13
朝練の前の、まだ少し冷たい風の吹く中庭で、ファリーナはそわそわと落ち着かない様子で座っていた。
「……やっぱり変じゃないでしょうか」
「全然変じゃないわよお」
「むしろ可愛い!」
向かい側でエリナとミアが力強く頷く。
先日の、練習試合の帰り道。見学に来ていた女子生徒たちの姿が、どうにも頭から離れなかった。 編み込まれた髪。揺れるリボン。可愛らしい小物たち。
『少しぐらい、ちゃんとした方が良いのでしょうか』と相談した結果が、今である。
見た瞬間気に入った、領地の抜けるような青空に似た、水色の細いリボン。自分でも素敵だなとは思ったが、ミアとエリナが絶対似合う、と押し切るように選んだものだ。普段は適当にまとめているだけの髪も、今日は少しだけ丁寧に結われている。
「でも、なんだか落ち着きません……」
「慣れてないだけよ」
「ファリーナ、素材良いんだからもっと着飾ればいいのに〜」
「素材……?」
「そこからなの!?」
二人が騒いでいると、不意にガイルの声が飛んできた。
「おはよー……って、うわ」
「?」
「ファリーナ今日かわいくね!?」
ぴたり、と空気が止まった。
「えっ」
思わず目を丸くすると、後ろから来たトムも「あー」と納得したように頷く。
「ほんとだ。似合ってるじゃん」
「良いですね、爽やかで」
ルークまで微笑みながら同意する。
「そ、そうですか……?」
急に気恥ずかしくなって視線を彷徨わせる。 その時だった。
「……」
一人だけ、何も言わない人がいた。シエルだ。
いつものように無表情に見えるけれど、何故か妙に固まっている。
「……シエルさん?」
声をかけると、ぴくりと肩が揺れた。
「なんだ」
「えっと……変、でしたか?」
「は?」
「皆さん褒めてくださるんですけど、慣れなくて……」
そこまで言うと、シエルはじっとこちらを見た。 水色のリボンと髪が風に揺れる。ただ見られているだけなのに、妙に居心地が悪い。
数秒の沈黙。
「…………別に」
「別に?」
「似合ってないとは言ってない」
ぼそり、とそれだけ言って視線を逸らされてしまった。周囲は一瞬静まり返った後、一気に賑やかになる。
「うわー!!!」
「シエルが照れてる」
「貴重」
「ウエディングケーキ焼くか?」
「うるさい」
低い声で一蹴しているが耳が少し赤い。何だかこちらも照れるからやめて欲しい。気恥ずかしさを紛らわすように、大きな声で笑顔を浮かべる。
「本当ですか! 良かったあ」
「っ…」
「……あーあ」
「これは重症だな」
「自覚ゼロ同士って怖いですねえ」
「何なんだよ君たち…」
やっぱり、頑張っておしゃれしてみて良かったなとふと思った。
◇◇◇
それなのに。何だか朝から落ち着かないまま昼休みを迎えてしまった。食堂の隅で頭を抱える。
「……やっぱり変だったんでしょうか」
「まだ言ってるの?」
エリナが呆れたように肩を竦める。
「だって、シエルさん途中から全然こっち見なくなりましたし……」
「それはヘタレからじゃない?」
「エリナ」
「冗談よ、じょーだん」
ミアが苦笑しながら紅茶を口に運ぶ。
「でも、シエルって本当に言葉が足りないのよねえ」
「言葉が足りない……」
「ファリーナ見て固まってたじゃない」
「そうでしょうか……?」
「そうよ」
エリナが即答した。
「っていうか、あいつ分かりやすすぎるのよ。朝練中ずっとチラチラ見てたし」
「えっ」
思わず目を丸くする。全然気づかなかった。今日は何だか妙によそよそしかったから、それが気になって仕方なくてほとほと困っていたというのに。見てくるのに、よそよそしいということはつまり。
「やっぱり、お世辞だったんでしょうか……」
「は?」
エリナの眉がぴくりと跳ねる。
「いやだって、皆さんに合わせて褒めてくださっただけで、本当は似合ってないのかなって……」
「何なのあいつ」
「エリナ、本人いないから」
「それでも腹立つわ!」
ばん、とテーブルを叩かれ、思わず肩を震わせた。ミアが慌てて宥める。
「まあまあ。ほら、週末しなかった分、放課後また試作するんでしょう?」
「はい、少しだけ……」
「じゃあ聞いてみたら?」
「聞く?」
「他の色の方がいいでしょうか、とか」
「なるほど……!」
色の好みというのはあるかもしれない。私は領地の空の色が素敵だなと思ったけど、草原の色も好きだし、なんなら羊の色も好きだ。
「分かりました! 聞いてみます!」
「いやそこ素直に行くのね……」
ぼそりとエリナに何か言われた気がしたけれど、嫌われたわけではないなら安心だ。 そう思うと、少しだけ胸のつかえが取れた気がした。
◇◇◇
放課後。 厨房では、焼き上がったばかりのスコーンの香りが広がっていた。
「……で、これは蜂蜜増やした方か」
「はい! 少ししっとり感が増してると思うんです」
半分に割った試作品を見つめながらシエルが頷く。今日は妙に静かだ。いや、いつもだっておしゃべりな訳じゃないけれど。朝からずっと変だ。視線が合うと逸らされるし、何故か距離も微妙に遠い。
やっぱり朝のリボン、変だったのだろうか。
『聞いてみたら?』
昼の会話を思い出し、勇気を出す。
「……あの、シエルさん」
「なんだ」
少し低い声。怯みそうになりつつ、それでも踏ん張ってみる。
「他の方がいいでしょうか」
「は?」
空気が止まった。シエルがゆっくり顔を上げる。
「……何が」
声が妙に低い。
「リボンです」
「…………」
数秒沈黙した後、シエルが露骨に力を抜いた。
「やっぱり、私にはこういうの似合わないですものね」
「だから、別に似合わないとは…」
「お世辞はいいんです!」
思わず言い切ると、シエルが完全に黙った。
しまった。 言い方がきつかったかもしれない。だが、今日は朝からずっと落ち着かないのだ。
「皆さんが褒めてくださるのは嬉しいんです。でも、シエルさん途中から変でしたし……」
「変?」
「全然目を合わせてくださらないし……」
「それは」
シエルが何か言いかけて止まる珍しく言葉を探すみたいに眉を寄せた。そこで止めないで欲しい、とても心臓に悪い。
「……君、そういうの付けると、その……」
「その?」
「目立つ」
「や、やっぱり変なんですね!?」
「違う!!」
厨房に声が響いた。
聞いたことの無いような大声に目を丸くする。 シエル自身も驚いたように口を押さえた。
ちょうどそのタイミングだった。
「うわ修羅場?」
「お、やってるやってる」
「えっ何ですかこれ」
ガイル、トム、ルークが顔を覗かせた。変に固まった空気が動き出す。息をついて、意外と身体が固まっていたことに気付いた。
「今日は放課後試作するって聞いたからさ、無理してないか確認!」
「!無理は別にしてません!」
「ほんとかあ?何か今大きな声聞こえたけど」
「無理して怒られてたんじゃないんですか?」
「そういうことでは…」
そういうことではないけれど。なんと言えばいいのか、困ってしまう。本当にリボン似合いますか、なんて朝の皆の言葉を疑ってるようだ。
シエルはふう、と息をついた。
「ちょうどいい、君たち説明してくれ」
「は?」
「だから、こいつが……」
そこまで言って、シエルが盛大に詰まった。だからその途中で止めるのは、やめて欲しい。トムがにやっと笑う。
「あー、なるほどなあ」
「シエル、可愛いから他の男に見られたくないって言えば?」
かわいい?なにが。だれが?
知ってる言葉なのに頭をすり抜けていく。ただただ唖然とするしかできない。
シエルの方が硬直から回復するのが早かった
「はあ!?」
「うわ真っ赤」
「ガイルうるさい」
「えっえっ!?!?」
状況についていけていないは自分一人だけらしい。いつものガイルの冗談だと分かっていても、変に動悸がする。
横でルークが深々とため息をついた。
「だから言ったじゃないですか、重症だって……」




