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8 談笑とお土産

「ホウリィねえさま。もしアイリにーさま達がお菓子も飲み物もとって来れなかったら、さっきのことお父さまに言うの?」


  アイリ兄さん達がお菓子を取りに行った後。恐る恐ると言った様子でコルシュカ兄さんが尋ねる。先ほどのホウリィ姉さんの、父さんが怒って馬を買ってくれないかもしれない、と言う言葉がよっぽど不安なのだろう。父さん、そんなことしないんだけどな。

  男の証でもある馬を買ってもらえないなんて一大事だ。もし、アイリ兄さん達がそんなことになったら…。コルシュカ兄さんがそんなことを想像していることがありありと感じられた。


「いいえ? 言わないわ。大事な弟達だもの」


  コルシュカ兄さんの頭を撫でながら、ホウリィ姉さんはにっこりと笑って答える。その答えに、コルシュカ兄さんは心底ほっとしたようだ。ホウリィ姉さんに抱っこされてる俺を見て、良かったね、と笑う。俺も、コルシュカ兄さんに舌足らずではあるが、良かったねと言葉を返す。そうすると、コルシュカ兄さんが頭を撫でてくれた。


「アージも父さまに言ったらめーだよ?」


「あーい」


  神妙な顔つきでコルシュカ兄さんは告げるので、俺は万歳をするように両手を上げて、分かったと言うことを示した。コルシュカ兄さんは絶対だよ、と言って約束をした。ホウリィ姉さんもそれに混じった。日本のものとは多少違うが、指切りをして言わないことを約束する。まだうまく指の形を結べなくてまごついたら、ホウリィ姉さんがそっと指を結んでくれた。いい姉さんだ。



  それにしても、はい、とうまく言えない。まぁ、そのうち言えるようになるだろう。病気もなく、成長も順当だし。ちなみに、歩けるようになってから、俺は自身の姿を鏡で確認した。母さんは父さんにそっくりだとは言われているが、自分の目で確認しないことには不安だったから。


  鏡で見た己の姿は、転生以前の姿とは大きく違っていた。前世は黒目黒髪、黄色人種でお馴染みの乳白色の肌に、のっぺりとしたどこにでもいる平凡な顔立ちをしていた。ついでに目が小さく、背も平均か下手したらそれ以下だったのが微妙にコンプレックスだった。

  体型も普通。太ってはいなかったが、引き締まってもいなかった。成長期に期待もしたが、全然伸びなかったよな。文化部だったし、日に焼けることもなく、筋肉も体力もなかった。まぁ、大して困らなかったけど。


  鏡で確認した俺の容姿は、そんな俺の幼少期の姿とは似ても似つかない姿だった。まず、彫りの深さ。まだまだ幼いから、言うほどではないかもしれないが、それでも西洋人ばりに深い。日本人とは違うのが一目瞭然だ。

  髪の毛は栗毛混じりの金髪で、癖は殆どない。伸びたらまた違うのかもしれないが、今のところ短いサラサラヘアーだ。かつての小さかった目が、父さんほどではないが、ぱっちりとしたものになっており、金色の瞳がよく映える。肌は母さん譲りの白さで、顔立ちは鼻筋が父さんによく似ていた。

  父さんと母さんの面影が所々見える容姿に、人知れず胸を撫で下ろしたものだ。遺伝子様の神秘は体感したくない。



  そんなことを思い出しながら、ホウリィ姉さんやコルシュカ兄さんと遊んでいると、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。


「母上。入ってもよろしいでしょうか?」


  アイリ兄さんやテイリ兄さんの幼い声ではない。溌剌(はつらつ)とした、セッタン兄さんの声だ。


「いいですよー」


  母さん達の相談、もとい、奥様トークも一旦やめて、セッタン兄さんを招き入れる。開けた扉の先には、セッタン兄さんの他にケルベル兄さんもいた。それにコルク材で作られた木箱を抱えたアイリ兄さんと、陶器の丸い容れ物を抱えたテイリ兄さんも。どうやら二人が抱えている箱の中身はお菓子らしい。誇らしげにホウリィ姉さんの方に視線を送っている。



  フーダ明けの儀式以降も頻繁に、と言うか晩飯は三世帯全員で食べるのでセッタン兄さん達とは毎日顔を合わせているが、相変わらずイケメンだ。


  セッタン兄さんの短く切られた黒い髪はやわらかそうで、毛先へいくほど跳ねている。また、昼間の太陽の光に照らされると、所々黒から金色のグラデーションを見せてとても綺麗だ。フーダ明けの儀式では気づかなかった。

  十八歳になるが、身長は170cmもない。165cm、あるかどうかだろう。同年代の少年に(前世の記憶もある俺からすれば十八歳なんてまだ子供だ。享年と大差ないけど)比べると、小柄な部類だ。それに加え、父さんばりのハイパー童顔を引き継いでいるのだ。どう頑張っても実年齢通りに見てもらうことは不可能だろう。シャール母さんのように切れ長の目元でもあれば、まだマシだったかもしれない。

  しかし、本人はそれを大して苦にしておらず、天真爛漫な様子で日々を過ごしている。流石に商人としての分別と愛想は別のようだが。


  顔つきはかなり整っているものの、美しさよりも愛嬌がある顔つきだ。クルクルと変わる豊かな表情が、その愛嬌を一層深める。シャール母さんのように黒い瞳はとても澄んでおり、いつも楽しげな様子でキラキラとした光を宿しているように思えるほどだ。


  体つきは商人ではあるものの、武人に及ばないがかなり引き締まっている方だろう。うちは馬を駆ってあっちこっち行くからかな。大抵日帰りだけど、一日馬に乗るなんて重労働を軽くこなせるだけの筋力と体力はある。しかもその後も普通に仕事してたし。


  対してケルベル兄さんは、身長が170cm後半で、なおかつ父さんよりもシャール母さんに似たので、セッタン兄さんと比べると大分大人びて見える。勿論十六歳相応なところはまだまだあるが、それをあまり人目につけるのを良しとしていない。まぁ、そんなお年頃だよな。

  セッタン兄さん同様、黒目黒髪だが、こちらは夜を溶かしたかのような黒一色だ。光に当たっても、他の色合いが見えることはない。

  切れ長の目はどこか鋭さを内包しており、ゴロツキ程度なら一睨みで退散させられるほど目力があったりする。そのせいで初対面の相手には威圧的になってしまい本人は困っているようだが。頑張れ、ケルベル兄さん。

  ケルベル兄さんはあまり表情を表に出さないため、彫刻のように美しく整った、男ながらに美貌と呼ぶに相応しい見目は、目力の強さと相まって冴え冴えとした印象を受ける顔立ちとなっている。また、馬上槍だけでなく、槍術もメキメキと腕を上げているので、体つきはかなり逞しくなっているようだ。食べる量も多いし、まだまだ身長も伸びることだろう。


  アイリ兄さん達、将来この文句なしのイケメン兄二人と比べられるのだろうか? かなりハードルが高いけど、大丈夫かな? まぁ、俺も比べられるだろうけど。しかし、シャール母さんの美人度数の高さがここまで息子に出てくるとは。遺伝子様は本当に恐ろしい。

 

  そんな他愛のないことを思っている間に、ホウリィ姉さんによってアイリ兄さん達の元に連れて行かれた。いけない、お菓子のことを忘れていた。一体何が入っているのだろうか? 俺でも食べられるものだといいのだが。


「あら、それはどうしたの?」


  サーシャ母さんがアイリ兄さんとテイリ兄さんが抱えている容れ物を見て尋ねた。


「セッタン兄さまとケルベル兄さまのお土産だよ! 南方のお菓子だって」


  そう言ってアイリ兄さん達は容れ物を掲げる。それをセッタン兄さんは微笑ましそうに見つめる。


「あら、そうなの? ありがとうね、セッタン、ケルベル。でも、南方のお菓子なんて高いでしょうに。家族の分はちゃんとある?」


  ちなみに、ここで言う南方とは、海を越えた土地のことを指す。当然輸送費などを考えれば、庶民ではそうそう買える代物ではない。


「問題ない。ルカルサに任せてある」


  サーシャ母さんの遠慮がちな言葉に、大丈夫だと告げるケルベル兄さん。ルカルサとは、ケルベル兄さんの奥さんの名前だ。双子の姉であり、セッタン兄さんの奥さんであるヤシャプヮさんと並ぶと、全く見分けがつかない。見分けがつけられるのは、ルカルサさん達のご両親と旦那であるセッタン兄さん達くらいだろう。少なくとも、俺には無理だった。


  それにしても、ケルベル兄さんは相変わらずぶっきらぼうと言うかなんと言うか。商人として大丈夫なのだろうか、と心配せずにいられない。余計なお世話でしかないのかもしれないが。


「そうそう。心配ありませんよ。うちの者の分はちゃんと取り分けてありますから。うちのチビ助達にもたくさん渡してありますよ。食べすぎて今日の晩御飯を残す心配があるくらいですし」


  ケルベル兄さんの言葉を補うように、セッタン兄さんが続ける。


「ふふふ。それは心配ですね」


  その時の情景が思い浮かぶのだろう。シャール母さんがおかしそうに笑う。それに対して、笑い事じゃないですよ、セッタン兄さんが肩をすくめる。それを見てシャール母さんはますます笑みを深くした。そうしてひとしきり笑い合った後、セッタン兄さんは俺達の方を見て一緒に出かけるか? と誘ってくれた。


「アイリとテイリはもうすぐ馬を買って貰うだろう? 今日は馬市も開いているし、下見がてらに一緒に来ないか? ケルベルのとこと、うちのチビ助どもも一緒だが」


「行く! 絶対行く! 連れてって!」


  即答するアイリ兄さん達。目がキラキラ輝いている。もう心は馬市に持って行かれているらしく、今にもセッタン兄さんを連れ出そうとしている。コルシュカ兄さんも、馬市と言う言葉にそわそわしている。一緒に行きたいらしく、セッタン兄さんやケルベル兄さん、それからサーシャ母さんをチラチラ見ている。その様子を見て、サーシャ母さんはやっぱり男の子ね、と言って苦笑していた。


「大丈夫、ちゃんと連れて行ってやるから。な? サーシャ母さん、ファティーマ母さん、コルシュカやアージも連れて行って良いですか? 男の子だし、なるべく色んな馬を見せてあげたいので」


  セッタン兄さんの言葉に、コルシュカ兄さんはジッとサーシャ母さんを見つめる。顔に大きく「行きたい」と書いてあるのが丸わかりだ。


  それにしても馬市か。セッタン兄さん達の子供はまだ俺と同じような年齢だと言うのに、もう見せに行くのか。気が早いなぁ。いや、でもここじゃ普通なのかな? 五歳には自分の馬を持つわけだし。


「ごめんなさいね、セッタン。今日はこの後アージを神殿に連れて行く予定なの。馬市も見せてあげたいんだけど、巫女様の祝福を先に受けさせてあげなくちゃ」


  俺が行くまいかどうか悩んでいると、母さんがやんわりと断った。それにしても、巫女の祝福ってなんだ? またフーダ明けの儀式みたいに、お坊さんに祝詞でも唱えてもらうのか? いや、でも、巫女の祝福って言っているしな。気になる。何されるんだろう。


「あ、そうでしたね。俺のところのチビ達も連れて行かなきゃ。いや、ヤシャプヮがもう連れて行ったかな?」


  しまった、と言わんばかりの表情でセッタン兄さんが一人ごちる。その様子を見て、シャール母さんがやれやれと言った様子で告げる。


「行ってないなら、馬市よりもそっちを先に連れて行ってあげなきゃダメですよ?」


「そうですね。ちょっとヤシャプヮに聞いて来ます」


  それを聞いたアイリ兄さん達のブーイングは凄かった。よっぽど馬市に行きたかったんだな。アイリ兄さん達をサーシャ母さんと一緒にセッタン兄さんは宥めるが、ブーイングが止む気配は一向にない。


「安心しろ。馬市くらい俺が連れて行ってやる」


  そんなほとほと困惑気味のセッタン兄さん達を見かねてか、ケルベル兄さんが淡々と、しかしはっきりとした調子で助け舟を出した。


「本当⁉ 絶対に絶対だよ⁉」


  テイリ兄さんが詰め寄るように尋ねれば、勿論だと言って答える。全く、十六とは思えない貫禄だ。決して老け顔と言う意味ではない。念のため。ケルベル兄さんはシャール母さんに似て、怜悧さが全面に出ている顔つきをしている。また、父さんほど童顔でもないので、年齢以上に落ち着いた雰囲気を醸し出しているのだ。


「あぁ。約束だ。絶対に連れて行く。その代わり、ちゃんと言いつけを守れ。一人でも破れば、すぐに帰る」


  ケルベル兄さんはあまり愛想はないが、約束をしたからにはどんな些細なことでも守る。それはテイリ兄さん達もよく知っていた。そのため、テイリ兄さん達は馬市に行けることを喜びつつ、ケルベル兄さんの言いつけを守らねば、と決意を固めていた。


「手間をかけるな、ケルベル。俺が言い出したことなのに」


「気にするな」


  短いやり取りだが、セッタン兄さんには十分通じているらしい。「ありがとう」とこちらも短く告げた。親しき中にも礼儀あり、ってやつだな。


「昼餉を食べてから馬市に向かう。それで問題ないか?」


「えぇ、大丈夫よ。こちらも相談も終わったことだし」


  サーシャ母さんにケルベル兄さんが確認を入れると、こちらも問題はなかったようだ。アイリ兄さん達は、午後から馬市へ出かけることに決まった。

  俺もお昼を食べ終わったら神殿へ向かうそうだ。色々と気になることはあるが、それよりも、お菓子だ。今度こそ俺でも食べられるものであって欲しい。


  ここら辺でお菓子の存在を思い出したらしく、お昼の前だが、折角のお土産だと言うので先に食べることになった。

  美しい絵付を施された容れ物を開ければ、中には干した果実が入っていた。香草のような葉に包まれており、爽やかな葉の香りが鼻腔をくすぐる。また、果物特有の甘酸っぱい香りに混じって、砂糖と蜂蜜の甘い香りもする。


「南方の果実、確かリーレルと言う果実を砂糖と蜂蜜に漬け込み、干したものらしいです」


  セッタン兄さんが簡単な解説をしている間に、使用人のお婆ちゃんが容れ物に詰められた干した果実を取り分け、ついでにお茶も注ぐ。お婆ちゃん、仕事が早いね。


  それから、お昼が出来るまでの間、談笑しながら美味しく食べた。父さんとも一緒に食べたかったが、仕事があるからな。後で持って行ってあげよう。多分神殿へ行くまでの間、それくらいの猶予はあるだろうし。


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