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9 お昼と実感

 

  頃合いの時間となったので、お昼を食べるため、俺たちは第一棟の広間へ向かった。

  セッタン兄さん、ケルベル兄さんは第二棟(自宅)へと戻ったのでこの場には既にいない。この家では、晩御飯以外は皆それぞれ自身の住んでいる棟で食事を摂るのだ。


  母さんに抱えられる俺の前には、アイリ兄さんとテイリさんが仲良く軽い足取りで広間に向かっていた。特に、テイリ兄さんの機嫌は目に見えて良い。馬市に連れて行ってもらえることも当然喜んでいるのだろうけど、それ以上に、懐いているケルベル兄さんに連れて行ってもらえることが嬉しいのだろう。テイリ兄さんはケルベル兄さんが大好きだから。馬もお揃いとまではいかないが、同じ角付きを望むくらいだ。かなり懐いている。


  ケルベル兄さんは特別テイリ兄さんを構っているわけではない。勿論兄弟として大切にはしているが。当の本人が無骨とまではいかないが、セッタン兄さんのように積極的に関わるタイプではないのだ。決して愛想が良いタイプではないが、客や、特に同じ商人からは信用はされているらしい。まぁ、会計方に近いことをしているからな。嫌われやすい仕事だし、この時代でも金が絡むと無茶なことをしでかしてくる相手を扱わなければならないのだ。

  愛想も大事だが、それ以上に信用と手腕(武力含む)がものを言うのだろう。


  いけない。話が逸れた。

  とにかく、構い倒すわけでも、愛想が良いわけでもないケルベル兄さんではあるが、テイリ兄さんには丁度良い距離感だったらしい。そこが双子の兄であるアイリ兄さんと違う所でもある。アイリ兄さんは構うのが好きで、構われるのも大好きなのだ。

  ちびっこの好奇心もあって、様々なことをやらかすお年頃でもある。その性格は憎み切れないガキ大将に近いかもしれない。セッタン兄さんもどちらかと言えば構うのが好きな行動派なので、この二人は相性が良い。


  対してテイリ兄さんは大人しい顔つきから見て取れるように、自分から物事に取り掛かるのが実は少し苦手なのだ。引っ込み思案ではないものの、少し躊躇いがちなところがある。普段は何にでも突撃をかますアイリ兄さんと張り合うため、同じように突撃をかましたりするが、やはり内心は躊躇いは感じているらしい。

  その点、ケルベル兄さんは無闇やたらに突っ込むのを良しとしない人柄なので、子供ながら側にいて楽なのだろう。いや、むしろ子供だからこそ、なのかもしれない。


  双子とは言え、こうも違いがあるとは。

  サーシャ母さんやホウリィ姉さんは大変だよな。いや、もっと大変なのは父さんか? アイリ兄さん達だけじゃく、俺達のことも見ないといけないし。嫁に行ったとは言え、他の姉妹達とその子供達もいるだろうしなぁ。おおう。名前を覚えるだけで恐るべき作業になりそうだと言うのに、更にはその子の性格まで把握するなんてこと、俺にはかなり困難だ。もしかすると、父さんは実は名前を覚えていなかったりとかしているのかな?

  いや。あの父さんに限ってそれはないか。

  本当父さんは偉大である。俺にはそんな技量ないわー。大きくなったら、将来は奥さん一人にしてって本気で頼もう。


  あ。

  言い忘れていたが、女性は馬市には行かないのがここでは普通だ。これは身分が低かろうが高かろうが共通の認識で、子供であっても女の子なら連れて行かない。風習みたいなものだ。馬の世話も基本男の仕事だしな。馬=男の誇りなのだ。だから、滅多なことがない限り女には関わらせない。まぁ、実際は関わっているかもしれないけど、俺は見たことがないし、聞いたことがない。

  馬市には馬商の奥さん連中が差し入れで入ることもあるが、それ以外は入らないものらしい。うっかり入ろうものなら、親に叱られることは必須だ。拳骨の一つは覚悟しないと。


「母さま、市にはどんなお馬がいるかな? 角付きの立派なお馬とか、いっぱいいるかな?」


  ワクワクっ、と言う感情を隠すことなくまだ見ぬ馬市へ想いを馳せるテイリ兄さんに、サーシャ母さんはその小さな頭を撫でながら答える。


「ふふ。色んなお馬がいるでしょうね。でも、あくまで下見だからね? そこを忘れちゃダメよ?」


「うん! ねぇ、でも鐙(あぶみ)くらいはいいのがあれば買って貰ってもいい?」


「あ、テイリだけズルい! 母さま、俺も馬具良いのがあれば欲しいです!」


「いいなー。アイリ兄さまやテイリ兄さまが買って貰うなら僕も欲しいです、母さま」


「もー。この子達は…。ダメよ。見るだけにしときなさない。ちゃんとお父様が立派なものを揃えてくださるんですからね?」


「じゃあ蹄鉄は?」


  これならどう? と小首を傾げながらテイリ兄さんがサーシャ母さんの袖を引っ張る。その言葉にコルシュカ兄さん達が名案だ、と言わんばかりに顔を輝かせてサーシャ母さんを見やる。


「ダメなものはダメです」


  三人の息子達の熱い視線を受けてもビクともしない。流石は四児の母。この程度の視線ではまだまだらしい。兄さん達は先ほど同様ブーイングをかますが、今度は聞いてもらえなかった。広場についてもブーイングをかましていたが、「それ以上我儘を言ったらケルベルには連れて行かないように頼むわ」と言う鶴の一声でピタリと止んだ。馬市の効果は半端ない。


  ちなみに、今日のお昼は山羊の肉の蒸餃子に、香辛料の効いた熱々のスープ、山盛りの杏っぽい果実、サクッとしたごまパン、ダチョウサイズの卵で作った巨大な目玉焼きだ。味付けは塩だけだが、濃厚な黄身の匂いが食欲をそそる。

  俺は離乳食なので、杏っぽい果実のジャムが入ったヨーグルトに、千切って柔らかくしたごまパンと具がちょびっと入ったスープだ。恐らくどれも薄味なのだろうが、まだまだ幼児な俺には十分美味しく頂けた。



  早く馬市へ行きたいテイリ兄さん達が食事をかき込むような食べ方をしたので、お行儀が悪い、とサーシャ母さんの雷(特大)が盛大に落ちた。広間の天井は高いから、怒声でさえよく響く。この恐るべき声量だけでもかなりの体力を消費することだろう。子育てとは体力勝負と言うが、まさに至言である。昔の人はよく言ったものだ。


  ものすごい剣幕にこちらも驚くが、赤ん坊の頃のように驚きのあまり泣くようなことはしない。まだ幼いが、俺も成長しているのだ。まぁ、母さんの腕の中で思わず縮こまってしまったが。そんな俺の様子の俺を見て、母さんは小さく笑いながら俺の頭を撫でた。暖かい掌が、じんわりと安心感を伝える。自然と湧き上がる安心感に、やはり俺はこの女性(ひと)から産まれたのだと実感する。俺はこの穏やかで時に騒々しいくらい賑やかな家族の子(いちいん)なのだと。


「あら。アージ、何か楽しいことがあったの?」


  いつの間にか笑っていたらしい。母さんが俺を不思議そうに覗き込みながら尋ねる。


「ないしょー」


  それに俺はとびっきりの笑顔で答えた。そうすれば、母さんはあらあら、と愉快そうに笑った。


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