12
今日も今日とて朝のパン作りを止められ、朝練後にシエル作のパンを皆で食べる。少しずつ形が良くなってきたなあ、と一人浸っていると、なあ、とガイルに声をかけられた。
「ファリーナ、今週末、騎士科の練習試合があるんだよ。息抜きがてら見にこいよ! 俺の、こう、ドカンと一発強いとこ見せてやるから!」
「ガイル、余計な誘いをするな。ファリーナは休養中だ」
「いいじゃんシエル、見るだけなら体力使わないって! トムの性格悪い駆け引きとか、エリナの男勝りな剣も見られるぜ?」
「男勝り…?」
「え、性格悪いって俺のこと?」
「あ、なんでもないです…」
「私も見学いくし行きましょうよ」
「ミアは出ないんですか?」
「私、騎士科だけど救護班なの。ルークの応援しに行くのよ」
「そういうのがあるんですね」
「攻撃班と救護班に分かれてるんですよ。救護班とはいえ前線に出るわけですから、練習試合には出なくとも強いですよ、ミアは」
「なんだノロケかあ?」
「はい」
「あっそ…」
「ごちそうさまです…」
やだルークったら、なんて照れるミアは可愛らしい。試作はしたいが、この少しのほほんとした騎士科の戦うところなんて中々見る機会がない。悩んだ末、見に行くことにした。
◇◇◇
「おはよう、ファリーナ」
「おはようございます、ミアさん。今日は一段と可愛いですね」
「ほんと?嬉しいわ、ルークのために気合いをいれたのよ」
待ち合わせの場所に現れたミアは、見慣れた朝練の運動服姿でも、騎士科の黒制服でもなかった。上品にフリルが重ねられたアイボリーのシャツに紺のロングスカート。とても良いところのお嬢さん、といった雰囲気だ。
ちら、と自分の格好を見下ろす。代わり映えの無い制服。領地にお金がないのはいつものこと、自分にかかるお金はなるべく節約していたが、なんだか無性に気になった。
気持ちを切り替え、ミアに笑いかける。
「ルークさんも喜ぶと思いますよ」
「そうだといいんだけど…さ、行きましょうか!」
穏やかに課題や試作の話をしながら競技場へ近づくにつれ、空気が変わっていった。
木剣のぶつかる乾いた音。歓声。土埃。どこか張り詰めた熱気。朝練とは全然違う。もっと鋭くて、荒っぽい。
「わ……」
思わず足を止めると、隣のミアが不思議そうに首を傾げた。
「ファリーナ?」
「あ、いえ……なんだか、すごいですね」
既に沢山の生徒が集まっていた。騎士科の生徒だけではない。他の科らしき女子たちまでそわそわした様子で席についている。しかも皆、見慣れぬ姿だ。編み込まれた髪に揺れるリボン。薄く色づいた唇。
「……」
無意識に自分の制服を見下ろす。 見慣れたままの着こなし。飾り気のない髪。
「今日は見学者も多いものねえ」
ミアは慣れた様子で笑って席に着く。
「騎士科の練習試合って結構人気なのよ?」
「人気……」
「そりゃあ、強い男の子って格好良く見えるもの」
さらりと言われ、なんだか急に落ち着かなくなる。そういうもの、なのだろうか。
ミアにならって席に着いて戸惑っている間に、魔術の花火が上がった。
「始まったあ!」
ガイルの木剣が振り下ろされた瞬間、鈍い衝撃音が腹の底まで響いた。次の瞬間、相手の足が浮いた。地面を滑るように吹っ飛んで、土埃が舞い上がる。
「うわっ……!」
思わず身を乗り出してしまった。
「なっ……なんですか、今の」
「ガイル、相変わらず馬鹿力ねえ」
ミアは呑気に笑っているが、信じられない。目を見開いたまま戻せない。
普段のガイルは、よく笑って、おちゃらけてて、潤滑油のような人だ。なのに今目の前にいる彼は、大型獣みたいだった。歓声が上がる。
「押し切れー!!」
「ガイルがんばれー!!」
その声に応えるみたいに、ガイルが眼鏡の奥で獰猛に笑った。その奥では、トムが戦っている。ガイルとは打って変わって、大柄なのに力に頼るような様子には見えない。
「トムさんってもっとこう…今のガイルさんみたいな戦い方かと思ってました」
「ん? 頭脳派よ?」
ミアが言った直後だった。相手が大きく踏み込む。トムは真正面から受けたように見えた。
「えっ」
次の瞬間、相手の力を流すように剣を滑らせ、そのまま足を払う。どさり、と鈍い音。
「うわ、またやった!」
「性格悪ぅ……」
観客席がどっと湧く。
トムはにこにこ笑ったまま、倒れた相手へ手を差し出した。
「大丈夫?」
絶対今わざと転ばせたのに。
「相手の力を使うのがうまいのよ、トムは」
「……性格悪いですね」
少し引いたところで、女子の歓声が一際大きくなる。目を向けると、見慣れたポニーテールが目に入った。
「エリナー!!」
「やっちゃえー!!」
飛び込んできた男子生徒の剣を、エリナは真正面から弾き返した。
「うそ……」
重い音が響く。細い腕なのに、全く押し負けていない。むしろ、押している。
「甘い!」
鋭い踏み込み。男子生徒の体勢が崩れる。
「っ!」
そのまま喉元へ木剣が突きつけられた。静まり返ったあと、歓声が爆発する。エリナは髪を払って鼻を鳴らした。
「誰よ、女だからって手加減したの」
「かっこよすぎませんか…!?」
思わず呟くと、ミアが誇らしげに笑った。
「でしょ?あ、ルークだ!ルークー!!!!」
ミアが立ち上がって手を振る。その声に気づいたルークが、一瞬だけこちらを見た。
──その隙を狙われた。
「危なっ……!」
思わず口に手をやったが、ルークに慌てた様子はなかった。相手の剣を紙一重で避け、そのまま柄で腹を打つ。
「ぐっ!?」
崩れた相手へ、木剣をぴたりと突きつける。
「見てましたか、ミア」
「きゃー!!」
「今の隙絶対わざとですね!?」
「ふふ」
皆意外すぎる。ただただ圧倒されていると、ふと競技場が静かになった。視線の先には、シエル。
「シエル様……」
「今日もいらっしゃるわ……」
ほう、と熱が混じったため息がどこからか聞こえた。思わずたじろぐ。いい人だけど、いい人だけど!今までそんな反応されていなかったような気がする。余計なことを考えていたが、次の瞬間息を呑んだ。
シエルがゆっくりと剣を構える。低い姿勢から踏み込んだ瞬間、砂が爆発するように跳ねた。
「えっ」
相手の視界を土埃で真っ白に染め上げ、次の瞬間には既に間合いを詰めていた。容赦のない一撃が、木剣同士の激突音を響かせる。
─初めて会った時のような、冷たい瞳。
怖い。だけど、目が離せない。
こちらは圧倒されて動けないというのに、歓声が上がる。
「うわ、容赦ねえ!」
「シエル様素敵〜!」
「い、痛くないんですか……?」
「そこ!?」
ミアが吹き出す。
でもそれどころじゃない。だって。シエルの目が、いつもと違いすぎる。
こちらの気持ちは置き去りに試合は進んでいく。シエルは時にはわざと隠れ、時には相手が落とした剣も使用して勝利を収めていく。
相手の大きな声が観客席まで聞こえてきた。
「そんなんで勝って嬉しいかよ!」
「は?」
その声に反応するシエルの声は、目と同じくらい冷たく響く。
「勝った方が勝者だろ」
◇◇◇
試合終了後、女子たちはニコニコで席を立っていった。
「あ~今日も素敵だったわね」
「やっぱり凄すぎて、お疲れ様ですら言いにいけないわ……」
「待って、こちらにいらっしゃるわよ?」
「ファリーナ。ほらあっち」
ミアに言われるがまま視線を向けると、汗を拭ったシエルが、真っ直ぐに来ているところだった。
「……本当に来たのか」
「はい! 凄かったです、シエルさん。皆さんもいつもと全然違って……」
「あんな奴らと一緒にされるのは心外だな。それより君、ちゃんと大人しく見てたんだろうな」
「えっ」
「休めたのか」
ぶっきらぼうな問いかけは、間違いなく心配してのもので。先ほどの試合との差にびっくりしてしまう。休めはしたけれど、何だか心臓が痛い。
返す言葉を迷って、周囲の視線に気付いた。
「シエルさんって、人気なんですね」
「は?」
「あの、皆さん応援されてましたよ。シエル様素敵って」
「やめろよ、その呼び方」
「え、?」
眉を寄せて言われて止まってしまう。そんな嫌だっただろうか。
「そりゃ俺たち友達だもんな!距離があるみたいで嫌だよな~」
シエルの後ろからひょっこり現れたガイルがにこやかに言った。後ろでルークやエリナ、トムも手を振っている。確かに、友達なのに距離がありすぎたかもしれない。
「皆さんも素敵でした!お疲れさまです!」
「ありがとうな~」
「どう、ファリーナ。格好良かったでしょ、私?」
「お腹空いたあ」
「ミア、今日も来てくれてありがとうございます」
「素敵だったわ、ルーク!」
口々に言う皆はいつもの皆だ。それに、ほっとした。




