも以上に口数が少なくなる。
ちら、とファリーナを見ると眉が下がっていた。そんな顔をされると、罪悪感が湧いてくる。
「……あの、シエルさん」
「なんだ」
「他の方がいいでしょうか」
「は?」
空気が止まった。他の方が、とは。なんだ。僕じゃなくて、ということか。思わず低い声が出る。
「……何が」
「リボンです」
「…………」
思わず黙ってしまう。自意識過剰にもほどがあった。
「やっぱり、私にはこういうの似合わないですものね」
「だから、別に似合わないとは…」
「お世辞はいいんです!」
いつにないファリーナの大声に驚いてしまう。パンやスコーンを焼くときのような真剣な顔で見つめられた。
「皆さんが褒めてくださるのは嬉しいんです。でも、シエルさん途中から変でしたし……」
「変?」
「全然目を合わせてくださらないし……」
「それは」
それは。心臓がもたないというか、なんというか。情けない理由すぎて、言葉を探してしまう。
「……君、そういうの付けると、その……」
「その?」
「目立つ」
「や、やっぱり変なんですね!?」
「違う!!」
厨房に声が響く。思ったより大きな声が出て、口を押さえた。
ちょうどそのタイミングだった。
「うわ修羅場?」
「お、やってるやってる」
「えっ何ですかこれ」
ガイル、トム、ルークが顔を覗かせた。変に固まった空気が動き出す。いつもはうるさいと思うことが多いけれど、今ばかりは本当に助かった。
「今日は放課後試作するって聞いたからさ、無理してないか確認!」
「!無理は別にしてません!」
「ほんとかあ?何か今大きな声聞こえたけど」
「無理して怒られてたんじゃないんですか?」
「そういうことでは…」
「ちょうどいい、君たち説明してくれ」
「は?」
「だから、こいつが……」
盛大に詰まってしまう。なんと言えばいいんだろう。トムがにやっと笑った。
「あー、なるほどなあ」
「シエル、可愛いから他の男に見られたくないって言えば?」
かわいい。そうだ、可愛い。そして、他の男に見られたくない。
図星だった。
「はあ!?」
「うわ真っ赤」
「ガイルうるさい」
「えっえっ!?!?」
「だから言ったじゃないですか、重症だって……」
重症というかもうこれ、致命傷じゃないか。
─僕が、ファリーナを好きだなんて。




