8.仙台市青葉区一番町
仙台駅付近からはカーナビの表示も曖昧で道がわからなくなった。
助手席のナギがコインパーキングを探し、アキラの運転で一番町をグルリと一周した。
路地を入り込んだところの駐車場が空いていたので、そこに車を停める。
「慣れない場所だと駐車場探すのが一苦労だよね。で、目的の店は何てとこだっけ?」
繁華街の路地を歩きながら、ナギがスマートフォンで地図を開く
「待って……『タービュランス』だって」
「乱気流か……何が乱れるんだろうね……あ、あったよ。このブロック回り込んで、ちょうど裏側だ。てかいきなり顔出して大丈夫なの?」
「たぶん。班長がアポ取ったって言ってたから」
パブやファッションヘルスの看板を眺めながら歩いていく。
角を二つ曲がると、目的の店が目に入った。
路上の電飾看板を目当てに近づいていくと、レンガ調のエントランスに小さなネオン風看板がかかっている。
重いドアを開けてアキラが入ると、赤絨毯の廊下を太ったボーイが小気味よく歩いてきた。
髪を短く刈り上げた、学生のように童顔の男だ。
「いらっしゃいませ……あ……」
ボーイの顔が二度変わった。
初めは警戒感。
スーツ姿の若い女に、不穏な気配を感じ取ったのだろう。
しかしすぐに表情が和らぎ、縋るような目を向けてきた。
「あの……厚生労働省の……駿河と申します」
恐る恐る名乗ったアキラに、ボーイが音よりも速く飛びついてきた。
「お待ちしておりました! 事務所にご案内します!」
ボーイに導かれて廊下を進み事務所に入ると、中にいたのは額の広い壮年の紳士だった。
シワのないワイシャツに黒いネクタイをきっちり締めている。
ガッチリした肩に反して腰は細く、現役アスリートのように均整がとれた体型。
筋張った頬と彫りの深い目元は日本人離れして見える。
生え際がかなり後退しているが、それも相まって俳優のジュード・ロウによく似ている。
アキラはもっとヤクザ風の男だと想像していた。
この風貌だと、さぞや仕草も紳士的なのだろう。
「いらっしゃい、どうぞおかけになって」
アキラの頭に疑問符が浮かんだ。
鼻にかかった色気のある声だが、若干イントネーションが怪しかった。
勧められたソファーに腰を下ろすと、オーナーが喋りはじめた。
「遠くまでわざわざご足労様。班長さんが言ってたように、本当に若いのねぇ。しかもこんなべっぴんさんだなんて。二人とも、この街ならそこそこ稼げるわよ?」
「あ、はは……失業したらお願いします……」
まさかのオネェ喋りにアキラは度肝を抜かれていた。
ハリウッドスター然としたイケオジとのギャップは、ノーガードの脇腹に左フックを叩き込まれたような衝撃だ。
「そっちの茶髪の子は同業者ね。肌の具合、体つき……今はデリヘルの格安店ってとこかしら?」
「う……なんでわかるんですか……?」
ナギが凍りついたまま渋い声を上げた。
「言っちゃって大丈夫? 腰周りにお肉がついてるのに、太ももは細いでしょう? だからサービスが手や口に偏り気味。単価が安いから化粧品もプチプラばっかり使ってるのがわかるのよ」
「怖……ダイエットしよ……」
「でもさすがはサキュバスね。疲れが全然顔に出てない」
その言葉でアキラが気づいた。
この男はサキュバスの存在を知っている。
「それも班長が……?」
「いいえ。この商売特有の嗅覚ってやつよ。それに、あの子も——紫音もサキュバスだったから」
オーナーが視線を向けた先には、写真立てがあった。
写真には少し髪の量が多いオーナー自身と、セーラー服姿の女の子が写っている。
少女の顔をアキラは知っている。
目の前の人物が届け出た失踪者その人だからだ。
「お店の従業員とうかがってたんですが……」
困惑しながらも、アキラは二人の関係を聞き出そうとする。
「戸籍上はアタシの娘よ。元は遠縁だったんだけど、あの子が高校に上がったばかりの頃、両親が事故で亡くなってね。母親がサキュバスだからなのか、引き取り手がなくて、親戚中をタライ回しにされてたの。だから頭に来て引き取ったのよ」
ありそうな話だ、とアキラは思った。
田舎ではサキュバスの嫁入りは疎まれることが多い。
不貞のイメージが強いからだし、事実そうなることも稀ではないから。
紫音の味方は両親だけだったのだろう。
「独身でこんな仕事のせいか、養子縁組の審査が通らなくてねぇ……同じように親族に腹を立てた従妹がアタシと結婚するって、婚姻届持って乗り込んできたの。三人で暮らすことになって、ようやく養子として迎えることができたわ。初めはぎこちなかったけど、いつの間にか本当の家族みたいに……」
「それで、お店で働くようになったのは……」
「高校を卒業する時、店で働きたいって言い出したの。三年間養ったアタシたちと、この街に恩返しがしたいんだって。もちろん怒ったわよ。リスクだらけの仕事だし、将来がある身なんだから。でもあの子ね……こう言ったのよ。この街が自分の未来だって」
サキュバスの恩返し。
人情ドラマというより、ブラックユーモア小説みたいだ、とアキラは思った。
時間は短くとも娘として育てた子が自分の店で体を売ることを、彼は苦しみながらも受け入れた。
アキラ達とは違う倫理観を持つ人々だが、彼らはこの街で一生懸命生きている。
それに、膝の上でプルプルと震えるオーナーの拳を見れば、親としての情を疑う必要もない。
「紫音さんは人気だったんですか?」
「店では文句なしのナンバーワン。ネットの口コミでも、仙台で五本の指に入る評判だったわ」
人気嬢だけに、男絡みのトラブルを抱えるリスクは高い。
だから警察の捜査も客にターゲットを絞っているだろう。
だが、アキラたちはそれに先んじて別の条件を見つけ出した。
「紫音さんがプログラミングの勉強をしている、といった様子はありましたか?」
「プロ……グラム……? それってスケジューリングとかビジネススキルのこと?」
オーナーが呆気にとられている。
「いえ、コンピューターでソフトを作るんです。例えばゲームもそうですし、お店で使う帳簿や、スマホでメッセージをやり取りする機能もそうです」
「あの子が……いいえ、そんな勉強する暇ないわ。出勤時間は予約いっぱいだし、それ以外の時間は英語とかビジネスマナーの勉強してたんだもの」
英語にビジネスマナー。
それはやはり仕事に役立つように、という彼女の向上心の表れだろう。
そこに小学生レベルのプログラミングが入り込む余地は、ゼロではないが、限りなく優先度が低いはずだ。
加えて、ここで働いていること自体に強い目的意識がある。
家出の可能性はなく、風俗嬢に多いホストクラブ通いによる借金の線も否定できそうだ。
もちろん完璧を期すなら、夜の歓楽街を調べてまわる必要はあるが。




