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昼休みの鐘が鳴った瞬間、売店前にはいつものように人だかりができた。だが今日は、いつもの香ばしい匂いがない。
「え、今日もパンないの?」
「そうらしい、週末限定になったって」
「まじか……」
目に見えて肩を落とす生徒たちに、苦笑してしまう。あのパンの美味しさを知る者として、気持ちは分かる。分かる、が。無理をさせるわけにはいかない。
売店の奥ではトムとルークが慌ただしく動き回っている。ガイルは外で呼び込み。クラリッサは笑顔で客をさばいている。そして自分は。
「おーいシエル、会計!」
「……はいはい」
「あと女子から怖いから笑って欲しいって」
「無茶言うな」
「えっ無理なんですか?」
「接客向いてねぇー!」
騒がしい。だが不思議と嫌ではなかった。王城での痛すぎる静かさを思い出すと、特に。すると、不意に後ろから小さな声がした。
「……あの!パン焼いてた子、大丈夫ですか?」
振り返れば、少女が不安そうにこちらを見ていた。
「倒れたって聞いて……」
「休ませてる」
そう、休んでるじゃない、休ませてる。ファリーナはすぐ動こうとするから、女性陣が優雅なランチタイムに今日も誘って物理的に足止めしているはずだ。
少女を安心させて帰した後、隣で袋詰めをしていたトムがニヤニヤしながら肩を突ついてきた。
「休ませてるって、シエルさあ。ファリーナのパパか何か?」
「は?ストッパーを引き受けた以上、当然の義務だ」
「へえー。でもさ、シエルがそこまで誰かの世話焼くのって珍しいよな。あいつの時だけ妙に過保護っていうか」
背後から、呼び込みを終えたガイルもニヤついて加わってくる。
「そうだよなあ。俺らが止めても聞かないファリーナを、シエルだけは強引にでも止める。……それってさあ、好きってことじゃない? どう思うよ、彼女持ちのルークさん」
「え、僕に振ります? ……うーん、僕の経験から言わせてもらえば……それは、好きなのでは!!」
トムとガイルとルークが確信に満ちた顔で頷き合う。シエルは一瞬、言葉の意味が分からず思考がフリーズした。
好き?誰が?誰を?
「……は……??」
「いや、だから、ファリーナのことが好きなんだろ?」
「……好きなわけないだろ」
本気で心外だ。ピシャリと言い切った。トムとルーク、ガイルの笑顔が引きつる。げふん、と変なくしゃみをクラリッサがした。
「え、……本当に?」
「冗談じゃなくて……? あれで無自覚かよ、やばいな……」
「おいルーク、俺たち余計なこと言っちゃったか……?」
急に売店裏の空気がざわざわし始めたが、知ったことか。淡々とレジの硬貨を数えながら言葉を続ける。
「あいつに対して抱いているのは、単なる危機感だ。目を離した隙に、何をしでかすか分からない。気づけば突飛なことばかり始めて、挙句の果てには倒れる。……だから、目が離せないだけだ。放っておけないだろ、あんな危なっかしい奴」
強い視線を感じて振り返ると信じられないものを見た目でみられた。なんだよ。どう考えても危なっかしいから皆で面倒みてんだろ。
「……あ、噂をすれば」
ルークが引きつった笑みのまま、視線で売店の外を指す。ガイルがニヤリと笑った。
「どこかで見たような人参色の頭が、柱の陰からこっち見てるぞ」
「……っ」
促されるまま顔を上げると、柱の陰からこちらを伺う頭が見えた。やっぱり来たか。
溜息をつきながらも、どこか安心している自分に気づいた。
◇◇◇
「ね、見た?売店!」
「かっこよかったよねえ」
「流石騎士科って感じだった〜!」
昼休み終了間際、そんな声が耳に入った。かっこよかった? 誰の話だろう。気になって売店を覗けば、ちょうど女子生徒が小物を手にシエルへ詰め寄っているところだった。
「私に似合うと思いますか?」
「?分からないが、 目と同じ色だな」
「!!ありがとうございます!」
きゃあ、と顔を赤くして去っていく女子生徒。 残されたシエルは「?」とでも言いたげな顔をしている。
──シエルが、女子と会話してる。
いや、当たり前なのだが。 エリナともミアとも、普通にしゃべってるし。
でも何故かその光景は、ファリーナの知っているシエルと少し違って見えた。
ぼーっとしていると、不意に声がかけられた。
「……何してる」
「ひっ」
「僕はお化けかなんかか?」
「あはは…」
いつの間にか気づかれていた。流石騎士科すぎる。笑って誤魔化そうとしたら眉間にシワを寄せられた。怖い。
「で?」
「え?」
「何しに来た」
「ええっと……売店の様子を見に?」
「休めって言っただろ」
「見てるだけです!」
「絶対違うな」
即答された。失礼な。そりゃあ、大変そうだったら手伝おうかな、とは思ったけれど。
見ていた感じ、もちろん大変そうだけど、さらに人が必要な感じではなかった。
「というか、シエルさん普通に接客してるんですね……」
「は?」
「もっとこう、無言で圧をかけてるのかと」
「僕をなんだと思ってる」
「騎士科です」
「意味が分かない」
むっとした顔で袋詰めを続けるシエルに、売店へ来た女子生徒がまた声をかける。
「あの、このリボンって人気ですか?」
「知らない」
「えっ」
「……いや、待て。最近よく売れてるのはそっちの緑の方だな」
「ありがとうございます!」
ぱっと笑顔になった女子生徒が去っていく。
やっぱりちゃんと接客してる。しかも、意外と優しい。ぼんやりそんなことを考えていると、横からガイルがにゅっと顔を出した。
「どう? 意外とやるだろ?」
「えっ」
トムがニヤつきながら言う。
「シエル目当てなのか女子増えてるってよ」
「へ、へえ……」
「ちなみに本人は全然気づいてません」
「ルーク」
「痛い痛い痛い!!」
皆で回せてすごいです、ありがとうございますって返すところなのに。なんだろう、 さっきから胸の辺りが少し落ち着かない。
「ほら」
「え?」
またボーッとしていたようで、気づけば持っていた紙袋をシエルが取り上げていた。
「重いだろ」
「そんなことないですよ?」
「この前倒れたやつが言っても説得力ない」
「うっ……」
「ドーミエ先輩すみません、ファリーナを送ってきます」
「ええ、こちらは大丈夫よ。ありがとうね。ファリーナ、しっかり休んで」
「はあい…」
いつも以上ににこやかなクラリッサに送り出され、二人で並んで歩き出す。
後ろから、やっぱりなあ?とトムの声が聞こえた気がした。




